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第3話 運命の出会い

ゴク、ゴク、と喉を鳴らしながら三杯の水を飲み、勇紀はウィッグを取って大きく伸びをした。サイコメトリー能力を使うのは、かなりの集中力を必要とし、日にいくつもやっていると、さすがに身体に堪える。
おもちに聞いた話によると、ブルージュリアンが流行っているのにかこつけてか、池袋にも男の娘メイド喫茶が出来たのだそうだ。だが、いくらでも真似をすればいいと余裕を持っていられるくらいには、ブルージュリアンは独自の戦術をもっている。
まず、キャストの質が高いこと。「若い男性」が女装をして店に出ればいいというものでもない。ブルージュリアンのキャストはみな粒揃いで、タイプの偏りがないよう、管理が徹底されている。
そして、週に二度、アイドルのライブのようなショーがあること。オリジナルソングは、支配人が依頼したクリエイターの書き下ろしで、キャストはソロ曲の他に、誰かとユニットを組んで歌っている。店で発売しているCDは、各ユニットごとに差はあれど、それぞれ千枚に届くほどの売り上げで、ショー見たさに、女性客も多く訪れる。
さらに、勇紀の「ふとんちゃんの絶対に当たる占いコーナー」のおかげで、いまやブルージュリアンは、予約が取りにくい状態にまでなっている。勇紀、いや、ふとんはすぐにナンバーワンキャストとなり、時給も二百円上がった。
「やっぱりお腹すいたな……」
勇紀は腹をさすり、食べて眠くなっては、あと三時間近く残った仕事に差し支えると、迷い始める。するとそこへ、別のキャストが出勤してきて、勇紀に手をあげて挨拶する。
「ふとんちゃん、おはよう」
「おはよ~! あれ? 今日、ぴろちゃん、入ってたっけ。でも、来てくれて助かるわ~。儲かるからって、店長が考えもなしに占いの予約、バンバン取ってさぁ」
「すごいらしいね。俺たちが詳しく知らされるはずもないけど、ふとんちゃんの占いコーナーがバズってから、売り上げが倍以上になったとか。ていうか、マジでなんでなの? 必ず当たるってなんで?」
「……あ~、まぁ、なんか小さい頃からやってて、それで? みたいな。でも、タロットは出来ないし、占星術とかもよくわかんねえよ。すべて直感。ぴろちゃんも、見てほしい時はいつでも言ってよ。もちろん無料です」
「えぇ~……、いいよ。だって何が出るかこわいじゃん」
ぴろは両手を胸の前で振ると、頬をひきつらせ、遠慮がちに首を振る。親戚の大人たちからは、忌々しげな視線を送られたと思い出し、勇紀は話題を変えようと口を開く。
「ぴろちゃん、テスト勉強してる?」
「数学の? 中間終わったすぐあとから、毎週小テストやろうとかイカれてるよね、林って。教科書だけは毎日眺めるようにはしてるけど……」
「やろう系か。『最強数学教師無双~中間テストが終わったからって気ィ抜いてるサルどもに作る問題ほど楽しいものはない~』二日後、公開開始」
「なんて、ふざけてる場合じゃないって! 小テストでも平均点いかなかったら、追試あるらしいし!」
「ならばおれらはざまぁ系でいこう。『男の娘メイドは冴えわたる~男子高生の学力をナメたお前が悪い、授業中、山田の胸をチラチラと見てることは誰もが知っている~』」
ぴろがぷっと噴き出すと、勇紀は自分で言っておきながら、ゲラゲラと笑ってみせた。店内まで聞こえてしまっては大変だとそれを飲み込み、今度はふと世間話を切り出す。
「そういえばさ、あのお客さん、もう来なくなってから二週間近く経たない?」
「……う、ん。さすがに心配だよ。どうしたのかな」
「あの人に限って、別の推しが出来たとは思えないんだよね。一生の嫁だって、嬉しそうに話してたらしいし、たとえ仕事が忙しくても、寝る暇もなくても、絶対通い続けるはず。思い込みが強くて一途なタイプは、何するかわからなくて怖い」
「やめてよ、ふとんちゃん! じゃあ実際、何してるのさ!」
勇紀がぴろに問いかけたのは、馴染みの客のことだ。初めて来店した時に、ぴろの丁寧でやさしい接客を受けてからというもの、ぴろに入れ込んで、毎日のように店に訪れるようになっていた。近頃のブルージュリアン、特にショーのある日は、抽選予約制で、もちろんその客も、当選した日でなければ店に入ることは出来ない。だから、以前同様に「毎日のように」見かけることはなくなったものの、あまりにぱたりと途絶えたそれを、ぴろ本人も気にしているようだ。
「ぴろさん、お早いご出勤ですわね。本日も例のお品、届いてますわよ」
声の主よりも先に、ぴろの目の前に花束が差し出された。ぴろは、ピンクの薔薇に顔をうずめ、その香りを胸いっぱいに吸い込んでから、美しくデコレーションされた花束を受け取ると、パン子に困ったような笑顔を見せる。
