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小説(しょうせつ)

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noteに掲載している小説や脚本をまとめたマガジンです。
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#文学

連載小説|恋するシカク 第1話『救世主』

作:元樹伸 第1話 救世主  高校三年目の春。放課後の美術室に二人の華麗なる救世主が降臨した。 「一年一組の手嶋久美です。中学時代はずっと帰宅部でした。絵は初心者なので、いろいろ教えて頂けると嬉しいです」  手嶋さんは大きな瞳とキリッとした眉が印象的な女の子で、茜色の長い髪を橙色の可愛らしいリボンで束ねていた。 「では次の方、どうぞ」  ポニーテールの手嶋さんに促され、彼女の隣でかしこまっていた女の子が小さくお辞儀をした。 「一年三組の安西奈子です、よろしくお願

連載小説|恋するシカク 第2話『トン先輩』

作:元樹伸 第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第2話 トン先輩  五月になって、絵画コンクールの締め切りと体育祭が近づいていた。 「今年こそ賞が獲れますように!」  入選を祈願して選んだ幸運のヴィーナス像を描いている最中、寺山に声をかけられた。 「トン、課題は順調か?」  僕の名前は「琢」と書いてタクと読む。だけど寺山と出会った当初、彼は名簿に書かれた「琢」という漢字を「豚」と勘違いしてトンと読んだ。それを思いきりバカにしたものだから、彼は意地になって今でもこの

連載小説|恋するシカク 第3話『モテない理由』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第3話 モテない理由  去年は林原と直子先輩が一緒にいる姿を、複数の部員が目撃していた。また女子の間では、直子先輩が別の男子とイチャついている姿を見たといううわさも流れていた。  それに対して妹さんの方は、物静かそうでお姉さんとはだいぶ違って見えた。だから姉妹揃って林原と付き合うなんて悲劇は、絶対に起こらないと信じたかった。 「何を考えているんですか?」  手嶋さんの声で我に返ると、窓の外に夕闇が迫っていた。

連載小説|恋するシカク 第4話『借り物競走』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第4話 借り物競走  体育祭の当日。雨になれば延期か中止なのに、その日は良く晴れて絶好のスポーツ日和だった。入場行進と開会式が終わり、応援席に戻って競技の開始を待った。  この学校の体育祭はクラス対抗が基本で、各学年の同じ組が一丸となってワンチームになる。僕が参加するクラス対抗リレーは午前中の最終種目だったので、集合までにはまだだいぶ時間があった。  そんな中、一年生が参加する借り物競争が始まった。借り物が記された

連載小説|恋するシカク 第5話『孤独なアンカー』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第5話 孤独なアンカー  きっとうちのクラスは、最下位のままだろう。そんな僕の甘い考えをあざ笑うかのごとく、クラス対抗リレーは予想外の展開を迎えていた。  ズルでアンカーを逃れた山本が本番で急にやる気を見せて、陸上部のプライドも手伝ってか、自分の番になってゴボウ抜きを始めたのである。  おかげで最初はビリだったウチのクラスは二位まで巻き返し、応援席が盛り上がって二組コールが鳴り響いた。  そのままアンカーの番が回

連載小説|恋するシカク 第7話『主演女優』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第7話 主演女優  夏休みが終わって新学期になった。二ヶ月後には文化祭が控えていた。  そんな中、僕には美術部の作品展示以外にも、文化祭で発表したいことがあった。それは中学時代からずっと実現したかったこと。すなわち、自主制作映画の上映だった。  去年は女優が見つかりそうもなかったので、初めから登場人物はすべて男にして脚本を書いた。だけどそれが裏目に出たのか、誰も映画制作に興味を示さず、最後まで制作メンバーが揃わなか

連載小説|恋するシカク 第8話『彼女からの電話』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第8話 彼女からの電話  文化祭で上映する予定の映画はホラー作品で、殺人鬼に追われる主人公とヒロインの姿を描く予定だ。安西さんが出てくれるなら沢山の出番が欲しいと思った。だからヒロインは最後まで生き残り、主人公は彼女をかばって命を落とすストーリーにするのだ。  一度はホラーを止めて恋愛映画も考えたけど、安西さんに勘ぐられて嫌がられたらそれまでだ。この段階まで漕ぎ着けた以上、計画は慎重に進めたかった。  脚本の執筆が

