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CAPSULEアルバム全作紹介 pt.4 エレクトロ期激動編

 この記事で取り上げるのは2007年末~2008年にかけて発表された2作2009年夏にリリースされた初のベスト盤。

 この時期にcapsule、そして中田の活動は激動を迎える。
 名曲「チョコレイト・ディスコ」やアルバム『Perfume -Complete Best-』などの諸作によりアイドルマニアの間でその評価が高まっていたperfumeの活動が、「ポリリズム」のヒットによってブレイクスルーを迎え、幅広い層からの人気を獲得することとなったのだ(更にその狂乱は後のアイドルブームの端緒になる)。それに伴い中田がプロデュースを手掛けるperfume以外のプロジェクト―MEG、COLTEMONIKHA、そしてcapsuleに対する注目度が一気に上がった。
 
特にperfumeの楽曲を聴いて中田の作るトラックの魅力に目覚めたリスナーが、中田の過去作を漁りはじめるという現象が各所で起き、それによってcapsuleの支持層も一気に増加することとなる。

 私は正にリアルタイムでこの頃の光景を見ていたが、この時期に関しては本当に”激動”としか言いようがなかった。
「中田ヤスタカ(capsule)プロデュース」という文言はあっという間に”時代の流れに対応していることを示す売り文句”へと変わり、それに伴って手がけるプロデュース作品の量がどんどん増えていく。perfumeは勿論、capsuleにも続々タイアップが決まっていく。目にも留まらぬ速さで、世間に一気にヤスタカサウンドが溢れた(今思うとその勢いの中にあって、圧倒的な作曲スピードで全ての案件を完全に打ち返していた中田も大概である。どんだけ作曲ペース早いんだ)。

 一方その頃、インターネット上ではボカロブームが到来。
 
2007年には「みくみくにしてあげる♪」や「メルト」といったクラシックが今でいう「バズ」を引き起こし、2008年までの間に現在も音楽業界で活躍し続けているボカロPが多くデビューしている。…つまりボカロの人気の高まりと中田作品のブームの過熱は見事に時期を同じくしているのだ。
 あくまでエビデンスの出せない個人的な意見ではあるが、その結果として「DTMで作られたトラックの上に合成音声によるボーカルが乗せられた楽曲」に対して抵抗感の無い層が生まれ、これはオートチューンを多用するダンストラックが多かった中田の音楽にとって予期せぬ追い風となったのではないかと推測している。実際に、(先の記事でも少し記述した通り)当時のニコニコでの中田ヤスタカ人気の高まりは目を見張るものがあったので、あまり見当外れな推測ではないだろう、という自負は一応ある。

 そして動画サイトと言えば、とても大きな動きとしてperfumeの大ヒットを端緒としてニコニコ動画などにperfumeやcapsuleの楽曲のブートリミックスが大量にアップロードされ、中田のフォロワーのような作風のミュージシャンも登場しはじめる、という現象が起きたことにも言及しなくてはいけないだろう。
 実際、2008年にデビューしたTeddyLoidは最も尊敬する人物として中田の名を挙げており、そのきっかけがデビュー直前に聴いたperfume「コンピューターシティー」とcapsule「FLASH BACK」だったと語っているし、madeonもインタビューにて2008年に『MORE! MORE! MORE!』を聴いた事を切欠に中田の作品のファンになったと述べている。
 そしてtofubeatsが脚光を浴びるきっかけの一つとなったのが、2007年にアップロードされたcherryboy funktionの楽曲とperfume「ポリリズム」のマッシュアップ楽曲であったことも重要。
 今日では中田ヤスタカは「様々な若手ミュージシャンに広く影響を与えた存在」となっているが、その若手に最も影響を与えた時期がこの2007年末から2008年と言えるであろう。

 そのブームの高まりのなか2009年の夏には初のベストアルバム『FLASH BEST』をリリース。当記事ではこの『FLASH BEST』までを取り上げる。

 また、capsule以外の所属アーティストがフェイドアウトするように活動しなくなっていった影響で、このころから少しずつcontemodeの存在感が希薄になっていき、よくある「アーティスト専用の自主レーベル」へと変わっていく。


