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CAPSULEアルバム全作紹介 pt.5 エレクトロ期&小文字期終盤編

 この記事で取り上げるのは、2010年から2012年にかけてリリースされた3作+2013年にリリースされたベスト2作。

 ここまでの2つの記事は状況説明のために非常に長い前置きが必要だったが、この記事はそれ以前の記事と同じぐらい手短な前置きになる。
 というのも、中田は完全に有名プロデューサーとしていくつもの案件を抱える売れっ子になり、そのまま今日に至るまでその地位で活動し続けているので、はっきり言ってもう書くことが無いのだ。これ以上perfumeの活動の成果を書き連ねても同じことの繰り返しになってしまうし、それではperfumeの記事になってしまう。
 強いて言うならば、2011年にきゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースを始めたことは大きなトピックか?きゃりーにはcapsuleのJ-POP路線の楽曲やラウンジポップ期の楽曲などをリメイクして提供しており、また一部の楽曲で「和」路線への回帰を確固たるものにしたのは「中田ヤスタカ」を語るうえでは確かに重要だ。…とはいえきゃりーの楽曲とcapsuleの楽曲の親和性って一部を除けばそこまで強くないので、どうにも取り上げ辛い。

 一つ言えるのは、いくつものブレイクを経て中田のパーソナルスペースであり実験場であるcapsuleは中田の「次のモード」をいち早く聴くことができ、故にperfumeをはじめとした各種プロデュースワークの今後を予見できる存在しとして注目され始め、それに伴いcapsuleのリスナー層は猛烈な勢いで拡大を見せたということだ。
 私の感覚としても、この頃には激動期から続いたリスナー層の拡大とそれに伴う雰囲気の変化を、はっきりと肌で感じられるようになっていた。作曲家のソロワークは評価に恵まれないままなのに提供曲だけが次々とヒットしてしまう一種不幸な例が多くある中、中田自身の評価の高まりがcapsuleというユニットにも還元されたのはけっこう幸福なケースだったと思う。まあcapsuleの場合プロデュースワークとの乖離が殆ど無かったというのも大きいだろうが。

 ここからのcapsuleの作品は『MORE! MORE! MORE!』というエレクトロ期の初期~中期決算とも言うべき傑作と初のベスト盤を経て、1作ごとに大きな変化を見せていく。そしてその変化がこの後に訪れる大文字期の礎として機能することになる。

 また、この記事シリーズでは原則として各記事でアルバムを3作品づつレビューをしているが、この記事では特例として2013年にリリースされたベスト盤『capsule rewind BEST』2作も取り上げる。そのため、この記事で「小文字期」が終了することになる。
 なおこのベスト盤、本文でも書くが作品の特性上レビューが可能とはいえ、私はCD盤を所持していない。その点をご了承願いたい。

 なお、ここで取り上げるオリジナル3作がcontemodeレーベル末期の作品でもある。『capsule rewind BEST』のパッケージからは既にcontemodeの表記が消えているため、レーベルとしてはこのベスト盤のリリース前後に活動を終了したものと思われる。


11th 『PLAYER』

 2010年にリリースされた11枚目のアルバム。リリース日の2010年3月3日はこしじまの30歳の誕生日だったとのこと。

 収録曲には映画「LIER GAME ザ・ファイナルステージ」の主題歌(「Stay with Me」)と挿入歌(「Love or Lies」)、更にauのCM(「Hello」)のタイアップが付いている。初回盤にはそのタイアップ先であるところのauの携帯電話ブランド(当然ガラケーである)”iida”シリーズとコラボした「Hello」のビデオクリップを収録したDVDが付属している。

 一言で今作を表すなら、「過渡期」の作品である。

 先ず、今作のインスト・半インスト系の曲は「What do you want to do」以外の3曲すべてが7分越えの長尺なのである。前作『MORE! MORE! MORE!』も6分を越える尺が長めの曲が多かった(10曲中4曲)が、最長の「JUMPER」でも6分55秒で実は7分は超えていない。
 
