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既晴(きせい)さんインタビュー

 台湾で活躍されている既晴先生にお話を伺いました。既晴先生は1975年台湾・高雄市生まれで、1995年に短編「考前計劃」でデビューされ、2002年には長編『請把門鎖好』で第四回皇冠大衆小説賞大賞を受賞されています。本インタビューは2021年6月6日に行われ、ご自身とミステリーの出会いから台湾ミステリーの現状、北海道とのつながりなどを語っていただきました。(諸岡卓真)

◆プロフィール

一九七五年、台湾・高雄市生まれ。一九九五年、短編「考前計劃」でデビュー。二〇〇二年、長編『請把門鎖好』が第四回皇冠大衆小説賞大賞受賞。著書多数。小説のほか、解説やコラム、翻訳なども多く手がけている。二〇二〇年、自身の十作目となる探偵・張鈞見シリーズの短編集『城境之雨』を発表、その中の一編『沉默之槍』が台湾でテレビドラマ化された。


――まずはご挨拶をお願いします。
既晴 2021年6月4日午後2時40分、COVID-19のワクチンが日本から台湾に届きました。日本のコロナ禍も厳しい状況で、台湾に手を差し伸べてくれた日本の方たちにとても感謝いたします。ありがとうございます。

――現在までのご経歴をお話しください。
既晴 1995年、大学2年生のときに、短編「考前計劃」が雑誌『推理雑誌』に掲載されてデビューしました。内容は社会派の色が濃い倒叙ミステリーです。
2002年に長編ホラー小説『請把門鎖好』(和訳:ドアをしっかりロックしてください)が皇冠文化グループの主催の第4回皇冠大衆小説賞の大賞を受賞し、同年には台湾推理クラブ(2008年台湾推理作家協会に改名)を発起人となって設立しました。2003年から私立探偵・張のシリーズを開始しています。第1作『別進地下道』(和訳:地下通路に入るな)はスリラー小説、第2作『網路凶鄰』(和訳:インターネットの凶悪な隣人)以降から、だんだん本格派ミステリーに向かっています。2020年に発表した短編集『城境之雨』(和訳:都会境内の雨)はハードボイルドで、その中の一編の「サイレント・ガン」はPTSという公共テレビでドラマ化され、私もプロデューサーとして参加しました。
一方で、欧米、戦前の日本、台湾の作品をはじめ、島田荘司や江戸川乱歩、アルセーヌ・ルパンについてのミステリー評論もたくさん書いています。

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――日本ミステリーに出会った経緯を教えていただけますか。
既晴 中学2年生から、日本から台湾に帰った傅博(島崎博)先生が顧問を務める雑誌『推理雑誌』を読み始めました。誌面では日本のミステリーがたくさん紹介されていて、特に印象に残っている作家は、西村京太郎、森村誠一、江戸川乱歩賞の受賞作家などです。
高校卒業まで、「火曜サスペンス劇場」など、日本の二時間ドラマもよく観ていました。内田康夫原作の水谷豊が演じた『浅見光彦ミステリー』シリーズ、姉小路祐原作で小林桂樹が主人公の『弁護士 朝日岳之助』シリーズが好きでした。
大学に入学してからは、学内の図書館にあったミステリー作品をたくさん読みました。また、インターネットを通じて海外ミステリーの知識も増えていきました。日本では新本格派が盛り上がっていた時期でしたね。

――印象に残っている海外ミステリー作品は何でしたか。
既晴 日本ミステリーでは、横溝正史『悪魔の手毬唄』、高木彬光『刺青殺人事件』、松本清張『ゼロの焦点』、島田荘司『占星術殺人事件』、綾辻行人『時計館の殺人』、宮部みゆき『火車』、加納朋子『ななつのこ』などが印象に残っています。欧米ミステリーでは、アガサ・クリスティー、ヴァン・ダインの作品です。
台湾では、英語やフランス語のミステリーは、直接翻訳されずに、一度日本語に翻訳されたものを中国語にしてから出版されているものがほとんどだったので、数が少なかったです。それなら日本語で作品を読もうと思って、大学の外国語は日本語を選択して、読み始めました。作家では二階堂黎人、我孫子武丸、シリーズものでは鈴木光司の『リング』、欧米ではイギリスの作家の作品を特に読み、F・W・クロフツやアントニー・バークリーも好きでした。日本人が書いた巻末の解説から、ミステリーの歴史を学びました。自分でも解説を書き始めたのは大学院の頃です。

押絵

『押絵と旅する男』(立東舎)の、台湾版。翻訳を手がけ、巻末の解説も執筆している。

――日本人ミステリー関係者との交流を教えてください。
既晴 皇冠大衆小説賞を受賞したおかげで、綾辻行人先生、有栖川有栖先生、島田荘司先生、柄刀一先生、三津田信三先生と、台湾にいらした際に知り合う機会を設けていただけました。芦辺拓先生の案内役として、島崎先生と合流して3人で故宮博物院を観光したこともあります。また、私が日本に行った際には、島田荘司先生に横浜を案内して頂いて、遅くまで港周辺を散策したことは大切な思い出です。それから、島崎先生のご紹介で権田萬治先生を訪ねて、ミステリー文学資料館を参観させてもらったり、戸川安宣先生とは、日本ミステリー文学大賞の授賞式にご一緒させていただきました。その時の大賞の受賞者が内田康夫先生で、学生時代に憧れだった存在の方にお会いできて、とても嬉しかったことを覚えています。