「パン子ちゃん、おはよう~。ありがとう……毎日毎日、これだけは、ね……」
「あら? ぴろさん、トシさんが来店されないことを心配されてたじゃないですか。毎日これが届くということは、トシさんがぴろさんにアピールし続けている証拠ですわ。今は何かの理由で行かれないけれど、待っててねという意思表示。わたくしにはここまで熱心なお客さまはいませんから、素直に羨ましいですのに」
「パン子ちゃん、裏でもそのキャラを貫き通してるって、そのプロ根性がもっと報われてくれるといいのにね……」
「失礼ですわね、ふとんさん。わたくしにだって固定のお客さまはいらっしゃいますし、これはもう職業病みたいなものですわ。それに、わたくしのようにキャラクター性の高いキャストは、こうでもしなければ、なかなか身につきません。入りたての頃は苦労しましたわ。ええ、わたくしは天職を見つけてしまったのでしょう」
ゆるい縦巻きロールの栗色の髪、吸い込まれそうな青い瞳、ほっそりとした身体には、Sサイズの制服でもまだ大きいくらいだ。どこか滑稽さが否めないパン子のお嬢様言葉だが、キャストはみな、ブルージュリアンオープン当時から働いているパン子を慕い、ここでの仕事を教わる。それはいわば、通過儀礼だった。
「そう、だよね。部屋がお花だらけで、数日すると枯れていくし、ちょっと困ったりもしてるんだけど、息抜き出来るのはありがたいかな。気持ちは頂いて、また来てくれた時に手厚いサービス。パン子ちゃん、ありがとう」
「礼には及びませんわ。ご帰宅後、お花を美しく生けてくださいませね。六時からは、わたくし、だんごさん、もうふさん、おもちさん、ぴろさん、ふとんさんの六人体制になりますけれど、ふとんさんは例によって占いコーナーが終わらないことには、ホールには出られませんので、実質五人で最低一時間は回すことになりそうですわね。夕方からはフードメニューを注文されるお客様がほとんどですし、気を抜かずにいきますわよ」
「ごめんねぇ。今日こそ上がる時に店長に言っとくから。一日五件を上限にしてくれって。カフェとしての営業が疎かになるなんて、本末転倒じゃんね」
「ふとんさんが謝るべきところではございませんわ。でも、負担は負担と伝えて改善してもらうのは、正しい選択。わたくしも、もっとふとんさんと一緒にご主人様をおもてなししたいですし」
「パン子ちゃん……」
さすが古株だけあって、パン子は支配人の丸山に意見出来る立場にあり、実際に制服のデザインを一新させたという実績がある。一年前、まだ勇紀が入る前は、メイド服のスカート丈が短かったのだが、それを膝下あたりまで長くしてほしいと言いだしたのが、他でもないパン子だ。
丸山ははじめ、「男はみんなミニスカートが好きに決まってる」と反対したが、パン子の「女性客という概念がないなど、他店に後れを取っているにもほどがありますわ」に一蹴され、最終的には渋々という形で納得した。だが、デザインが変わった制服についてのアンケートを公式サイトで募集すると、「清潔感があって余計にかわいい」「男の娘にはこれくらいがいい」などなど、八割以上が「前よりもいい」という意見だったのだ。以降、丸山はパン子に頭が上がらず、真のトップはパン子との見方もある。

残り三時間あまり、占いは八件、そのあとはホールに立ち、接客をする。さすがに何か食べておかなければもたないと、勇紀は決めたようだ。賄いを作ってもらうため、厨房へと向かうその途中で、店頭がざわついていることに気づく。
「お店が騒がしいですわね。クレーマーかしら?」
パン子の声が先に追いかけてくる。勇紀は、そのただごとではない予感に、パン子、ぴろと共に店を覗いた。すると、スーツ姿の男性が二人、真っすぐにこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「ぴろさん、ですね」
見た目はかなりいいが、神経質そうな男が、勇紀の後ろに立つぴろを覗き込んで言う。予約客でないのは明らかだ。
「はい。あの、失礼ですが……」
ぴろが言う前に、神経質そうな男と、その隣の嘘をつけなそうな男が、黒いスマホと見紛うそれを三人に提示した。
「警視庁西新宿署の飛鷹です」
「西島です」
「ぴろさんに、伺いたいことがあって来ました」
見開いたぴろの瞳に、飛鷹の警察手帳のバッジが反射する。店内に漂う甘い香りとは裏腹に、ぴろと刑事の間に、触れたら怪我をしそうな緊張感が走っていた。

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