持続可能なDAOのガバナンスシステムを考察する

はじめに


最近、あるプロジェクトのDAOが2つに分かれました。具体的な内容は差し控えますが、異なる意見の落とし所が見つからず、コミュニティがフォーク(分岐)したという経緯です。コミュニティが分岐することはこれまでもBitcoinやEthereumでも起こってきたことですので、もちろんそれが必ずしもプロジェクトの失敗ではないのですが、今回そのDAOのガバナンスはなぜうまく機能しなかったのでしょうか?また、うまくいっているDAOはどのようなガバナンスの仕組みを作っているのでしょうか?

この疑問を探るために、いくつかDAOに関する記事を読んでいる中で出会ったのが、『Dodging The Tyranny of Structurelessness in DAOs』です。この記事の執筆者であるRika Goldbergは、Consensysのプロダクトマネージャーの経歴を持ち、現在Arbitrum、Uniswap、DYDXのDAOに所属しています。言うなれば、彼女はDAOの専門家です。

今回紹介する記事をはじめ、彼女のいくつかの記事は僕にDAOについて深く考えるきっかけを与えてくれました。多くの人がDAOについて考察できるきっかけになればと思い僕なりの解釈や感想も交えながら書いてみようと思います。

1,無構造DAOの専制政治を回避する


執筆者のRikaは、まずDAOの考察を始めるにあたり、政治学者のJo Freemanの『The Tyranny of Structurelessness(無構造の専制政治)』を紹介してくれています。この書籍は女性解放運動に関するものですが、DAOにも当てはまる教訓が書いてあるとRikaは言います。そこに書かれていることを簡単にまとめてみましょう。

・どのようなグループにも構造が存在する
・その構造は「公式の構造」と「非公式の構造」に分けられる
・「公式の構造」は組織の意思決定により定められた構造で、「非公式の構造」は自然発生的に作られた隠れた構造のこと
・「非公式の構造」は大きなグループの同意なしに、その大きなグループの一部である少数の人々が持つ権力によって作られる
・多くの場合、人々は他者が正しいかどうかではなく好きかどうかで言うことを聞く


このような「非公式の構造」は公式の構造を持たない組織に生まれやすい傾向があります。一般的なDAOは、参加者の誰もが自由に発言ができる言論空間を是とする傾向がありますが、実はその裏で密かに非公式の構造が作られ、それがDAOの崩壊を招く要因なのではないかとRikaは分析します。

出典: Chegg, Business Operations Management


DAOが持続可能であるために、必ずしも個人が自律的になんでもやる必要はないのかもしれません。むしろコミュニティの多様性を活かすために、厳密なガバナンス構造を持つことは重要である可能性があります。つまり、持続可能なDAOの多くは、緩やかに中央集権化されていると言えるでしょう。重視されるべきは主義や理想よりも実利なのかもしれません。

2,持続可能なDAOの柱


この記事では、持続可能なDAOの成功モデルとして、Optimism、Uniswap、Arbitrumの3つの主要なDAOを参考にしています。

Optimism、Uniswap、Arbetrumの事例から、持続可能なDAOを構築するための重要な要素として、(1)公式の構造、(2)戦略、(3)実力主義と多様性の3つのコアとなる柱が挙げられています。これらを一つ一つ解説していきます。

DAOの柱

出典: Dodging The Tyranny of Structurelessness in DAOs


なお、これらの3つの柱は絶対的な真実や不変のルールというわけではなく、あくまでOptimism、Uniswap、Arbetrumに見られる特徴を抽出し、共通の要素として紹介しているだけです。将来的にDAOのガバナンスが進化・発展する過程で、これらの柱は再評価や変更の可能性があるフレームワークだということは認識しなければならないでしょう。

3,公式の構造


DAOには、多様な立場や利害関係を持つ人々が参加しています。その集団の多様性をコントロールするために、ある程度の中央集権的な組織構造が必要不可欠ではないかというのが、Rikaの主張です。この意見は、一般的には多くの人が持っている理想的なDAOの認識とは真逆であるため、違和感を覚えるかもしれません。しかし、「DAO="分散型"自立組織」だからと言って、どのような集中化も排除しようとするスタンスは誤った信念だとRikaは述べています。特にプロジェクトの初期は、中心となる財団やコアチームの役割は非常に重要です。