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――北海道ミステリークロスマッチに入られたきっかけがとても気になります。
既晴 実は私の妻子が札幌に住んでいて、台湾と札幌を行き来しています。柄刀先生と妻がたまたま同じ高校の出身ということもあって、親しくさせていただいている中で、諸岡卓真さん、大森滋樹さんとも札幌で出会いました。皆さんからミステリーについてたくさん教えてもらっていたところ、一昨年、柄刀先生から「北海道ミステリークロスマッチに参加しませんか」というメールをいただきました。皆さんともっと深く交流したい、北海道のミステリーを知りたいと思って快諾しました。

――台湾ミステリーの歴史を教えてください。
既晴 二十世紀初頭に台湾でミステリーが刊行されまして、その頃は作家はほとんど日本語で書いていました。その後、国民党が政権を握り、戒厳令という厳しい規制を発令し、日本語が排除されて、台湾からミステリーがなくなってしまいました。
1980年代くらいから、だんだん規制が緩くなり、徐々に出版や創作活動が始まって『推理雑誌』が刊行されました。ようやく、現代の台湾のミステリーが誕生したのです。
1990年代からは、エラリー・クイーンのような本格派と松本清張の社会派などをミックスさせ、リアリティを重視した「リアリティ派」というミステリー小説が盛んに書かれました。
2000年頃になると、私のような当時の若者はリアリティを捨て、江戸川乱歩、横溝正史、島田荘司、綾辻行人などの作家たちの作品を手本として、「ロマン派」というミステリー作品を書くようになりました。本格派のコンセプトは、リアリティとロマンの2つがあり、両方とも書き試していた時期でした。
2010年から、一番注目すべき島田荘司推理小説賞が始まりました。「21世紀新本格」というテーマでしたが、「新しい本格」と「古典本格ミステリー」の区別が分からないまま、作家たちは書いていました。いろいろな実験作があって、第1回受賞作の寵物先生(ミスター・ペッツ)『虚擬街頭漂流記』は特に面白かったです。


――現在、注目されている台湾ミステリー作家はどなたでしょうか。
既晴 1人目が提子墨(ティー・ズー・モー)さんです。台湾ミステリーでは見たことがない、宇宙を舞台にした不可能犯罪の作品『熱層之密室』を書かれ、第4回島田賞の最終選考作になりました。同シリーズの続編『水眼』では、湖底の怪物観測所を舞台にした連続殺人事件が起こる本格ミステリーです。現在はカナダにお住まいで、カナダ犯罪作家協会、イギリス犯罪作家協会のメンバーであります。欧米からの情報を台湾に届ける、とても大切な役割をされていらっしゃいます。
2人目が、八千子(バー・チェン・ズー)さんです。台湾の喪葬民俗学をテーマにしたライトノベル・ミステリーを書いています。台湾には喪葬の習慣があって、土葬した数年後に骨を掘り起こしてツボに納めて2回目の埋葬を行う「儉骨(収骨)」という儀式があります。その儀式を、犯罪事件や謎の中に溶け込ませた、台湾で唯一無二の方です。シリーズの長編『地火明疑』をはじめ、非常に巧妙に書かれていて、土葬した数年後に真相が大解明されるところが面白いです。過去にイギリスに留学し、鑑識科学を専攻されていて、ご自身も大好きな「台湾の西尾維新」といえる作家です。
3人目が、楓雨(フォンユ)さんです。台湾は植民地であったり、政権が危うかったり、脅かされたりしてきたので、一般人の選挙や政治に対する情熱は特殊な社会現象にもなっています。最新作の長編『神がいない国』は台湾の政治をテーマにして、ひまわり学生運動に代表されるような、社会運動に関わっていく過程で生まれる複雑な人間関係や変化を謎として描いています。

――これからのご予定について、お話をお願いします。
既晴 目標は、台湾におけるいろいろな犯罪事件を整理した『台湾現代犯罪事典』を作ることです。欧米や日本には創作者の役に立つ事典がありますが、台湾にはないのですよ。これまで私は、社会派、本格派、ハードボイルド、スリラー、ホラーなど、1冊ずついろいろなパターンを試して書いてきましたが、すべて台湾の犯罪事件を主体にしています。ですが、生まれる前の記憶はありませんし、昔の事件に関する本もないので、自分で探さないと分からない犯罪がたくさんありました。台湾にしかない特別な犯罪は何だろうと、作家たちはみな追求しています。ほかの国のミステリーとの違いを生み出すためにも、事典を完成させたいです。
もう1つあります。『推理雑誌』が終刊してしまったので、今、台湾にはミステリーに関する雑誌が一切ありません。だから、今年は、作家たちや評論家たちと一緒に新しいミステリー雑誌を作りたいです。私はエンジニアの仕事もしているので、月刊ではなく年刊になりますが、『推理雑誌』の精神を受けて、新しい創作者、評論家の育成をしたいです。良いアイデアや考え方が文章になって、交流もしていけるという雑誌を目指しています。

――北海道ミステリークロスマッチに参加されたご感想をお願いします。
既晴 私の作品は中国語なので、翻訳の時間上、新しい作品は書けませんでした。皆さんといい交流ができると思った短編「疫魔ノ火」を妻に頼んで翻訳してもらいました。メンバーの皆さんの作品は、自由創作みたいで、実験作もたくさんあって、素晴らしかったです。非常に大切な経験になりました。これからもずっとずっと交流したいです。

インタビュアー/記事構成 :千澤のり子
コーディネーター     :諸岡卓真


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