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石のこと書くって決めて。。。

石のことを書くことは私にエネルギーを与えてくれます。

いま、これは私の仕事だなと思えることがどんどん変わってきています。

たとえば、リクエストの石を探すこと。お仕事では、「わたしにあう石を教えてください」などとは以前からよく言われていました。どんな方向性をもちたいのか?過去と未来と今を知りたいのか?わかったとしても答えはない、というほど石の世界は広い。

「だからあなた自身がぴんとくるものが正解ですよ」というのが真実に近い。

そんな微妙な立場で、あえてリクエストの石を探すことは、わたしにとっては楽しい。これしかないっていうものが自然とわかっるときもあれば、ふわふわと変化していくときもある。
私自身、その人の意図にどんどん入っていくうち迷いがなくなるのだけど、受け取る人がしっかりと人生を選択しているときほどクリアによくわかる。

もともと、石は「人から人へ旅する」ものだと思ってきた。

先生から、仲間から、家族やクライアントさんへと、天然石という存在を手渡す役割ができてしあわせを感じている。石を選び出すお手伝いは面白いから。

ある時、Sさんからは「ともだちになってくれそうな石」をリクエストされたときのこと、いろいろ考えた末、仕入れる中からはみつかりそうもない、わたしの持っている中から、手磨きのヒマラヤ水晶を思いつきました。

この石は、あまりにも静寂をたたえて美しく、石の先生から譲り受けたものだったので、値段がつけられない大切な石。Sさんという存在はそのような石も大切にしてくれそうと思いました。

値段がつけられないほど貴重な石で、長年お世話になっているので譲る形なら渡せる石がでてきたと、恐る恐るそういった説明をしたら快諾してくださり、反対にSさんが得意とする技術料を交換するという形で成立してくださったのです。

その後も、Sさんからときどきその石を見せてもらいますが

「こんな風に育ちましたよ~」というような感じで、いまでは、石の中に生き生きと何かが生きている感じの石となって「まるで別人?笑」がいました。これは不思議です!

あるべきところにあるからなのでしょうか?

石の先生からきて、わたしのところからにずっといてくれたけれど、旅立つことでまた新しいかたちで生きていく、石にもそういうことがあるのだなぁと思う出来事でした。

わたしがいただいた石の種類では「ドラゴンブラッドストーン」「ネビュラストーン」「セプタリアン」「マンガンカルサイト」「レッドジャスパー」などがあります。

これらの石がわたしのところへきた経緯、リクエストしていただいたものもあれば、プレゼントや不意に渡したくなったからと送ってくれる。石仲間の行動は摩訶不思議であるべきところにというのがわかるのかもしれません。

石はひとつのエネルギーを大きくしてくれる作用もあるので、受け入れるかどうかはしっかり自分自身と相談しておく必要があるのかな?って思います。敏感な人ほど影響を受けやすいので、よくないことがあると石を悪者にしている人もいるくらいです。よく自分と話し合って受け入れることでとっても楽しいやりとりの一つとなりますよ!

逆の立場で、渡すときには、しっかりとわたしとつながりサポートしてくれたことへの感謝を伝えてクロージングすることも大切だと思います♪

いま、数々の石を旅立たせて、いろんなことを思います。こんな風に、ひとつの風景や映画ワンシーンのようにみることができてしあわせなんです。