9th 『FLASH BACK』

 2007年末にリリースされた9thアルバム。

 結局2007年内だけで『Sugarless GiRL』、『capsule rmx』、そしてこの『FLASH BACK』の三作がリリースされたことになる。更にその間にはMEGの初フルプロデュース作品『BEAM』COLTEMONIKHAのセカンドアルバム『COLTEMONIKHA2』、そしてperfumeの各種シングル曲がリリースされている。『BEAM』には(後のMEG作品では姿を消す)他の人が作曲して中田が編曲のみを手掛けた楽曲―「OK」「ROMANTIKA」「dreamin dreamin」のセルフリメイク的カバーも収録されているが、結局はそれらの曲もアレンジは全て中田自身が行っているので…どうかしている。
 流石にcapsule作品のリリースペースはこの2007年を境に落ちていくが、それは別のプロデュースワークを並行して行うようになったからであり、作業量は減ったわけではない。むしろこれ以降発表される作品の量はcapsuleの作品をコンスタントにリリースしていた時よりも増えたのではないだろうか…?

 しかし今作を聴く限りでは、その激動の存在は想像できないだろう。というのも今作、前作までの2作で完全に自らの手中に収めたエレクトロ・ハウスのスタイルに、オールドスクールなテクノポップの要素を絡ませた実験作なのである。

 最初こそド派手なギターリフの反復で否応が無しに聴き手のテンションを盛り上げるエレクトロ・ハウスナンバー「FLASH BACK」で幕を開けるが、結局今作で前作までの面影を残すのはこの「FLASH BACK」ぐらいしかなく(そもそもこの「FLASH BACK」からして前作までの同路線の楽曲と比べると随分と簡素なアレンジになっているが)、それ以降はいたってシンプルなアレンジの曲が続く。
 12インチで先行リリースされた「MUSiXXX」からして前作までの楽曲でも見られたノイジーなリフなどの要素を取り入れていながらも、若干の「隙間」を感じさせるシンプルなアレンジになっていて、既に前作までの「ベースを強調したボトムの太いクラブミュージック」という作風とは差別化が図られている。

 更に楽曲素材用のボイスサンプルと思しき音声をアクセントではなくボーカルとして全面使用した異色作「You are the reason」やいつにも増してテクノの色合いが強い「Love Me」、そしてエクササイズをテーマにした珍曲「Get down」では、明らかに意図的に70~80年代にヒットしていたような、ディスコの影響を反映したポップミュージックの意匠が取り入れられている。
 特に「Get down」はそれを極限までやり切っていてかなり異様。
そもそもエクササイズというテーマも、ディスコとの関係性が深いエアロビからの発想であることは明白だ。これを書いている現在ではvaporwave文化の後押しもあってこうした70~80年代っぽい空気を志向したアレンジは珍しくない表現になっている(どころか他でもないCAPSULEが『メトロパルス』という作品でその表現を極めることになる)けれども、2007年でこれはかなり早いよな…。

 12インチシングル「MUSiXXX」のカップリングにも抜擢されていた「I'm Feeling You」は『ハイカラガール』時代を匂わせるようなエスニックな旋律を中心に置いた楽曲で、『FRUITS CLiPPER』収録の「super speeder Judy Jedy」で匂わせていたエスニック路線への回帰を本格的なものにした一曲
 突然の「和」路線への回帰にファンが結構ざわついていたのを覚えている。
 この後、perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅといった各種プロデュースワークにて、よりはっきりとした「和」路線への回帰が定期的に行われることになる。

 こうして作品の内容を見てみると、”FLASH BACK”という表題は単にリードナンバーのタイトルを引用しただけでなく、様々な意味での「回帰」を意識した言葉であることが何となくわかる。

 また、ラストを飾る「Electric light Moon light」幻想的なアレンジのR&B。この後にも「I was Wrong」「I wish you」などR&Bの要素を取り入れた楽曲は登場するが、この曲はそれらと比べるとかなりウェットで、所謂「R&Bを志向したJ-POP」に近い志向を持っている印象を受ける。
 後にperfumeなどでこのような路線の楽曲を頻繁に製作しているが、その端緒となった存在がこの曲である…と考えると結構重要な曲かもしれない。