連載小説|恋するシカク 第9話『告白』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第9話 告白  後日、下書きが終わった画用紙を渡すと林原が言った。 「そういえば奈子に伝言を頼まれてたんだ。この前の間違い電話、すみませんでしたってさ。なんのことだ?」 「別に何でもないよ」  ふてくされて帰ろうとした時、手嶋さんに声をかけられた。 「今日もファミレスですか?」 「うん、まぁね」  そんな簡単なやりとりがあった二日後、彼女がファミレスに突然現れた。 「手嶋さん、何かあったの?」 「暇だか

連載小説|恋するシカク 第10話『資格』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第10話 資格  数日後、脚本について相談がしたくて、昼休みに安西さんと美術室で落ち合った。 「脚本ができたんですか?」  約束の時間通りにやって来た安西さんが、先に来ていた僕に期待の眼差しをむけた。 「じつはまだ途中なんだけど、安西さんに確認したいことがあったんだ」  タブレットに書きかけの原稿を表示して安西さんに見せた。画面を覗き込むお互いの顔が近づいて、彼女の黒髪からふわりと良い香りがした。僕はすぐ近くに

連載小説|恋するシカク 第11話『カオス』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第11話 カオス  嫌なことを忘れたくて、その夜はシナリオの執筆に没頭した。気づけば窓から朝日が差し込んでいた。だけどその甲斐があって、映画の脚本はついに完成した。  物語の主人公は等身大の男子高校生。彼が所属する吹奏楽部の合宿中に殺人鬼が現れて、部員たちを血祭りにあげていく。中盤の展開では、殺人鬼の正体がヒロインの元彼であることが判明する。ちなみにこの殺人鬼のイメージは林原と決まっていた。でも彼は映画に出ないから寺

連載小説|恋するシカク 第12話『安西姉妹』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第12話 安西姉妹  昼休みがきて、僕は学校を抜け出し安西さんの家にむかっていた。過去に美術部のみんなと遊びに行って住所は知っていたけど、こんな風に授業をさぼったことはこれまで一度もなかった。  安西家は瀟洒な住宅街にある一軒家だ。僕は門の前まで来て、呼び鈴を鳴らすのをためらった。  彼女の返信を見た勢いで思わず来てしまったけど、冷静に考えればここまでするのはやり過ぎだと気がついた。最悪、不審者と思われる可能性だっ

連載小説|恋するシカク 第13話『怒り』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第13話 怒り 「先輩、私の部屋に行きませんか?」  安西さんがスッと立ち上がって僕の目を見た。 「あれ、ごめんね。邪魔だったよね?」  直子先輩に見送られ、安西さんに続いて二階に上がると、丸い文字で《なこ》と書かれたプレートの下がったドアが視界に入った。つまり僕は今、ずっと好きだった安西さんの部屋の前に立っていた。 「急に来ちゃって本当にごめん」 「だったら何で来たんですか?」  安西さんは依然として冷た

連載小説|恋するシカク 第14話『衝突』

作:元樹伸 第14話 衝突  学校に戻り、正門をくぐるとすでに放課後だった。その足で林原のクラスにむかったけど、奴は教室を出た後だった。  学内を探しても見つからず、電話で呼び出そうと考えた頃には少しずつ頭が冷えてきた。林原を殴って何になるのか。そんなことをしても安西さんに迷惑をかけるだけじゃないか。  何もする気が起きないまま、いつもの習慣で美術室に行くと手嶋さんがいた。彼女はキャンバスにむかって絵を描き続けていた。案の定、こちらには見向きもしてくれない。集中してい

連載小説|恋するシカク 第15話『転機』

作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第15話 転機  翌日、美術室に行くと手嶋さんと安西さんがいた。二人は隣同士で並んで座り、同じヘルメス像を描いていた。安西さんの絵はいつも通り繊細で、手嶋さんの絵は不器用だけど力強かった。 「その顔、どうしたんですか?」  安西さんが口元の絆創膏を見て驚いた。昨日、手嶋さんが貼ってくれたものだ。 「ヘンなのに絡まれちゃってさ」  本当はヘンな自分が林原に絡んだからだけど、事情を知る手嶋さんが口をはさむ様子はなか