Pavement @ Tokyo Dome City Hall 02 16 2023
昨年のはじめに急にPavementを聴きはじめて、全てのアルバムに耳を通し終わったタイミングで『Terror Twilight: Farewell Horizontal』がリリースされた。
その国内(流通仕様)盤のリリースと同時に開催が発表された来日公演。その2日目、私は東京ドームシティホールのバルコニー席に座っていた。
巡り合わせとは奇妙なものだと思う。もし私がPavementを聴きはじめるのがもう1年遅かったら、この来日公演に行っていなかっただろうし、私の性質からしてさしてそれを悔やむようなことも無かっただろう。
しかし、私は確かに2022年にPavementを聴きはじめて、そして2023年にPavementのライブを見た。
・開演まで
Pavement公式が「今日やってほしい曲をリプライでリクエストして」みたいなツイートをしていた(ボブの提案だそう)ので一応「AT&T」をリクエストしたものの、結局これは叶わず。
遠回りして隣の東京ドームで行われた西島隆弘さんのライブの入口を見物しつつ、17時の先行物販の開始直後ぐらいに会場着。そのまま物販の列へ並ぶ。それなりの人数ではあったものの、ブロック制に近い客捌きがスムーズだったのでそこまで時間かからず。
来日記念のライブ盤2種カラーヴァイナルバージョンは気になったけど、1枚5000円超えということで断念。音源自体はbandcampで配信されているし…。Spiral Stairsのカセットとか『Courting Shutdown Offers』とか置いてないかな~と期待したけど、そういうものはなかった。
一番リーズナブルかつ実用的な『Slay Tracks 1933-1969』のジャケットが印刷されたトートバッグを購入(2000円)。でかい。100円CDディグの際に重用させていただこうと思う。
そういえば物販で販売していたアイテムは終演後はほぼ売り切れたそう。最初は終演後に物販に行く計画もあったけど今思うと危なかったな。
開場時間まで適当に周囲を見て時間を潰す。東京ドームシティはチェンソーマンとコラボしていたらしく、園内にはスタンプラリーやポップアップショップがあった。
散策中に見つけたポスターに「最高の思い出ができちまうぜ~」と書かれていて、自分自身のいまの状況と奇妙なシンクロを覚えたので、撮影してtwitterにアップロードする。
18時入場。番号順の入場かなと思ったけど、よく考えたら席指定なので普通にみんな一斉に入場していた。むしろライブハウスの番号順入場に慣れ過ぎているのかもしれない…。
東京ドームシティホールは今回が初めて。そもそもライブハウスではない会場に行くこと自体が新鮮で(下手したらかなり前に地元で家族と見たスピッツのライブ以来…?)、中を歩いているだけでちょっと楽しかった。野球場のフードスタンドみたいな作りのドリンクカウンターでコインといろはすを交換し、バルコニー席へ。
まさかのめっっっっちゃ良い席。ステージを見切れなく一望できる最高の位置だった。なんだったらアリーナよりもここの方が良かったかも…とも。
とはいえアリーナの人たちは最前の人はボブと握手出来たり(後述)、運が良ければ終演後にセットリスト貰えたりしてた(メンバーがハケる時に渡した数枚だけじゃなくて、終演後に舞台裏にあった分もごっそり持ってきていて、前の方にいた観客に20~30枚ぐらい?のセットリストを配りまくってた…)けど、そうしたチャンスはベランダ席には一切なかったので、一長一短ということで。
ステージ上には黒い布を掛けられたPavement用の機材類。その手前にはミツメの機材がセットしてある。
メインアクトの機材が既に置かれた状態で他のアクトがライブをするのはあまり見たことが無かったので結構新鮮だった。
スマートフォンでSNSを見て時間を潰す。Pavementがtwitterトレンド入りしていることを確認しツイート。
アナウンスが伝える注意事項をチェック。いざ開演。
・ミツメ
この来日公演のチケットを買う最大の後押しとなったのが、昨年の後半に発表されたOAのミツメの参加。ミツメとPavementを同時に見れる機会なんてそうそうないでしょう。
ミツメのライブを見ること自体かなり久々で、それもインストアのアコースティック編成などが多かったため、ちゃんとしたバンドセットでのライブを見るのは恐らく6年ぶりぐらい。