 総じて前作や先に挙げた各種プロデュース作とは全く異なる価値観で作られており、よくある表現を用いれば「新境地」として捉えることも可能な作品だが、そう捉えると”前作”である『Sugarless GiRL』は10か月前、『capsule rmx→』に至っては2か月前(!)に出たばかり、という異様な状況が際立つ。
 中田のモードの移り変わりの性急さと、そのモードの変移をすぐに形にできる演算処理の速さを伝える、一種ドキュメンタリー的な側面を持った異色作といえるだろう。
 また今作から「capsuleで試みられた手法が各種プロデュースワークで用いられる」という流れが少しずつ出来ていく。中田の中では前から行われていたであろう、capsuleと他のプロデュースワークとの差別化―「今やりたいことを実現する場としてのcapsule」という概念が、リスナーにもはっきりと分かる形で表出したアルバムでもある。少々アクが強い曲が多いが、capsuleというユニットを理解する上では重要な作品。

 後に各種ベスト盤にも再録され、表題曲と並んで今作のリードナンバー的な扱いを受けることとなる「Etarnity」は、今作のオールドスクール志向とエレクトロハウスをベースにしたアレンジ、そして中田のポップセンスが完璧に融合した傑作。
 
殆ど同じ内容の歌メロを変調を加えながらひたすらリピートする、というシンプルな内容ながら、4分を一瞬に思わせるような完成度。特にエモーショナルながらウェットになり過ぎないメロディセンスが絶妙。間違いなくcapsule史に残る名曲で、更にこの「過渡期」でなければ生まれなかったであろうかなり刹那的な楽曲でもある。
 先述の通りこの曲はベストにも再録されている。しかし、今作の性質上”『FLASH BACK』というアルバムの3曲目に収められた「Etarnity」”は単曲で聴くのとは全く意味合いが違うので、是非アルバム全体と共に聴いてほしい。

10th 『MORE! MORE! MORE!』

 2008年11月にリリースされた10枚目のアルバム。

 2008年の11月。capsule、そして中田を取り巻く状況は、『FLASH BACK』がリリースされた1年前とはもはや全く異なるものになっていた。

 前年の「ポリリズム」のブレイク、各種メディア露出の増加、「Baby cruising Love」のヒットといった”下地”を経たうえで4月にリリースされたperfumeのアルバム『GAME』リリース日だけで15万枚を売り上げてデイリーランキング1位を獲得。各種メディアや音楽リスナーたちにも大きな熱狂と支持を以って迎えられ、中古市場ではあっという間に入手困難になったDVD付初回盤の価格が高騰(※現在はブックオフなどで普通に買えます)。ネット上の音楽を語る場所でもperfumeについての話題は頻繁に交わされていたのをとてもよく覚えている。
 結果として『GAME』のwikipediaには「平成を代表するアルバム」という謳い文句がソース付き(2018年の読売新聞の企画からの抜粋らしい)で記述される、という冗談みたいな事態になっている。
 更にその熱狂が冷めやらぬ中で傑作シングル2作「love the world」「Dream Fighter」をリリースし(うち「love the world」はオリコンチャートでウィークリー1位を獲得)、状況は加速。
 夏フェスに出演すれば入場規制、11月には武道館公演で2万人を動員、そして年末には紅白初出場までもを掴み取り、2年前は解散すら視野に入っていたのが嘘のようなバブル状態を迎えた。
 この『GAME』の大ヒットによって、昨年の「チョコレイト・ディスコ」「ポリリズム」までは「新進気鋭の若手プロデューサー」だった中田が一瞬にして「大物プロデューサー」に変わった。

 …というのはperfumeにフォーカスを限定した話。他のプロデュースワークを含めると…。

・同年6月、『GAME』の熱狂が音楽業界を賑わす中でリリースされたMEGのアルバム『STEP』も注目を集め、オリコンのデイリー及びウィークリーランキングにて、MEGにとって初となるトップ10入りを果たす。
・9月にはSMAPに「ココロパズルリズム」を提供(このニュースを聞いた時には「マジで来るところまで来たな…」と思った記憶がある)。
・今作『MORE! MORE! MORE!』リリースと同時期に、中田が全曲プロデュースを手掛けた鈴木亜美のアルバム『Supreme Show』もリリースされている。

 …そしてたぶんここに書き洩らした事項もある。
 とにかく中田を取り巻く流れが速すぎて、ひょうひょうと曲を作り続ける本人はともかくリスナーとしては大変苦労した。
 …苦労したというか、この時期から中田の関わった作品を「すべてチェック」することを止めた。あまりにもリリースペースが速すぎて、経済的にも物理的にも中田のリリースをすべて把握することが不可能になってしまったからだ。