明確なルールとプロセスを整理して「公式の構造」を作成することは、初期コアチームの大切な仕事になります。もし「公式の構造」が欠如すると、「非公式な構造」の出現につながる可能性があり、気付けば誰だかわからない人が小さな非公式グループのリーダーになっています。小さな非公式グループが乱立するとディスカッションフォーラムで意見の違う者同士が対立したり、プロジェクトに無関係な会話が中心になり、DAOの崩壊につながる可能性が高くなります。このようなDAOの特性を踏まえて、Rikaは「Optimismは存在するDAOの中でもっとも構造化されたガバナンスシステムを持っている」と語ります。

OptimismのDAOにおいて重要な役割を果たしているOptimism財団は、そのガバナンスにおいて強い権限と影響力を持っています。「Optimism’s Constitution
(オプティミズムの憲法)」には、「財団の理事会は、トレジャリー資産を割り当てたり、憲法を改正したり、プロジェクトやDAOの健全な発展のための"特別な行動"をとることができます。」と規定されています。

注:「Optimism」とは、イーサリアムのレイヤー2ブロックチェーンを指します。「Optimism Labs」は、Optimismプロトコルを構築する役割を担い開発事業を行う営利事業体です。「Optimism財団」は、Optimism Collectiveの成長のために活動する非営利団体です。

3-1.Optimismの二院制ガバナンス


ここからは、Rikaの記事の内容を参考に、Optimism DAOのガバナンスシステムについて解説します。その特徴は、二院制のガバナンスシステムです。


2022年4月に作られたこのガバナンスシステムは、米国の二院制議会からヒントを得ています。OptimismのDAOは、「Token House」と「Citizens House」の2つのグループから構成されています。

二院制構造は、Optimismプロトコルを使用していたコミュニティメンバーへのエアドロップとして付与された最初のOPトークン発行後に発案されました。OPトークンは、保有者が提案に投票をしたり、最近では投票権を個人または別の誰かに委任することを可能にするガバナンス権の役割を持ちます。Token Houseのガバナンス範囲は、プロトコルのアップグレード、トークンインセンティブ、トレジャリーの管理です。Citizens Houseは、Optimismエコシステムの発展のために貢献してくれたアプリケーション開発チームに対して、支払われる助成金プログラムの資金を管理しています。Citizens Houseは、Optimismプロトコルから生まれた収益(取引手数料など)によって運用されています。ガバナンス権限がOPトークンの数量に結びついているToken Houseとは異なり、Citizens Houseのガバナンス権限はOPトークンの数量は関係ありません。これはOPトークンを多く保有する一部の富裕層がガバナンスを支配することを避ける為です。その代わりに、SBT(譲渡不可能なNFT)により権限が付与されます。

前述の通り、DAOにおける戦略的目標は、現時点ではOptimism財団が大きな権限と影響力を持っています。シーズン4の大部分も財団によって設定されましたが、将来的にはコミュニティの意見が徐々に取り入れられ、最終的には財団とコミュニティ共同でOptimismの方向性を決めていくようになる予定です。各ミッションの予算についても、現時点では財団が予算を提案し、Token Houseはその予算を承認するための投票を行います。こちらも時間の経過と共に予算編成もコミュニティ主導となる予定です。

出典: Introducing the Optimism Collective

3-2.ワーキンググループを機能させる


OptimismのDAOには、「アライアンス」と言われるワーキンググループがあります。ほとんどのDAOは、このようなワーキンググループをうまく活用できていないとOptimismは指摘しています。では、Optimismがワーキンググループを機能させるためにどのような方法で動かしているか見てみましょう。

Optimismは、ワーキンググループに不可欠な要素として、(1)戦略、(2)説明責任(3)評価を上げています。重要なことは、ワーキンググループに具体的な目標や期限を共有することです。そして、コア戦略に注力させ、それほど重要でないポイントに過剰に人材や資金を投入することは避けなければいけません。

Optimismのミッションは1つのシーズンで達成される範囲が明確に決められています。これらのミッションは、戦略的なゴールを追求するアライアンスによって実行され、その目標の予算が完全に使い切られるまで続けられます。