ライブ前日にPavementの聴きたい曲を連ねたツイートに紛れて「ミツメの皆さんは変身やってください!!!!」とツイートしたし、Pavementの前座という文脈もありギターポップ曲中心で攻めてくるのではないかと予想したのだけれども、実際には「変身」あるいはアルバム『Ghosts』収録曲のようなギターポップ系の楽曲は(おそらく意図的に)ほぼ排除され、チルアウトと緊張感が混在したミツメ特有のグルーヴ感を前面に押し出した曲のみで構成された、極めてストイックなセットリストだった。
果たしてこれがとても素晴らしかった。
そもそもPavementのオープニングアクトという大一番のセットリストが、2ndまでの初期曲の中でも特にシンプルな「Disco」始まりだなんて全く想像していなくて、この時点でめちゃくちゃ驚かされた。つづく「睡魔」も音源よりも深化したかなりヤバいテイク。特に音源版とはかなり様相が違う、アウトロのアグレッシブなギターに凄味があった。
そこから、先日の限定公開を見そびれた状態で聴いた「チョコレート」。これまでのミツメにはない異常な空気感が充填された曲でかなり新鮮。後半の、川辺氏の歌と大竹氏のフリーキーなギターが同時走行する感じは今までのミツメには無かったのでは。これスタジオ版だとどんなギミック入ってたんだろう…。
「メビウス」は昨年リリースされたシングルで、個人的にかなり好きな曲。メロディの素晴らしさを改めて再確認したし、スタジオ録音ならではの技術によって作られたあの儚い空気感をライブでも完璧に再現出来ていることも感動した。また、結果的にこのライブでのメロウ系枠だったな~とも(それでも他のギターポップ系の曲と比べるとかなりタイトな曲ではあるけど)。
「トニック・ラブ」は『mitsume Live "Recording"』に収録されたバージョンのアレンジで。このストイックな構成のセットの中でもひときわ緊張感の漂う曲で、とりわけアウトロのリズム隊とギターの絡むパートのグルーヴ感が素晴らしかった。
そして今回最大のハイライトが「リピート」。これ、アルバム『VI』の中で「変身」と同率一位ぐらいの勢いで好きな曲で、正直この場で聴けるとは思ってなかったので(漠然と他の曲―「VIDEO」とか「コンタクト」を選曲してくるのかと思っていた)イントロの時点でけっこう感極まってしまった。個人的にこの曲はシティポップ、歌謡曲、そういった昭和のポップスをミツメなりに構成したような曲だと思っているのだけれども、このセットリストの中に入ることによってメロウさよりもグルーヴ感の方が前面に出てきてかなり迫力があった。こんなにクールで切ないメロディの曲なのに。
そして名曲「あこがれ」で幕。前に見たとき(たしか『Long Day』のリリース前だったような…)と比べるとめちゃくちゃタイトな演奏。セットリストの流れの影響を受けたのか、やはり「リピート」と同じくメロウさよりもグルーヴ感の方がバシッと前に出たテイクになっていて、非常に良かった。
約30分の短いセットながら、異常に濃密で満足度がとても高かった。この抑制されたグルーヴが前面に出た空気感、もしかして次の作品の青写真に近いのだろうか。特に「チョコレート」のあのフリーキーさが次作の伏線となるのであれば、アルバムはものすごいことになっていそう。
とはいえ「メビウス」のようなメロウで感傷的な美しさを持った曲が昨年の新曲として置かれているわけで、やはり想像できない。…いや、「メビウス」がアルバムから外される可能性も全然あるけど(実際『VI』前の配信シングルの中だと「ジンクス」はアルバムでは外されたし)。
とにもかくにも素晴らしいライブで、ミツメを知らないPavementファンにもかなり訴求力高かったんじゃないでしょうか。日本で最もカッコいいバンドの一つだと再認識しました。ミツメ最高。
・転換
トイレを済ませるなどしているうちに、割とすぐ暗転。
こういうバンド系のライブの転換の割には意外と時間短かった気が。まあ機材は元から置かれてたしね…。
・Pavement
が、会場が暗転し、オープニングSEも流れているのに何故か全然姿を現さないPavement御一行。最初は「こういう焦らしする人たちなのか…」と思ったが、半分過ぎた辺りで「だとしてもなんか長くね…?」と疑問を抱き始めた。暗転時の会場の様子を撮影してツイート(先ほど埋め込んだもの)しても尚も時間が余るぐらいには長かった。
結局バンドが現れたのは暗転してから数分後。特に何かがあった様子もなく、普通に堂々と入場してきた。トイレとか行ってたのかな…。
…いや改めて見ると最強すぎるでしょこのセットリスト。なんだこれ。私は本当にこれを見に行ったのか?