 そんな熱狂が各所を取り巻く中リリースされた今作も、アルバム収録曲10曲のうち半数の5曲に何らかのタイアップが付き、更に初の初回DVD付(「JUMPER」のPV入り)仕様、と完全に時流の勢いに乗ったパッケージになっている。
 結果として今作は、オリコンウィークリーでcapsule初となるトップ10入りを果たした。

 前置きが長くなったが、今作はその熱狂の高まりに応えるが如き充実作だ。2007年以降の作風の集大成でありながら、同時にそこに進化と深化を加えた内容になっており、圧巻の一言である。

 前作『FLASH BACK』で試みられたディスコとエレクトロハウスの融合を進化させた「more more more」、そこにさらにラップという新機軸を持ち込んだ「the Time is Now」、ハードロック風味のノリとボコーダーを合わせた新境地「Phantom」、ディスコへの回帰のモードをさらに鋭角に進化させた「the mutations of life」、今作で最も攻撃的なエレクトロハウス「e.d.i.t.」などなど、どの曲を取ってもかなり完成度が高い。各種外仕事での評価の高まりによって上がり切ったテンションを、見事にcapsuleのモードのなかに反映している。

 その中にあってひときわ重要なのが「JUMPER」「Presure ground」の2曲。

 前者「JUMPER」先行シングルとして12インチがリリースされ(なお、これがcapsuleとしてリリースされた今のところ最後の12インチシングルである)PVも制作されたアルバムのリード曲であり、『FRUITS CLiPPER』から始まったエレクトロハウス路線の一つの頂点でもある。
 ハイテンションなリズムトラック、こしじまのボーカルの反復、ブレイクで挿入される印象的なリフ、そして終盤でベースラインが転調し叙情的な大サビが現れる曲展開、どの要素を取り上げても完全無欠と言わざるを得ない。「Starry Sky」などと肩を並べるcapsuleの代表作のうちの一つ、と言い切って差し支えない傑作。

 後者「Presure ground」「どうぶつ奇想天外!」のためのタイアップ・ソングとして作られたこともあってか、capsuleの楽曲の中でも最もドラマチックかつメロディアスな楽曲。
 perfumeなどで試みたJ-POP的アプローチをcapsuleの世界観に持ち込んだ
ような内容なのだけれども、とにかくサビのメロディとそこまでに至る展開がひとつのJ-POPとして完璧すぎて、何度聴いても鳥肌が立つ。
 タイトルにもなっている”Presure ground”という言葉をテーマにして輪廻転生への希望にまで触れる、異様に大きなスケール感を持った作詞も素晴らしい。

 そんな充実したアルバムが最後に辿り着くのが、perfumeの諸作に近いポップなトラックに乗せて「いまの自分との緩やかな決別」をあっけらかんと歌う「Adventure」というのも実に象徴的。
 そこで歌われるのは「しょうがないか」という妥協のような感情とは裏腹に、「ほんの少しの無理」(あくまで”ほんの少し”というのがミソだ)で「あこがれのキミ」に近づくための冒険への意欲を見せる「私」の感情だ。
 リリース当時は普通に良い曲だな~と何も考えずに聴いていたけれども、今この曲を聴くと、これだけの激動を迎えていた中田の心境がかなりストレートに出た内容のように思える。
 …まあ、中田がそこまでSSW的な曲を書くとも思えないのも事実なので、これはリスナーの勝手な同一視と考えた方が良いだろう。しかし、この曲と歌詞を聴きながらリリース当時の”激動”を思い返すと、何とも言えない感慨に駆られてしまう。
 そんな考え過ぎな人間以外にも、「素直に元気が出る曲」として好感を得やすい曲だと思う。個人的にもとても好きな曲だ。

 総じて、2008年の”激動”に対して中田がcapsuleというプロジェクトで出した最上の回答と言える内容。インタルード「runway」「gateway」を含めたアルバム全体の流れも非常に秀逸で、アルバムとしての完成度は『FRUITS CLiPPER』に匹敵するレベル。capsuleのキャリアの中でも屈指の傑作だと思う。
 当然ファンは必携。全体のバランスが良いので、capsuleを初めて聴く、という初心者にも向いている。2008年の中田を取り巻く盛り上がりと熱狂が的確にパッケージングされているので、中田が「大物プロデューサー」へと変化していく当時の勢いを知らない若いリスナーには特にお勧めしたい作品。