しかもこれらのインスト・半インスト曲がどれも曲者で、過去曲で言うと「CrazEEE Skyhopper」「MUZiC」や「LOVE ME」に近い路線の、一定のリフやベースラインの反復を中心としたミニマルな建て付けの曲ばかりなのだ。特に「Factory」はその”ミニマルな建て付け”を完璧にやり切っており、一定のベースラインの反復を軸にして、要素の抜き差しと必要最低限の展開の付与だけで7分半の尺を貫き通している。
 更にこれらの楽曲はどれも極めてシンプルな音作りを志向していて、前作までの同系統曲にはあったキャッチーな領域を明らかに意図的に削りに来ている。「The Music」には一応歌が前面に出る聴きやすいパートが用意されているが、他の3曲にはそうした要素が殆どない。「Player」「Factory」にはサンプリング素材集の音源と思しき声素材が使用されているが、あくまで「楽曲のパーツ」である感が強い。これは「What do you want to do」で入るこしじまの歌も同様だ。

 そしてJ-POP的な構成を持った歌モノ。
 こちらもインスト・半インスト曲と同じく過剰な装飾を削ぎ落した曲が目立ち、ミニマルなアレンジのR&Bという完全なる新境地「I wish you」、メロディに対してアレンジが異常にシンプルな「Can I Have A Word」、サンプリング素材集を使用したと思われるボーカルチョップがリフとして使われ、後半で突如英語のラップが挿入される「Love or Lies」かなりの曲者揃い。前作と同じような雰囲気の曲は「Stay with You」ぐらいしかない(この曲も前作のそれと比較するとえらい簡素なアレンジになっているが)。
 また「I was Wrong」はサンプリング素材集のものと思われる女性ボーカルをオートチューンか何かで変調したものに、ピアノを軸にした異様にロマンチックなメロディを付けたR&B調の楽曲で、同じ手法を使っていた『FLASH BACK』の「You are the reason」と比較しても結構力業なトラック(しかもそれで何故か成立しているから恐ろしい)でこれもかなり異色。

 今でこそ今作は次作の思い切った内容を実現させる前段階なのだと分かるけれども、リリース当時は正直かなり面食らったのを覚えている。
 インスト・半インスト曲はいきなりミニマルにもほどがあるうえに長尺という難解な内容になってしまったので理解しきれず戸惑ったし、歌モノにしても「Stay with You」「Love or Lies」のアプローチにもやや困惑した記憶がある。capsuleのキャリアの中での立ち位置としては『FLASH BACK』と同じような新しい手法を示した実験作となるのだろうけど、その実験を『FLASH BACK』と同じくブレイクの最中に出してみせる辺りが何ともヤスタカらしいというか。

 じゃあ取っつき辛い作品になっているのかといえば、そうなっていないのがまた面白いところで、というのも歌モノ曲である「I wish you」と「Can I Have A Word」の2曲がアルバム全体の雰囲気を底上げするレベルで凄まじいのだ。
 まず「I wish you」はcapsuleの歌モノの中でも類を見ないほどシンプルなアレンジになっている上にR&Bを志向している、というかなりの異色作。しかしその上に乗せられたキャリア屈指レベルの美メロと「あなた」を祈りのような感情を込めて見守る人間の視点が、その「異色」な要素全てに完璧な解決を与えているかなりの名曲。ヤスタカ的にも会心の出来なのか、後にベスト盤『capsule rewind BEST』にもセレクトされている。
 そして「Can I Have A Word」は、こんにちではこの簡素なアレンジも含めて多くの人に「中田ヤスタカ節」として認識されているであろう作風が、詞・曲・アレンジすべての面でストレートに炸裂したキャッチーな名曲。私はリリース当時にこの曲を聴いて激しく感激して、しばらくこの曲ばかりを繰り返し聴いていたのをよく覚えている。アルバムのリード曲にしたらぜったい人気が出た筈。

 そして忘れてはいけないのが「Hello」
 もともと「デザインに力を入れた携帯電話」のためのCM用に書かれた(※アルバム収録にあたってリアレンジが施されている)だけあって、ヤスタカの職業作曲家としての側面が強く出たメロディとアレンジを有したトラックだが、そのコマーシャル・ソングとしての作風が、異質な曲が揃ったアルバムの中で強烈な光を放っている。シンプルな英単語を羅列して、むしろその「余白」に商品のアピールポイントを雄弁に語らせる詞も圧巻。
 1分42秒の小曲だが、間違いなくこのアルバムのハイライトの一つ。spotify再生回数200万回は伊達ではない。

