祖母と樹木希林と究極の演技

何年か前の夏、リビングでパンツ一丁でドラクエ11をやっていると、ガラガラッと後ろで襖の開く音がした。認知症の祖母が、来る。

「どうしたおばあちゃん、喉でも乾いただか?」
僕はテレビの画面に集中している。モンスターを倒すのに忙しい。
「………」
反応がない。
「どう、コップに水を入れてやるよ」
祖母の方に目をやると、祖母がプルプル震えていた。
「ど、どうしただ?」
「…きれいだねぇ」
「は?」
「…きれいな身体だねぇ」

ズコッ!笑った。ババァ、なんで孫の身体に見惚れてやがんだ。拍子抜けもいいとこだ。

話は変わって、映画「万引き家族」の劇中に忘れられないシーンがある。家族全員で海へ出かけ、砂浜で初江(樹木希林)が信代(安藤サクラ)の顔をふと見て、こんなセリフを言うのだ。
「お姉さん、よく見るときれいだね。顔」
初めてこのシーンを見た時、鳥肌が立った。(これ、演技じゃない。)という確信があった。

↑こちらのインタビューで樹木希林は以下のように話している。

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「自分はもうすぐ死ぬだろうし、未来なんて何もないけれど、浜辺でとうもろこしを食べている安藤さんの、若い細胞が生きているのを見ているうちに、“お姉さん、よく見るときれいだね、顔が”ってことばが、ふーっと出てきたのね」
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海辺のシーンは続く。初江は波打ち際で戯れるかりそめの家族を優しく見つめ微笑む。そして、声を出さずに(ありがとうございました)と口を動かす。劇中でそれからすぐに初江は亡くなった。撮影の際、すでに癌が全身に転移していた樹木希林も万引き家族が公開されて3か月後に亡くなった。

「お姉さん、よく見るときれいだね。顔」

死を悟っていた初江と樹木希林。ふたりの境界線が重なって消える。演技の到達点。極限値0。

「…きれいな身体だねぇ」

祖母の間抜けなあの一言が教えてくれた。『究極の演技』とは『演じないこと』だったのだ。

僕はおそらくこれから「万引き家族」の海辺のシーンを見る度に祖母のことを思い出すだろう。おばあちゃんは今日亡くなった。

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