 なお初回盤には「JUMPER」のPVを収録したDVDが付属しているが、このPVは直後にリリースされた『FLASH BEST』初回盤のDVDにも再録されているので、マニア以外が初回盤をわざわざ探す必要はないだろう。

Best 『FLASH BEST』

 2009年8月にリリースされたcapsule初のベストアルバム。
 なお、当初の告知では2009年8月5日にリリースされる予定だったのだが、後に発売日が同年8月26日に延期されている。また、いま検索してもソースとなる画像が出てこないのであくまで話半分に聞いてほしいが、リリース告知当初に通販サイトなどに登録されていたジャケット画像は実際にリリースされたアートワークとはかなり異なるものだった記憶がある。延期との関連性は不明。
 初回盤はPV集のDVDが付属したトールサイズの特殊パッケージ仕様、通常版は普通のCDサイズのデジパック。

 perfume切欠の中田ヤスタカバブルは留まりを見せることがなく、perfumeだけで見てもこの年の3月に傑作「ワンルーム・ディスコ」をドロップ、そして今作リリースの約一か月前となる7月には2ndアルバム『⊿』をリリース。両作とも当然のようにオリコンウィークリーランキングの1位を獲得。
 
5月にはMEGもアルバム『BEAUTIFUL』をリリースし、こちらもオリコン最高位10位を記録。
 
この頃からちょこちょこテレビ番組の密着ドキュメンタリーにも露出するようになり、完全なる「国民的な音楽家」の仲間入りを果たした。もはやここら辺からは私も把握していないリミックスワークなどがあるはず。
 その留まることを知らぬ激流の中ドロップされたのが、このキャリア初のベストアルバム。恐らくはperfumeをはじめとしたプロデュースワークから中田ヤスタカの作品に触れた人々に向けた、リプレゼンテーションの意味合いがあったリリースだと思われる。

 結論から言ってしまえば、2023年の今、ベスト盤として今作を推薦するのは正直なところ無理がある。というのも今作、選曲があまりにも極端なのだ。

『S.F. sound furniture』 - 1曲
『L.D.K. Lounge Designers Killer』 - 2曲
『FRUITS CLiPPER』 - 2曲
『Sugarless GiRL』 - 2曲
『FLASH BACK』 - 3曲
『capsule rmx』 - 2曲
『MORE! MORE! MORE!』 - 2曲

 御覧の通り、偏っているなんてもんではない。1stから3rd、及び5thからは衝撃の選曲一切なし、4thからの選曲も辛うじて1曲のみ。つまり唯一のJ-POP期作品『ハイカラガール』とラウンジポップ路線の2作はバッサリ切り捨てられ、SF三部作の前半2作もほぼ切り捨ての状態。
 エレクトロ期以外の楽曲でまともに残ったのは「レトロメモリー」「空飛ぶ都市計画」「人類の進歩と調和」の3曲のみである。
 ここでわかるのは、先述の通り今作はあくまで「perfumeをはじめとしたプロデュースワークから中田ヤスタカの作品に触れた人々に向けた」ベスト盤であり、capsuleのキャリアを俯瞰するための作品ではない、ということだ。

 しかしこれは逆を返せば、今作の選曲は当時のcapsule陣営が「はじめてcapsuleを聴く人に聴いてもらいたい」曲群であったともいえる。
 その視点で見ると、クラブ路線の幕開けとなった「ポータブル空港」は選曲されていなかったり、『L.D.K.』からは表題曲ではなく「人類の進歩と調和」が選曲されていたり、最も多く選曲されているのは意外にも最新作の『MORE! MORE! MORE!』ではなく一つ手前の『FLASH BACK』だったりとなかなか興味深い選曲だ。

 ただ、その中で猛烈に浮きまくっているのが「レトロメモリー」
 他にSF三部作から選曲されているのは『L.D.K.』収録のエレクトロ期との齟齬があまりないクラブミュージック系の2曲なので、結果としてこの「レトロメモリー」がエレクトロ期以前のcapsuleの姿を唯一伝える役割を果たしている。
 恐らくハウス食品という大手企業のCMのタイアップ付きだったことと、中田の思い入れが反映された選曲なのだろう。また、この曲が使用されたCMはジブリ仕事ということもあって全国放送でかなりヘビーローテーションされていたので、CMを覚えているリスナーの「あ、これもcapsuleだったんだ!」という驚きも狙っていた可能性がある。
 …しかしそれにしたって…いくらなんでも全体から浮きすぎている…もうちょっとどうにかならなかったのか…?曲順的にも「FRUITS CLiPPER」「more more more」の間にかなり居心地悪そうに配置されており、なんとも…。