 今作の総評としては、冒頭にも書いた「過渡期」という言葉が全てだと思う。それ故に「初めての一枚」にはあまり向かないが、ここでしか生まれなかった実験的かつ刺激的な表現が詰まっている作品として、ファンには一聴を勧めたい作品。それにキャリアを俯瞰することができる現在の方が、今作の表現をより素直に理解して飲み込みやすいだろう。何より「I wish you」「Can I Have A Word」「Hello」の3曲は必聴。

 初回盤のDVDに収録された映像はアルバム収録版の「Hello」の音源に合わせて”iida”のCMを若干ビデオクリップ風に編集したような映像で、正直評価がかなり難しい。「Hello」がCMの中でどのような機能を果たしていたか、ということは伝わる映像になっているので、その点に興味があるのであれば…といったところか。しかし一般的な「ミュージックビデオ」像からかけ離れた内容になっているので、その点は注意が必要。

 なお、iTunes Store限定のボーナストラックとして「Love or Lies (remix)」が付属している…が、今までのボーナストラックと違い単曲購入不可のアイテムとなっているため未所持。完全なる別アレンジのようだが、未所持でちゃんと聴いたことがないため細かい言及は避けます。

12th 『WORLD OF FANTASY』

 2011年5月にリリースされた12枚目のアルバム。
 
なお、今作は本来2011年3月23日に『KILLER WAVE』というタイトルでリリース予定だったが、直前に東日本大震災が発生。商品を流通させることが困難になったのは勿論、何よりも『KILLER WAVE』という表題が洒落にならなくなってしまったため、延期のうえタイトルを改めてリリースしたという経緯がある。なおどこかから流出した『KILLER WAVE』盤が少量中古市場に出回っているらしい。

 初回盤には収録曲「WORLD OF FANTASY」と「STRIKER」のExtended-mixを収録したボーナスディスクが付属。これ以降、アルバムの初回盤に収録曲のExtended Mixや別バージョンを収録したボーナスディスクが付属することが恒例となり、『MORE! MORE! MORE!』までは先行12インチシングルが受け持っていた役割を初回盤が代わりに果たす形となった。なお、『CAPS LOCK』までのボーナスディスクは全て配信されておらず(サブスクも同様)、CDでしか聴くことができない。

 表題曲にパイオニアのカーナビのCMタイアップが、「PRIME TIME」に専門学校のバンタンデザイン研究所のCMタイアップがそれぞれ付いている。

 capsuleのキャリアの中でもかなり大きなターニングポイントとなった重要作である。
 今作最大の特徴は、ここまでの作品に必ず収録されていたJ-POP路線の歌モノが遂に無くなり(「KEEP HOPE ALIVE」「PRIME TIME」の2曲はメロ→サビの構成に近いものを有しているので辛うじて歌モノと言える範疇にあるが、どちらもJ-POP的なそれとはかけ離れており今までの歌モノ楽曲とは同列にはできない)、ほぼ全編を半インスト的構成の楽曲で構成したことだろう。そしてほぼ全ての楽曲を128BPMで揃え、更には全編英詞。何もかもがストイックな構成の作品である。

 実際の内容もかなり強烈で、なにせcapsule、ひいては中田ヤスタカのプロデュースワークの特徴の一つであったJ-POP的歌メロが、聴けども聴けども出て来ない。
 
完全にダンスミュージックとして作られた楽曲がシームレスで続く「WORLD OF FANTASY」「I JUST WANNA XXX YOU」「STRIKER」の三曲の流れを聴き通し、やっと歌モノと言えるような曲が出てきたと思ったらそれは「KEEP HOPE ALIVE」という何とも言えない質感の楽曲なのだ。初聴時に「KEEP HOPE ALIVE」まで辿り着いた際に、「あ、これってそういう作品じゃないんだ」という一種の覚悟のようなものが生まれた記憶がある。
 また「STRIKER」に顕著なのだが、クラブミュージックの過去の名曲の数々をリファレンスとした引用と思しき要素も幾つかあり、今作は意図的に「クラブミュージック」のアルバムとして製作されたことが分かる。
 詳しくは後述するが、今作はクラブミュージックに馴染みがない人でも聴けるような内容に仕上がってはいるのでそこまで難解な作品というわけではない。しかしそれでも「Sugarless GiRL」や「Presure Ground」のようなマス向けのフックとなるような曲が存在しないというのは当時かなり衝撃的だった。
 
