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過去ストーリー① 10代の頃のコンプレックス

「今度の京都の修学旅行は、好きな友達同士でグループを作っていいですよ」

高校2年生の時のことです。先生の言葉に、クラスのみんなから歓声が上がりました。

行き先は京都。早速、舞妓さんの格好をして写真を撮ろうと盛り上がっている子たちがいました。

一方、私はゆううつな気分でいました。「仲間に入れてくれるグループはあるだろうか?」引っ込み思案で友だちも少なかった私は、それがとても心配でした。

誰とでも自由に会話できるようになりたい。でも、どうしたらいいか分からない。そんな中高時代でした。

大学に入ると、多少の変化はありました。それでも身近な友だち以外とは気軽には話せませんでした。

大学3年生の頃、アメリカに交換留学をしました。フィラデルフィアにあるペンシルバニア大学という学校でした。

今度は、英語で人の輪の中に入っていく必要に迫られました。日本語でもうまく出来ないのに、どうやって・・?コミュ障を直してから来ればよかったと思いました。

でも、英語ができないまま帰るのは絶対にイヤでした。ただ黙って座っていても、誰も気に留めてくれません。そこで、片っ端から誰かに話しかけるというチャレンジを始めました。

当時の私には、コンフォートゾーンを大きく超える経験でした。すると少しずつ友達ができるようになりました。

ある日、言語学という共通の興味を持ったアメリカ人の友人と一晩中話続けたことがありました。次から次へと話したいことが溢れてきました。いつまで経っても話が尽きませんでした。

そのとき、人間の本質って世界どこにいっても変わらないんだなと思いました。共通点があれば、すぐ仲良くなれる。言葉や文化が違っても関係ない。

1年が経ち日本に戻ると、不思議なことが起きていました。誰の前でも自由に振舞えるようになっていたんです。10代の頃の悩みがウソのようでした。

「人間の根幹はみな同じ」ということに気づけたから、人との間に壁を作らなくなったのだと思います。

これは私の会社のロゴです。「人は太陽のもとでつながっている」という意味を込めて、太陽のモチーフを取り入れています。

アメリカへの留学は、大切な価値観を作ってくれました。

その後、就職活動をスタートしました。でも、全然思ったようにいかなくて・・

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過去ストーリー① 10代の頃のコンプレックス
過去ストーリー② 挫折から見つけた本当にやりたいこと
過去ストーリー③ 起業準備のためにコンサルに挑戦
過去ストーリー④ 昇進と出版の間で生まれた葛藤
過去ストーリー⑤ プロの英語コーチとして独立
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