 そんな今作最大の魅力は、今作でしか聴けない「FLASH BACK (Extended-Live mix)」である。原曲より2分長い尺の中であのリフの反復をよりアグレッシブに展開し、更にブレイクの攻撃的なリフを繰り返す新しいパートも用意して、原曲の中にあった高揚感を極限のレベルまで高めた素晴らしい内容になっている。全体的な音の質感にかなり手が入れられているところも見逃せない。
 配信限定の『iTunes Live From Tokyo』に収録されていた「JUMPER (Live mix)」をCDで聴ける(≒サブスクで聴ける)のも今作だけでありこちらも重要。また表記はないが「jelly (rmx ver.)」のアウトロには秘かに手が加えられているし、「FRUITS CLiPPER」のアウトロが次曲に繋がらない別編集になっている、というマニアックな視点で楽しめるポイントがあるのも嬉しい。

 …ただ、「グライダー (rmx ver./Live edit)」に関しては…私は何度聴いても原曲との違いが全く分からない。今作リリースから10年以上の時が流れているが、未だに分からない。当時、某巨大掲示板のcapsuleスレかどこかで「Live editの方はリバーブが切ってあるのではないか」というような内容の書き込みを見かけた記憶があるるのだが、全く以って真偽は不明だし、何よりその情報を以てしても違いが実感できない。なおこの二つのトラック、恐ろしいことに尺もほとんど一緒(2秒程度しか違わない)である。
「グライダー (rmx ver.)」と「グライダー (rmx ver./Live edit)」の違いははたして何なのか。これは個人的にcapsule史上最大の謎。

 色々と書き散らしてきたが、当時「perfumeをはじめとしたプロデュースワークから中田ヤスタカの作品に触れた人々」へと向けた作品としては悪く無い内容だったように思う。しかし、2009年前後の動向しかまとめられていない今作をベスト盤として聴く意義は今となってはかなり薄い。
 そもそもの話、リスナーがより自由に音楽家のディスコグラフィを横断して聴取できる環境が整った今日のサブスク時代に於いて、「ベスト盤」という存在にどれだけの意義があるのか、という問題も浮上する。これを語りすぎると「今作のレビュー」という地点から脱線してしまうのでここではあくまで問題の提示にとどめておくが、しかし一方で、capsuleという常に音楽性を更新していくユニットにとって、この「ベスト盤の意義」問題がかなり重いものになっているのも事実のように思う。
 結局、2020年代の今日における今作の立ち位置は、ここでしか聴けない「FLASH BACK (Extended-Live mix)」と配信シングル以外ではここでしか聴けない「JUMPER (Live mix)」の2曲、そしていくつかの曲のエディット違いを聴くためのファン向けのアイテム、といった辺りに落ち着くと思う。

 初回盤に付属するDVDは前作の初回特典DVDに収録されていた「JUMPER」以外は当時から入手困難だったPVをまとめたもの。今作に収録された楽曲を中心に選曲しているので初期のPV(「music controller」など)は収録されていない。

 実はこのDVDが今作の存在価値の結構な割合を占めている。
 
そもそもcapsuleにはまとまったPV集が殆ど存在しない。これ以外にPVをまとめたメディアは。後にリリースされた『capsule rewind BEST』の2枚同時購入特典として配布された非売品DVDぐらいしか存在しない。
 更に「グライダー」のPV及び「Sugarless GiRL」「FLASH BACK (Extended-Live mix)」のPVのフル尺を公式な手段で見ることができるのはこのDVDだけ(前者は公式に映像がアップロードされたことがほぼ無く、後者の2本はyoutube公式で上げられている映像が低画質のショート版しかない)なので非常に貴重。せっかくなら「レトロメモリー」のPVも欲しいところだったけれども…。
 なお、スタジオジブリの別部門であるスタジオカジノとのコラボで製作された「SF三部作」短編アニメ三本も収録されているが、現在では完全版であるところの『ジュディ・ジェディ』が『ジブリがいっぱいSPECIALショートショート 1992-2016』に収録されているため、この三本が収録されている意義は今となっては薄い。…ベスト盤の宿命とはいえ「今となっては意義が薄いもの」が多く、つくづく何とも言えない作品だ。

 つづく。