あとにして思えば、前作のキャッチーさを捨て去ったミニマルな長尺曲の存在は今作に向かうあからさまな伏線となっていたわけだ。だが、もしもそれに当時気付いて「次回作はこの感じなのかな」という察しがついたとしても、各種プロデュースワークを通じて多くの人に評価されていた”キャッチーで少し切なさを帯びたメロディを持った歌モノ”というポイントをここまで大胆に切り捨ててしまうことまでは予想できなかっただろう。

 そしてもう一つの特徴である「全曲128BPM」という点が、アルバムを全編通して聴き通した際に非常に大きな意味を持つこととなる。

 今作のハイライトは「I WILL」「WHAT IS LOVE」といった楽曲でチラ見せされていたヤスタカ特有の”キャッチーで少し切なさを帯びたメロディ”が、かつての「Starry Sky」とやや似た構成を持ったアルバムのクライマックス「PRIME TIME」でやっとはっきりと姿を現す瞬間であることは間違いない。
 このアルバムは静謐なイントロから「WORLD OF FANTASY」というアルバムのコンセプトの核を成す楽曲で幕を開け、そして同じBPMという繋がりを持った数々の曲を経て「PRIME TIME」というピークへと辿り着き、最後にイントロの逆再生で幕を閉じる、一つの壮大な組曲のような形を成している。つまり、全ての曲を通して聴いて初めて『WORLD OF FANTASY』という一つの全体像が浮かび上がる作りになっているのだ。
 過去作で言えばSF三部作の各作が若干これに近いかもしれないが、あくまでSF三部作のそれは「アルバム毎のストーリーに沿った曲が並べられている」ということであり、収録曲には固有の異なる方向性が与えられていた。同じ方向性が与えられた収録曲がパーツとなって一つの大きな塊を作り出す、という今作の在りようは間違いなくここまでのcapsuleには無かったものである。

 もちろん収録曲それぞれが強い完成度を持っており、単体で鑑賞することも可能な楽曲であることは言うまでもない。何より今作の収録曲を通して気付くのは、ヤスタカはもう既に「キャッチーな歌メロ」を用意しなくても十二分に広いリスナーに訴求し得る楽曲を作ることができているという事実だ。全ての収録曲に耳に残る印象的なフレーズを用意し、そこにこしじまによる歌メロを効果的に挿入して、難解になりがちなジャンルの楽曲をより多くの層に響き得る形でパッケージングするヤスタカのアレンジセンスが、寧ろわかりやすくポップな要素を削ぎ落したことによってはっきりと前面に出てきているのだ。それは表題曲である「WORLD OF FANTASY」を聴けば一目瞭然だろう。

 個々の曲を強いて取り上げるならば「PRIME TIME」が好きだが、しかし繰り返すようだが今作はそうした価値観では制作されていない。最初に聴くときは必ずアルバム全体を通しで聴いてほしい。

 大文字期の作品は(今作とは作風こそ違えど)このアルバムで試みた「楽曲のアレンジを統一したトータル・アルバム」というアプローチを突き詰めた作品が並ぶので、今作を大文字期の礎となる作品として位置づけることも可能だろう。それを抜きにしてもこのユニットを知るうえで絶対に避けては通れないアルバムである。また、今作以降perfumeの楽曲でもかなり攻めたクラブミュージック的アプローチを繰り出すことになるため、その視点からも重要な存在。前作から引き続き「最初の一枚」には向かないが、『FRUITS CLiPPER』などと並んで必携のアルバム。

 初回盤特典のボーナスディスクは…正直に言うとアルバム本編の隙の無い作り込みに感激してしまいあまり聴いていない。しかし「WORLD OF FANTASY (Extended-mix)」はアルバムの中のとある曲のリンクが明確に示される内容になっており重要。今作をより深く知りたい人は探す価値がある内容だろう。

 また、iTunes限定のボーナストラックとして「WORLD OF FANTASY MIX」が付属している。こちらも単曲購入が不可のため未入手だが、今までのボーナストラックと違い別バージョンなどではなく、ヤスタカが製作したアルバム収録曲のメガミックスとなっている模様。

13th 『STEREO WORXXX』

 2012年3月にリリースされた13枚目のアルバム。

 初回盤にはアルバム収録曲6曲のExtended Mixを収録したボーナスディスクが付属。
 また今作にも映画「LIAR GAME -再生-」の主題歌(「Step On The Floor」)と挿入歌(「All The Way」)というタイアップが付いている。

