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『グランツーリスモ』 と 『裏窓』

※作品の内容および結末など核心に触れる記述が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください。

ゲームにもカーレースにも興味がなく全く知識もないのですが、とにかくわかりやすい面白さとでも言いましょうか、とても面白かったです。
面白かったとしか言いようがない映画には、ただ面白かったとだけ言っておけばいいのでしょうが……でも、なぜ面白いのでしょう?
この手のわかりやすい面白さほど、その理由がわかりにくいものはありません。面白さはわかりやすいのですが、なぜ面白いのかはわかりにくい。
というわけで、少しこの面白さの訳を考えたいと思います。

『裏窓』との共通点

アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』という映画があります。これも単純に面白い映画なのですが、『グランツーリスモ』(ニール・ブロムカンプ)とは異なり、監督のヒッチコック自身を筆頭に様々な批評家によってその面白さの訳が語られています。
数多くの論考がありますが、そのほとんどで指摘されるのが、主人公が私たち観客の似姿になっているという点です。
脚を骨折して自室の車椅子から逃れられず、「裏窓」を通して集合住宅の住人たちの生活を覗き見ることしかできない主人公ジェフ(ジェームズ・スチュワート)は、そのまま、映画館の客席に縛られスクリーンを通して登場人物のドラマを見ることしかできない私たち観客というわけです。
一方、『グランツーリスモ』の主人公ヤン・マーデンボロー(アーチー・マデクウィ)も、自室のゲーミングチェアに身を沈めドライビングゲーム「グランツーリスモ」を通してレーサーになる夢を見ることしかできない人物として登場するのですから、『裏窓』のジェフ同様、私たち観客の似姿と言っていいでしょう。

私たちは『裏窓』のジェフや『グランツーリスモ』のヤンを見ながら、映画を観る私たち自身を参照し続けます。これが感情移入です。

『裏窓』のジェフは、「裏窓」を通して殺人事件を見たのだと考えますが、最初は恋人のリザ(グレース・ケリー)も看護師のステラ(セルマ・リッター)も相手にしません。
これは『グランツーリスモ』のヤンが、ドライビングゲーム「グランツーリスモ」を通して見るレーサーになる夢を、相手にしないヤンの家族や指導教官ジャック(デヴィッド・ハーバー)と同じです。

しかし、本当に殺人事件があったかもしれない/本当にレーサーになれるかもしれないと、登場人物たちは徐々に意見を変えていきます。
そうして殺人事件があったこと/レーサーになれることを協力しあって証明していくのですが、なぜその証明のプロセスが面白いのか。

なぜなら、それが「なぜ私たちが映画館へと足を運ぶのか」に答えてくれているからです。

「たかが映画じゃないか」

ジェフが「裏窓」を通して見たという殺人事件は、友人の刑事に妄想だと切り捨てられます。
「グランツーリスモ」を通してレーサーを夢見るヤンに、父親は現実を見ろと諭します。
私たちが「スクリーン」を通して見る映画もまた、作りごとであって現実ではありません。たかが映画なのですが、それでもそこに確かな何かを見ることができる——もちろん見せてくれない映画もあるでしょうが。だから映画館に足を運ぶのではないでしょうか。

共犯者の目配せ

最後まで車椅子から逃れられない『裏窓』のジェフや、映画が終わるまで客席から動くことのできない観客とは異なり、『グランツーリスモ』のヤンは、いつまでも自室のゲーミングチェアに留まるわけではなく、GTアカデミーを経て実際のサーキットで活躍します。
それでも私たち観客との紐帯が途切れないのは、ヤンが「グランツーリスモ」をプレイするかつての彼自身(=私たち観客)を参照し続けるからです(先行する『ALIVE HOON(アライブフーン)』に足りなかったのは、予算ではなく、「グランツーリスモ」をプレイする主人公自身への参照)。
そのハイライトがル・マン24時間レースで、ヤンは、このコースを知り尽くしている、(「グランツーリスモ」で)何千回と走ってきたのだから、とかつての主人公自身を参照します。
この参照はいわば、主人公から観客へと送られる共犯者めいた目配せでもあって、ゆえに参照されたライン取りをするヤンに私たち観客は「そうこなくっちゃ」と快哉を叫ぶというわけです。

脚本家の方がいらっしゃって「ヤンがレースで勝つ時にゲーマーならではの目線ってあるんだろうか?」と質問されたんですね。その時、僕が申し上げたのは、実際「グランツーリスモ」で何千周も走っていると、定石よりも速いラインがあるということが分かってくるんですね。特にル・マンなどは年に1回しか走らないコースなので。
ですが経験のある先輩ドライバーや、エンジニア、あるいはチーム監督が、このコーナーはここを通れとか、ここに行っちゃダメだとか、そういうことを結構言われるんですよ。でも長時間何度も練習してきたゲームプレイヤーだからこそ分かる要素ってあるんですよね。

山内一典氏インタビュー「GTアカデミーの成功は確信していた」
映画「グランツーリスモ」を語る

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