4,戦略


次に、持続可能なDAOの重要な柱の一つである「戦略」にフォーカスして考えてみましょう。UCLAアンダーソン経営大学院の教授であるリチャード・ルメルトによると、良い戦略には、(1)現状の把握、(2)明確なゴールとその方向性を定める、(3)具体的な行動目標の設定という3つの不可欠な要素があります。反対に、悪い戦略は場当たり的で、どのように実行されるか決まっていないことが多いそうです。

4-1.プロトコルファーストのDAO戦略


すべてのDAOは、Polygon LabsでDAOの構築をマネジメントしている0xJusticeさんの「プロトコルファーストのDAO戦略」の考え方を参考にできるのではないかとRika氏は語ります。これは具体的なプロダクトがあるプロトコルDAOでも、交流を目的にしたソーシャルDAOでも同様です。重要なことは、そこにどんなユーザーがいて、そのユーザーが何を求めているのかを理解することから始まると書かれています。

例えばDEX(分散型取引所)であれば、ユーザーは自分が持ってる資産を別の資産に安全に交換したいというシンプルなニーズがあります。そのため、ユーザーを集める前にまず流動性こそが最重要課題です。そのため流動性プロバイダーを呼び寄せて、安定した取引が実現できないとそもそもプロトコルとして成立しません。それが成立した上で、ちゃんと安全に取引できることがわかれば、ユーザー獲得にリソースをかけなくとも、そこに真にニーズがあればユーザーは自然と集まります。そのため、DEXにとっては流動性を高めることこそがKPI(重要業績評価指標)であるべきであり、そのためにUniswapでは、手数料収入の100%を流動性プロバイダーに向けています。ほとんどのDeFiプロトコルの収益モデルは、各トランザクションから手数料を取ることでビジネスとして成立していますが、Uniswapではあえてそれをしていないのです。ちなみに、どのように運営資金を確保しているかというと、投資家から獲得した資金で運営を回しています。

一方で、ソーシャルDAOの場合はそれほど単純ではありません。ソーシャルDAOの場合は、ユーザーの目的はビジネスパートナーを探すためなのか、友達を探すためなのか、多岐に渡りますので、全体のコアなニーズを把握しにくいという難しさがあります。また、コアチームは、積極的にユーザー同士の交流を促し、継続的に共通の話題を提供しなければなりまけん。例えば、イベント、コンテンツ作成、教育、共同プロジェクトなど、多くの活動を行っていく必要があります。したがって、明確なゴールと方向性が欠如しやすいという難しさがあります。

4-2. Uniswapのビジネスソースライセンス


プロトコルファースト戦略の他に、Uniswapが実践してるユニークな戦略を紹介します。Uniswapの「ビジネスソースライセンス」です。
Uniswapがv3をリリースしたとき、Uniswap Labsはv3ソースコードの使用を2年間制限するためにビジネスソースライセンス(BSL)1.1を導入しました。そして、$UNIトークンが開始されたとき、ビジネスソースライセンスの管理権限はDAOに移管されました。
そして、2023年6月にUniswapはv4をリリースしましたが、彼らはビジネスソースライセンスを使用して、v4ソースコードの使用を制限しています。今回は4年間、Uniswapのソースコードを使用することを制限してるのです。このUniswapの対応に対しては、「Web3のイデオロギーから反している」と否定的な意見も存在します。しかし、この批判では本質的な要点を見逃しています。批評家が批判しているように、ビジネスソースライセンスはUniswapのビジネス的優位性を保護するだけでの目的ではありません。Uniswapは、DeFiプロトコルの中でも大きな影響力を持つプロトコルです。もし、制限なく自由にソースコードを利用できたとしたら、多くのネットワークプロトコルでUniswapが展開されるでしょう。そこに万が一重要なバグが見つかった場合、その影響はWeb3エコシステム全体に及んでしまうかもしれません。影響が大きくなればなるほど、Uniswapの信頼もWeb3産業の信用も失墜します。