 メジャーデビュー時から在籍していたヤマハミュージックコミュニケーションズからリリースした最後のオリジナルアルバムであり、小文字期最後のオリジナルアルバムでもある。更に『capsule rewind BEST』のパッケージからはcontemodeのロゴや表記がなくなっているため、今作はcontemodeの最終リリース作品でもあると思われる。
 何かと節目が重なった作品になっているが、音楽性の面でも大きな節目となったアルバムである。

 アルバムの内容としては、前作のそれに近いクラブミュージック路線の半インスト楽曲が中心になっているものの、前作で姿を消したJ-POP的アプローチの歌モノが復活して2曲入っているうえに、半インスト楽曲にも前作よりメロディアスな曲がいくつかあるため、前作ほどストイックに統一感を持って作り込んだ感じはなく(ヤスタカ本人も「今作では1曲ごとにアプローチを変えた」という旨の発言をインタビューでしていた模様)、どちらかと言えば『PLAYER』に近い質感を持った作品になっている。
 …しかし次作以降の大文字期のCAPSULEはリリースペースを極端に落として、その一作限りの作風を高い純度で出力する、という制作スタイルに変わっていくため、『FRUITS CLiPPER』以降続いた「エレクトロ・ディスコをベースとしたクラブミュージックとしての進化」という系譜はここで途切れることになる。もちろんこれ以降の大文字期のCAPSULEのアルバムも、どれもクラブミュージック・ダンスミュージックを基礎とした作品にはなっている≒ここまでの作品から得た蓄積をベースにしてはいるのだが、一方で一作ごとの作風の変化が今まで以上に激しくなり、どれも今作、ひいては「FRUITS CLiPPER」や「Starry sky」の延長線上といえるものではなくなっていく。
 つまり、今作が『FRUITS CLiPPER』から長く続いたエレクトロ期の最後のアルバムなのだ。…正直この後の作風の激動が凄すぎて、私もこの記事書くまでその事実に気付いていなかったけど。

 さて内容について触れていくと、先ほども書いたように今作は前作『WORLD OF FANTASY』の延長線上にあるものの、前作では削減されていた「キャッチーな歌メロ」という要素が前面に出た曲が多いため、傑作ではあったもののかなり攻めの姿勢だった前作と比べると非常に聴きやすい。
 曲の構成は前作の流れを汲んでいるものの、前作ではクラブミュージック的なリフを置いていた場所に非常にキャッチーな歌メロを置いた内容になっている「Feelin' Alright」、前作と同じようなクラブミュージック的な曲かと思いきや突如現れるポップな歌メロがサビのような役割を果たす「Never Let Me Go」、ミニマルな曲構成とエスニックなメロディ、こしじまのふわふわした歌がニューエイジ風の空気を醸し出す異色作「In The Rain」のシームレスに続く冒頭三曲が、今作の雰囲気を非常によく表している。
 一方で「Dee J」「Tapping Beats」のような『PLAYER』以降の流れを汲んだミニマルで硬派な雰囲気のインスト/半インスト系の楽曲も収録されている。特に「Motor Force」かつての「Factory」とタメを張るぐらいにミニマルな構成の曲になっていて、その殺風景な曲の中に少しだけ華やかなフレーズが入った瞬間の爆発力をうまく扱った秀作。
 また、タイアップも付いている「All The Way」この二つの路線のちょうど中間を成す楽曲になっているのも良いバランスになっている。

 そして前作と今作の一番大きな差異となる、J-POP路線の歌モノ2曲。
 まず映画主題歌という大き目のタイアップが付いていて、先行配信もされた今作のリード曲的存在「Step On The Floor」
 結論から書くと、個人的にcapsuleエレクトロ期の歌モノの中でも頭一つ抜けた傑作だと思っている。
 そもそも”『WORLD OF FANTASY』以降の流れを汲んだアレンジとヤスタカ特有の「キャッチーでどこか切ないメロディ」が融合した歌モノ”をcapsuleで聴けるのはこの曲だけなので貴重なのだけれど、そこによりにもよってシティポップにも通じるような、capsule史上屈指と言っても良いレベルの爽やかでエモーショナルなメロディを持ってきている。「キミ」への想いが形になる直前を描いたような歌詞と相まって、聴いていると感情を強く揺さぶられる楽曲に仕上がっている。
 思えばエレクトロ期の作品では「Sugarless GiRL」「Presure Ground」などに代表される推進力のある歌モノが1曲必ず入っているのが恒例になっていたのだけれど、『WORLD OF FANTASY』で途切れたその流れがエレクトロ期の最後となる今作で再び戻ってきたのが何やら感慨深い。その流れの最後を飾るにふさわしい名曲。