この再結成ツアーは公演ごとにセットリストを変えている(!)のだけれども、この東京2デイズもその例に漏れず、前日のセットリストから半分近い楽曲が入れ替えられた。公式のツイートを見るに例のリクエスト募集ツイートのリプライもけっこう参考にした様子。
ボブが上げてた来日公演に向けた練習用のメモと思しき画像の曲目を見ながら、15日のセットリストと比較して「自分が行く日は何やるか」のヤマを張ってたんだけど、それは結構当たった…というより、リプライでリクエストがあり、なおかつリストにあった曲は殆どやった感じだろうか?そこにツアーの常連曲である「black out」などが追加されている。それにしても前述のリストの中にあったけど結局二日間ともやらなかった「Shoot The Singer (1 Sick Verse)」…聴きたかったぞ…大阪でやるのかな。
注目のスコット枠2曲も総入れ替えされており、15日には「kennel district」「painted soldiers」が披露されたらしい(「painted soldiers」は羨ましい!)けど、その代わり本日はブチギレロックンロール「Two States」と大傑作「Date w/IKEA」を演奏。特に後者は私もテンション上がったし観客も大盛り上がりだった。「Date w/IKEA」やぞ。テンション上がらないわけないやろ。
なにせド頭から「Cut Your Hair」。この曲でライブが始まった瞬間テンションが急激に上がってしまい、椅子の上で(※個人的な心情の関係で終始着席のまま見ました)バタバタ暴れてしまった。自分がこの曲を生で聴いてこんなにテンション上がる人間だということに他でもない私自身が一番驚いた。イントロだけで三回ぐらい叫んだし。「No big hair」の所とかも一緒に叫んだし。
その興奮冷めやらぬまま『Slanted&Enchanted』随一のメロディアスソング「Trigger Cut」に雪崩込んだあたりで「あ、これ今夜ヤバいわ」と確信。そのまま始まった「Two States」も、嬉しすぎて腕ブン回しながら「Forty Million Daggers」を合唱してしまった。着席で。
とにかく凄かった、本当に良かった。私の語彙ではそうした言葉でしか感想を書き記せない。これらの言葉が本質であって、この先は回りくどい余談であると言ってもほぼ間違いない。
サイケもメロウもシリアスもユーモアも、全てがステージ上にあった。
思えば「新曲の無い再結成ツアー」という、捉えようによってはある意味マイナスからのスタートなのだけれど、そういえば2時間近いこの長いライブの最中、バンドが懐古というものに陥る時間が一切なかった気がする。
そう思うのは私がリアルタイム世代ではないからか?いや、むしろ客席が私と同じようなリアルタイムでPavementに触れていた世代よりも若い世代によって埋まっていた(観客の若年層率には本当に驚いた)ことを思えば、その懐古に陥ることのないパワフルさの発揮は必然的なものだったのかもしれない。
あるいはステージ上で繰り広げられるユーモアたっぷりの和気あいあいとしたやり合いの場に、ノスタルジーが入り込む余裕はそもそも無かったようにすら思える。
この再結成ツアーについてのインタビューでマルクマスはPavementとしての新作・新曲の製作にかなり否定的な回答をしていた。
私にとってはこの発言の意味を、二時間近くかけて徹底的に理解した夜だった。
端正さに磨きがかかっていた「black out」、大盛り上がりの「Conduit for Sale!」からの緩急がエグかった「grounded」、〆のギターソロにスタジオ版とは違うフレーズが用意された「Starlings of the Slipstreaam」、音源とはアレンジが全然違ったライブバージョンで披露された「Home」、圧巻のジャムセッションを繰り広げた「Type Slowly」、原曲とは全く違う近年のSpiral Stairsの楽曲に近い歌い回しで披露された「Date w/IKEA」、イントロに突入した瞬間「Cut Your Hair」と同じぐらいの大歓声が巻き起こった「Summer Babe」、会場の空気感を丸ごとグルーヴしてみせた「Deblis Slide」。
この日披露された楽曲の何を取り上げても、2023年にPavementというバンドがそれらの楽曲を演奏する意味が確かにそこにあった。
ライブに行った人の感想を見ると、自分の中のノスタルジーを刺激されて思わず泣いてしまった、という人がたくさんいた。それはステージ上にいる彼らが、同窓会的な感覚の全くない「Pavement」としてそこに立っていたからこそではないだろうか。