そのため、DAOの戦略では、分散化と中央集権化の二元論ではなく、重要な目的のためにその戦略を意図的にバランスよく設計する必要があるのです。

5,実力主義と多様性


そして、最後に紹介するDAOの柱は「実力主義と多様性」です。DAOが実力主義であることは言うまでもなく重要です。そのための競争を促すためにできることはどのようなことでしょう?また、構造化されたDAOにおいて、投票力の集中を防がなければなりません。多くの人がプロトコルについて考え、投票に参加することこそがDAOの意義です。(ソーシャルDAOもプロトコルとして考えることができます)

プロトコルファーストのDAO戦略を意図的にデザインしなければいけないように、実力主義と多様性の環境を作るためには意図的にデザインしなければいけません。

5-1. a16zトークン委任プログラム


アンドリーセン・ホロウィッツ(以下a16z)は、最も有名な暗号通貨のベンチャーキャピタルの1つです。Uniswap、Arbitrum、Optimism、Celo、最大のDeFiプロトコルの主要なステークホルダーであり、a16zには多くのトークンと投票権を有しています。しかし、特定の組織にDAOの権限が集中することをコミュニティは望んでいません。a16zはコミュニティの反発を最小限に抑えたいと考えて
トークン委任プログラムを実施しています。これによりa16zがそのトークンを維持しながら、投票権の一部を他者に委任することをしておりDAOの多様性を保てるように努めています。トークン委任プログラムのメンバーには、これらには、KivaやMercy Corpsなどの主要な非営利団体、Deutsche Telekomなどのグローバルビジネス、Gauntlet、Argent、Dharmaなどの暗号スタートアップ、Stanford Blockchain ClubやColumbiaのBlockchainなどの大学組織、Getty Hillなどの新進気鋭のコミュニティリーダーが含まれます。

そして、このトークン委任プログラムは、新しいDAOリーダーを育成するための素晴らしい方法でもあります。a16zはブログで次のように書いています。

「委任プログラムは、ガバナンスにおける初期のリーダーシップを発揮するコミュニティメンバーを高める方法を提供します。参加者はプロトコルを理解し、それを成長させたいアクティブなユーザーである傾向がありますが、そのための十分なトークンが不足しています。これまでに多くの例を見てきましたが、個人または小規模なチームがリーダーシップを発揮し、トークンの委任権を獲得することは、プロトコルのアップグレードを進めることに有意義です。」

5-2. Arbitrumのアンバサダープログラム


Arbitrum Foundationでは、「アンバサダープログラム」を実施していて、大学のブロックチェーンクラブの学生を対象にキャンパスでArbetrumアンバサダーとして活動する人の募集を行っています。

これはArbetrumのマーケティングとしての側面以外にも、Web3やブロックチェーンに興味のある大学生を事前に囲い込み、DAOの将来的なリーダーを育成する目的があります。アンバサダープログラムに受け入れられた学生は、地域のイベントを企画、コンテンツ開発、Arbitrum技術の学習のためのグループ「University Fleet」に入ることができます。

学生にとっても、間近でプロのトレーニングを受けられる機会となるため双方にとってメリットのあるプログラムとなっています。

まとめ


いかがだったでしょう?
Rika Goldbergの『Dodging The Tyranny of Structurelessness in DAOs』に沿って、Rikaの考える持続可能なDAOについての解説でした。

ここからは、僕の感想です。政治学者のJo Freemanの『The Tyranny of Structurelessness(無構造の専制政治)』からインスピレーションを得ているこの記事のコアなメッセージは「公式で意図的なガバナンス構造のないDAOは失敗する」ということです。これはDAOが持続可能であるために、組織化を前提にし、優秀な人材を確保・育成し、プロトコルを成長させるための最適戦略をトップの組織主導で実行せよという話だと解釈できます。

これは確かに納得させられる部分もある一方で、実にハイ・モダニズム的な考え方であり、Web3の持つ分散性やコモンズ的な思想とは相反していると言えます。もちろん集権性が悪いということではなく全てはバランスなのだろうと思うのですが、これが「持続可能なDAO」のあるべき姿なのだとしたら、やはりコミュニティの多様性や複雑性を活かすような分散的なガバナンスシステムを構築することは難しいのでしょうか。だとしたらDAOがDAOであることの本質的価値は何でしょう?

まだ僕自身の考えはまとまっていませんが、DAOはなかなか研究しがいのある面白いテーマだなと思った記事の紹介でした。また考えがアップデートされたらDAOについて書いてみようと思います。

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