 問題は、アルバムを締めくくるもう一つの歌モノであるところの「Transparent」
 ややエスニックな歌メロも相俟って「もしかして和風J-POP路線回帰?」と思わせるほどポップに進むメロ(まあこの時点でイントロからの転調が強引だったり歌メロがなんか怪しかったりするが)からサビに入った瞬間、何もかもが無茶苦茶なコード進行になって歌メロも「こしじまさんよくこんなん歌えるな…」と思うレベルでグワングワン上下する意味の分からないものに変貌する…という、ヤスタカ本人もインタビューで認める通り「コード進行のズラし」だけで一曲丸々作ってしまった怪作。しかもコード進行は最後まできっちりズラされてるので、非常に後味が悪い響きで曲が(そしてアルバムも)終わるという。簡素であまりにも飾り気がないアレンジも異色。
 ヤスタカのチャレンジ精神がそのまま形になったようなcapsuleの歌モノ史上最も難解な曲で、よりにもよってアルバムの最後にこれを持ってくるか…いやまあ最後以外に置きどころないだろうけど。
 次作である『CAPS LOCK』での変貌の前段階として聴くことも可能なこの曲が、エレクトロ期の最後のアルバムの終曲―つまり一つの時期の末尾に置かれているのは、偶然にしてはちょっと出来過ぎている。

 それにしても長いエレクトロ期の終わりが集大成的な内容の作品ではなく、『WORLD OF FANTASY』で行ったアプローチをよりポップな形でパッケージングした気負いのない今作、というのが何ともヤスタカらしい。capsuleが中田ヤスタカにとって「今一番やりたいこと」を実現する場であることを考えれば、”capsuleの次の作品がどうなるか”ということはヤスタカ本人にとっても後からじゃなきゃわからないのかもしれない。この記事で書いていることは所詮リスナーの後知恵なので。
 ファンは楽しめる内容なのは言うまでもなく、また少なくとも『WORLD OF FANTASY』よりは聴きやすいのは確実だが、これを最初の一枚に勧められるかどうかというのは難しいところ。

 初回盤はアルバム収録曲のうち6曲のExtended Mixを収録したもので、2023年現在『メトロパルス』のボーナスディスク(インスト版含めた7曲入り)に次ぐ収録曲数を誇っている。
 内容の方も曲中通して流れるキャッチーなフレーズをアルバム版よりもじっくり堪能できる「Feelin' Alright (Extended-Mix)」や、ミニマルな曲想をアルバム版よりも2分ほど長い尺で強調した「Motor Force (Extended-Mix)」といった、こちらのバージョンを完全版として見ることもできる曲もいくつかある充実したもので、配信されていないのがかなり惜しい。アルバムの内容を気に入ったら是非とも入手を。

BEST 『capsule rewind BEST-1 2012→2006』『capsule rewind BEST-2 2005→2001』

 2013年3月に2枚同時リリースされたベスト盤。
 メジャーデビュー以降在籍し続けていたヤマハミュージックコミュニケーションズにおける最終作であり、今作を最後にワーナーミュージック・ジャパンへと移籍することとなる。また、これが小文字期最後のリリースアイテム。
 パッケージからcontemodeのロゴなどが消えているため、このベスト盤リリース時にはcontemodeは既に消滅していた模様。
 初回盤は無いようだが、一部店舗では2枚同時購入の先着特典としてDVDがプレゼントされた模様。

 前置きでも書いた通り、私は今作を所持していない。しかしspotifyで今作の音源に一通り耳を通した上で、レビューが可能だと判断してこの文章を書いている。改めてご了承を願いたい。

 さて、何故盤を持っていないのにレビューが可能だと判断したのか、そして何故私が今作のCD盤を所持していないのかといえば、実は今作は先のベスト盤であるところの『FLASH BEST』と違い、今作のための新バージョン・別バージョンが一切収録されていないのである。そして新曲や未発表曲の類も無し。

