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『To Leslie トゥ・レスリー』 (マイケル・モリス)

※作品の内容および結末など核心に触れる記述が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください。

レビューサイトを閲覧すると、よくある話でありがちな展開だけれども、レスリー演じるアンドレア・ライズボローが圧巻だった、という意味合いの感想を多く目にした気がします。
確かにその通りなのですが、彼女の演技だけでは、よくある展開のよくある話を助けることはできず、ひいては彼女の演技にもこれほどまでの評価は集まらなかったでしょう。
よくある展開のよくある話を語る、その語り口が、独創的だったとまでは言いませんが、秀逸だったのだと思います。それが彼女の演技を引き立たせたというわけです。
では、その語り口のどこが秀逸だったのか、みていきたいと思います。

語り落とし

宝くじの高額当選を果たすも、全てを失ったレスリーの物語を、映画は当選時のニュース映像からはじめます。
しかしその後は、再びそのニュース映像が流されるだけで、一切他に回想シーンはありません。
代わりに当選の絶頂からどん底までの経緯は、登場人物を通して少しずつ語られていくのですが、そこで観客が思いを馳せるのは常に、語られた事実ではなくて、語り落とされた過去/現在までの来し方です。
登場人物によって語られた事実というのは、よくある話の域を越えるものではありませんし、私たちにも容易に想像できるもので、観客が「そうだったのか」となるような新事実がそこで明らかになるわけでもありません。にもかかわらず、訊く方(スウィーニー)がそれを躊躇ったり、語られたとしても、黙説法(レティサンス)のような語り口で……
目新しい事実がないのなら、なぜ彼らに語らせるか。
言外に溢れる語れないことと、今見せられている現在との懸隔に架橋することを観客に強いるためです。
つまり観客は、まだ語られていない過去を想像し、常に現在との距離を測らざるをえません。映画を見ながら、語られていない過去を常に参照し続けるというわけです。
シンプルに言うとミステリーで観客を牽引しているわけなのですが、これは諸刃の剣で、あっ!と驚くような真相を用意しなければ、肩透かしを食らったと思う観客にそっぽを向かれるのは必至です。なので映画は後半になるとレスリーの再生物語にシフトしていきます。

デウス・エクス・マキナ

モーテルの従業員、スウィーニー(マーク・マロン)が彼女に差し伸べる救いの手は、それこそ都合のいいものに思われます。観客がそう思うであろうことは、当然作り手側も承知していて、レスリーにその救いの手を振り払わせます。
こうすることで、彼女がアルコールの誘惑に勝つか負けるかのサスペンスに物語はシフトしていきます。そしてサスペンス(再生譚)である以上、最終的には、そのギリギリで思いとどまらなければいけません。
わかっていない作り手は、レスリーが酒に口をつけようとするその前に、彼女を必死に探していたスウィーニーを登場させ、思いとどまらせるでしょう。その場合、それはまさしく最後の瞬間の救出(ラスト・ミニッツ・レスキュー)であり、スウィーニーはさしずめデウス・エクス・マキナと言ったところでしょうか。

賢明にも本作の作り手はそうしませんでした。一方でスウィーニーには彼女を探させながら、バーで彼女をナンパしてきた男に、自らを肯定する言葉をかけさせることで、思いとどまらせるのです。
ではその赤の他人がデウス・エクス・マキナなのでしょうか。
違います。彼女を肯定しているのは、彼女自身だからです。
スウィーニー(他人)の助けがなければ、レスリーは立ち直れませんが、あくまでも立ち直るのは彼女自身なのです。
スウィーニーをデウス・エクス・マキナにするわけにはいきませんが、かといって彼女がたった一人で立ち直る(例えば、注文したお酒を目の前にしてただ飲まずに立ち去るだけ)というのも違うというわけです。
見事な解決策ではないでしょうか。
とはいえ、それがスウィーニーではなく赤の他人でいいのでしょうか。

抱きしめられる私を見る

アルコールの誘惑を断ち切りモーテルに戻ったレスリーは、廃屋からロイヤル(アンドレ・ロヨ)の奇行を目撃します。そこに帰ってきたスウィーニーが、そのロイヤルを抱きしめます。
レスリーがそこに見るのは、スウィーニーに抱きしめられる、奇行癖という問題を抱えたロイヤルではなく、スウィーニーに抱きしめられる、アルコール依存症という問題を抱える自分自身なのです。

『To Leslie トゥ・レスリー』は主人公の再生=成長を描いていますが、映画が成長を描くには、主人公が「かつての私」を客観視できないといけません。
レスリーは、スウィーニーに助けられる「かつての私」をそこに見ます。そのとき、彼女はもう「かつての彼女」とは異なっているのです。
それを私たちは、成長=再生と呼びます。





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