インタビューで彼らは常に「活動をしていた頃と今はあまり大差ない」と繰り返している(もっとも今回の再結成は気合を入れて練習やリハーサルをやるようになったみたいだけど)。彼らは数カ月に一回アメリカのバラバラの州から集まって、作品を作ったりライブツアーをしていたりした頃と今で、本当に何も変わっていないのかもしれない、ということを、やっと実感として理解できたように思う。
ただ、これは私が解散前のPavementを知らないファン歴1年の新参だからこそこう書けている側面があることは否めなくて、ここらへんリアルタイムで彼らのライブを見た人はどう思ったんだろうな、ってのは気になるところではある。
白眉は本編ラストの「Fillmore Jive」。
もちろん音源で聴いた時からとても好きな曲だったけれども、ライブで大きな迫力と共にこの曲に直面すると、轟音の中で自分の中のひとかどが浄化されるような感覚があった。
この夜を以て、私の中で「Good night to the Rock'N'Roll era」というフレーズが全く皮肉や冗談ではなくなったというか。これは「ロックンロール」を終わらせることのできる曲だ、と本気で思った。
…とまあこう書くと非常に崇高な雰囲気のライブのように思われるかもしれないけれど、実際にはユーモア満載で非常に楽しいライブでもあった。
特にボブ・ナスタノヴィッチのフリーダムさは本当に眺めているだけで楽しかった。たまに曲の合ってるのか合ってないんだかわからないタイミングで奇声を入れて来るし、時々マルクマスよりでかい声でコーラスしてるし、ずっとわけわからない踊りをしてるし、賑やかしをやりすぎてドラムセットに座るタイミングが結構適当になったりするし、曲によっては最前の観客とずっと握手しながらシャウトしてたし、挙句「we dance」ではスコットと肩を組んで歌い出すし(それに対して観客が謎の歓声を上げるし)。
かつてPavementの本質はボブの存在にある、という文章をどこかで読んだことがあるのだけれど、確かにそうかもしれないな、と実感できたのが嬉しい。
マルクマスも「Gold Soundz」のソロでギター弾きながら変なステップを踏んでいたり、曲の合間に謎のガッツポーズを取ったりしていたし、他のメンバーもMCでふざけたやりとりを飛ばしていて、「あーPavementのライブってこんな感じなんだ」を体験できたのがとても良かった。
特に「Debris Slide」の入りをトチって曲をやり直したシーンは、観客の盛り上がりもあってこのライブの裏ハイライトだったと思う。
何よりいっぱい腕を振り上げたし、いっぱい叫んだ。
大好きな「serpentine pad」が始まったときはハチャメチャにはしゃいでしまったし(着席で)、「Stereo」とか「Summer Babe」ではサビのキメに合わせて歌ってしまった(着席で)。純粋に楽しかった。
でも、だからなのだろうけど、アンコール最後の「Fin」が来た時に、このライブが本当に終わるということが分かってかなり寂しくなってしまった。
終演に対してここまで強い寂しさを感じるライブは久々だった気がする。
そういえばバズ・ソングであるところの「Harness Your Hopes」を演奏した際の観客のまあまあな盛り上がり方は、私は「バズった曲だからやたら盛り上がる/盛り上げる」的な不健康さを感じず逆に好感を持ったし、この曲を境にバンドの空気感もグッと緩く楽しげなものになっていた感じが少しした…けどこれはさすがに気のせいかな。
…あと「Summer Babe」の前にチラッと「AT&T」やるっぽい雰囲気を醸し出して結局やらなかったの、何だったんだ…。
・Fin
ライブ用耳栓を外して身支度をした後も、しばらく席の周囲から離れられないでいた。でもそのままぼんやりしていてもどうしようもないので、会場を出ることにした。外ではさっきまでライブを見ていた人たちが熱く語り合っている。居酒屋を探す会話が聞こえた。
地下鉄の駅へと向かう。My Bloody Valentine『mbv』を小さな音量で聴きながら帰った。
本当に巡り合わせとは奇妙なものだと思う。
どんなにPavementにハマっていても、ミツメのファンじゃなかったらこの公演には行こうとは思わなかったかもしれない。あるいは、経済的に自立しているとは言い難い人間なので、もっと何か別の理由で諦めていたかもしれない。
そもそも、やる気を出すタイミングが少しだけズレていたりしたら、今日までPavementを聴きはじめていなかったかもしれない可能性だってある。
そんな数多の「他の可能性」が存在した中で、Pavementを聴きはじめて一年ちょっとの人間が、何故2023年の2月16日に東京ドームシティホールの座席に座り、あのライブを見ることが出来たのか、未だに自分自身でもちょっとわからないところがある。
私は確かに2022年にPavementを聴きはじめて、そして2023年にPavementのライブを見た。
それはとても不思議なことだと、ライブが終わって丸一日以上経った今でも、本気で思う。