 一応spotifyでオリジナルの音源と今作の音源を並べたプレイリストを作成してざっくりと確認したが、殆どの曲は尺が同じか無音部起因の2~3秒程度の差しかなく、また実際の音源も辛うじて「jelly (album-edit)」終わり際が編集されている個所(と言っても最後の音がぶつ切りにならないよう僅かにフェイド編集してあるだけぐらいしか違いを見つけられなかった。もし私が聴き洩らしていた違いが他にあったとしても、そのためだけに今作を買うべきかは微妙なレベルだろう。
 …厳しいことを言ってしまえば、全作のCD盤を所持している私はiTunes上でこれと同じ曲順のプレイリストを作ってしまえば今作を買う必要が殆どない。そのため当時からこの盤は購入予定すらなかった、というのが実情である。
 まあ元々ベスト盤とはそういうものなのだが、それでも既にCD不況が業界に暗く大きな影を落としていた2013年にリリースするベスト盤としては、だいぶ強気の内容だな…とも思う。

 今作リリース当時及び2020年7月のサブスク解禁直後はシングル盤が廃盤となり入手困難状態だった「music controller」のシングルバージョンが収録されていることにそれなりの意義があったのだけれども、2021年3月に初期シングルが全作サブスク・配信販売解禁となったため、残念ながらこの点も今ではあまり意味がなくなってしまった。

 一応全曲リマスタリングされているらしいので、それがアピールポイントと言えばアピールポイントだろうか。ただこれも『L.D.K.』以降のエレクトロ期作品に関しては、もっと派手に音像を変えたリマスタリングを施した「CAPSULE アーカイブコレクション」シリーズが2021年に配信されているんだよな…。

 ということで、もう今作にはヤスタカ本人による選曲ぐらいしか価値が残っていないわけだが…。

 選曲は以下の通り。

◆BEST-1
1. Step on The Floor - 『STEREO WORXXX』
2. WORLD OF FANTASY - 『WORLD OF FANTASY』
3. STRIKER - 『WORLD OF FANTASY』
4. Stay with You - 『PLAYER』
5. I wish You - 『PLAYER』
6. Love or Lies - 『PLAYER』
7. Hello - 『PLAYER』
8. more more more - 『MORE! MORE! MORE!』
9. JUMPER - 『MORE! MORE! MORE!』
10. FLASH BACK - 『FLASH BACK』
11. Eternity - 『FLASH BACK』
12. I'm Feeling You - 『FLASH BACK』
13. Starry Sky - 『Sugaress GiRL』
14. Sugaress GiRL - 『Sugaress GiRL』
15. jelly(album-edit) - 『FRUITS CLiPPER』
◆BEST-2
1. 空飛ぶ都市計画 - 『L.D.K. Lounge Designers Killer』
2. グライダー - 『L.D.K. Lounge Designers Killer』
3. テレポテーション - 『L.D.K. Lounge Designers Killer』
4. 人類の進歩と調和 - 『L.D.K. Lounge Designers Killer』
5. do do pi do - 『L.D.K. Lounge Designers Killer』
6. tokyo smiling - 『NEXUS-2060』
7. A.I. automatic infection - 『NEXUS-2060』
8. world fabrication - 『NEXUS-2060』
9. レトロメモリー - 『S.F. sound furniture』
10. RGB - 『phony phonic』
11. music controller - シングル「music controller」
12. 恋ノ花 - 『ハイカラガール』
13. 愛してる愛してない - 『ハイカラガール』
14. 東京喫茶 - 『ハイカラガール』
15. さくら - 『ハイカラガール』

 見ての通り、プロデュースワークから中田ヤスタカの作品に触れた初心者に対するリプレゼンテーションの意味合いが強かった『FLASH BEST』とは違い、今作はタイトル通りcapsuleというユニットのキャリアを俯瞰することを目的として製作されたベスト盤になっているのがポイント。この点についてはリリース時の宣伝文句でも「初のオールタイムベスト」と大々的に銘打たれた。
 しかしタイトル通り”rewind”、つまり新しい曲から古い曲へと遡っていく形式になっているのがヤスタカらしい捻りになっている。

 今作は2枚同時発売という点を活かし、明確に「エレクトロ期とそれ以前」で分けられている。そのエレクトロ期にしても、『FRUITS CLiPPER』~『MORE! MORE! MORE!』の期間に軸を絞った『FLASH BEST』とはかなり異なった選曲が成されている。
 また『FLASH BEST』ではかなり積極的に選曲していた『capsule rmx→』を今作では完全にスルーしているのも特徴。ここでは耳馴染みがあるであろうバージョンの収録を優先した、ということだろうか。

 実際の選曲に着目してみると、「空飛ぶ都市計画」「Sugarless GiRL」といった有名曲や「レトロメモリー」のようなシングル曲が今回も選曲されているのは分かるが、「人類の進歩と調和」が『FLASH BEST』に引き続いて選曲されているのが意外。この曲は開催が実現しなかったCDJ2021でも披露する予定だったようだし、実はヤスタカの中ではかなり思い入れが強い楽曲なのかもしれない。
 他だと『ハイカラガール』に対する思い入れの強さが選曲の多さでわかるのがポイントか。何気に『FLASH BACK』からの選曲が『FLASH BEST』と全く同じ3曲というのも面白い。個人的には「I wish you」の選曲が嬉しいところ。

 しかし…やはり今回もベストアルバムとしてのバランスはあまり良くないと言わざるを得ない。
 まず『BEST-1』。タイアップ曲を優先したせいなのか『PLAYER』からいきなり4曲も選曲されているし、その煽りを受けたのかcapsule史における最重要作の一つである『FRUITS CLiPPER』からの選曲が「jelly」1曲だけという結果に。
『WORLD OF FANTASY』『STEREO WORXXX』の2作は一部の曲を切り出して収録するのに向いていない作風なので選曲が少ないのは分かるのだが、『FRUITS CLiPPER』から「jelly」1曲のみというのはなかなか厳しい。有名番組である「どうぶつ奇想天外!」のタイアップ付きであった「Presure Ground」が収録を逸しているのも、リリース当時は既に番組が放映終了してからだいぶ経っていたとはいえなんとも微妙。
 そして『BEST-2』もいきなり『L.D.K.』5連発、終盤は『ハイカラガール』から4曲選曲、という無茶な流れ。一方で『phony phonic』『S.F. sound furniture』からはそれぞれ1曲のみ、『CUTIE CINEMA REPLAY』に至ってはシングルバージョンの「music controller」が選曲されてしまったため、実質選曲無しである。
『ハイカラガール』『L.D.K.』はどちらも重要作であり本人の思い入れも強いのだろうが、だとしても『ハイカラガール』はともかく全10曲収録(しかもうち1曲は短いSE)である『L.D.K.』から半分も選曲してしまうのはいささかやりすぎている。また、重要曲「ポータブル空港」は今回も選曲されず(『capsule rmx→』では取り上げられたのになあ…)。
 それにしても…選曲を見るにヤスタカは『S.F.』以前のラウンジポップ期にはあまり思い入れが無いのだろうか…?でもきゃりーのリメイク的カバーの対象にはこの時期の曲がけっこう選ばれている(昨年のアルバムでも「world fabrication」をカバー)し…実際どうなんだろ…。

 capsuleを殆ど聴いたことがない初心者が聴く分にはある程度意味を成すのかもしれないが、一方でファン目線から見ると初心者に是非触れてほしい曲がところどころ欠落している、という何とも言えない作品。
 改めて考えれば、ブレーンであるところのヤスタカは「最新作が最高傑作」を思想としている人だし、エレクトロ期は作風の関係上で尺が長い曲が多いという現実的な問題もあるしで、そもそもcapsuleはベスト盤向きのユニットではないのかもしれない。

 そして、やはりここでも『FLASH BEST』で書いた「ストリーミング時代におけるベスト盤の意義」問題が頭をもたげる。特に今作は『FLASH BEST』にはあったその盤独自の音源やPV集などの付加価値の無い作品なので猶更だ。それに「music controller」のシングルバージョンの収録という今作のアピールポイントのひとつが無効化されてしまったのは、他でもない初期シングルのサブスク・配信販売解禁の影響でもあるわけで。
 例えばこうしたベスト盤を入門プレイリスト的に用いるという使い方もあるかもしれない…が、それよりもお勧め曲や再生数の多い曲をとりあえず聴く人の方が多いだろう。
 リリース当時には「ファンにとっては存在意義が薄いが初心者にはそれなりに意義があると想像できる」という微妙な存在だった作品が、時代の移り変わりで更に扱いが難しくなってしまったケースだと思う。
 
サブスク時代の今において、このベストをどの層のリスナーに勧めればいいのか、私にはちょっとわからない。

 つづく。