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〈怪奇探偵〉シリーズ総解説

文・松本寛大(二〇一九年十月)

◆ 〈怪奇探偵〉シリーズについて

「現代怪奇絵巻」(週刊少年チャンピオン、プリンセスGOLD)、「恐怖博士の研究室」(ミステリーボニータ)、「衆議院議員日本一」(ミステリーボニータ)、「名探偵ありがち五郎の事件簿」(プリンセス)。
 これらギャグ漫画で知られる根本尚が、〈怪奇探偵〉シリーズの執筆を開始したのは二〇〇九年一月のことだ。

 フィクションが混じっているかもしれないが、根本の日記漫画「札幌の六畳一間」には執筆時の経緯が描かれている。
 二〇〇八年の終わりころ、「現代怪奇絵巻」の連載が終了。「よしヒマになったんだ/同人誌活動を再開させよう!」として描いたのが〈怪奇探偵〉シリーズ第一作の「一つ目ピエロ」であったらしい。

 漫画の中のセリフではあるが、「うおおっ!/自己満足のために描いてるわけだが……」「なんか創作の原点を思いおこす感覚があるぞ!」という述懐は、嘘偽りのないもののはずだ。
 根本は少年時代に読んだ江戸川乱歩〈少年探偵団〉シリーズがミステリーの原体験だという。怪奇読み物や探偵小説の古書コレクターでもあり(日本で出版された児童向けオカルト本をほぼコンプリートしているそうだ)、デビュー当時からミステリコミックを描きたいという思いがあったとのこと。

 その根本が満を持して描いた本格ミステリーコミック〈怪奇探偵〉シリーズの特徴は、怪奇のテイストをふんだんに盛り込み、「怪人対名探偵」の構図を前面に出していることだ。

 本格ミステリには事件の説明やディスカッションが欠かせない。必然的にせりふのやりとりが長くなり、その結果、マンガならではの外連(けれん)味が相殺されてしまいがちだ。
「怪人」による犯罪に理知で対抗する名探偵という構図を作り上げた本シリーズは、外連味と本格ミステリの論理性を過不足無く両立させ、コミックの可能性を押し広げることに成功した稀有な作品といっていいだろう。

 シリーズ第一作「一つ目ピエロ」の冒頭はこうだ。「怪人一つ目ピエロ……/その噂は後に全国に広まったが」「発生源は「霜山県」での事件だった」

 江戸川乱歩「怪人二十面相」の、冒頭の一文を否応なしに思い出させる導入部である。――そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました――

 怪人!
 乱歩の「二十面相」は、怪人としか言いようがない存在だ。決して怪盗ではない。
 中井英夫はエッセイ「孤独すぎる怪人」において、乱歩自身の「少年のままに持ち越されたはにかみと、恥への鋭い嗅覚」の作品への投影を読み取り、こう記している。
「乱歩こそ実は、あまりにも孤独にすぎるため、次から次へと扮装を変えて少年たちの前に現れずにいられなかった、あの〝存在そのものの恥〟怪人二十面相そのひとだったのである」

 書籍の中だけに存在する世界へのノスタルジア。怪しく血なまぐさく、哀惜に満ちた白日夢と、それらが存在し得ない身も蓋もない現実への絶望がない交ぜになり……
 思えば、これらのすべてをひとことで象徴するものが「怪人」なのではないか。

〈怪奇探偵〉シリーズにおける怪人もまた、ただの犯罪者ではない。それはロマンにあふれた絵空事の存在だ。
 本格ミステリは本来的に絵空事の魅力を描くジャンルである。ジャンルの発展にともない多彩な作品が生まれたことで様変わりした部分も多いが、核の部分はおのおのの作品に現在も受け継がれている。
 〈怪奇探偵〉シリーズはその中でも非常にソリッドな作風だといえる。
 メインとなるトリック、どんでん返しなどはいうに及ばず、いかにサブトリックを組み合わせてメイントリックが引き立つよう作品を構築しているかといったテクニカルな部分にも注目だ。

 同人誌という体裁ながらシリーズが知名度を獲得するに至ったのは、『このミステリーがスゴい!! 2013年版』(宝島社)における芦辺拓、有栖川有栖の絶賛がひとつの契機だろう。
 現在、〈怪奇探偵〉シリーズは、その芦辺拓、有栖川有栖に加えて二階堂黎人というそうそうたるメンバーの推薦文が付され、株式会社文藝春秋より電子書籍版で入手が可能だ。
 アマゾンをはじめいくつかのサイトで手軽に購入が可能なので、ぜひ手に取ってみてほしい。

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◆ 作品紹介・『蛇人間』

『蛇人間』収録作品:
「一つ目ピエロ」「血吸い村」「踊る亡者」「蛇人間」

「一つ目ピエロ」
 発表 2009/5/5(同人誌)
 登場怪人:一つ目ピエロ
 霜山中学校実験部・写楽炎(しゃらく・ほむら)と、同空手部・山崎陽介(ニックネーム・空手くん)のふたりは、ある日の学校帰りに町で出没が噂されている怪人・「一つ目ピエロ」に出会う。やがて霜山中学校の教師がピエロに殺されるという事件が発生。さらには炎にもピエロの魔の手が迫る……
 学校に現れたピエロが炎の目の前で姿を消すという人間消失トリックが中心に据えられている本作だが、実はトリックそのものよりも、理詰めの解決が読みどころだ。「ここはお前の通夜だ」と炎を脅すシーンをはじめとした怪人の活躍にも胸躍るものがある。

「血吸い村」
 発表 2009/8/23(同人誌)
 登場怪人:吸血鬼
 吸血鬼伝説が息づく村。先祖は宣教師だったという牙沢家に伝わる隠れキリシタンの財宝を狙う怪人・吸血鬼は、周到な計画を立て、財宝の鍵を持つ兄弟を殺害する。本作でも著者は猟奇的な怪人の活躍と絵的にインパクトのあるアリバイトリックを両立させている。

「踊る亡者」
 発表 2009/11/15(同人誌)
 登場怪人:エビス
 自殺の名所として名高い崖をのぞむ漁村の浜辺を訪れた写楽炎と空手くん。ページ数が短いこともあり謎・解決ともにシンプルなものだが、真相のおぞましさと結末の後味の悪さは読み応え有り。犯人の異形性を際立たせた構成は、シリーズが続くうち次第に強調されるようになっていく。

「蛇人間」
 発表:2011/2/13(同人誌)
 登場怪人:蛇人間
 大地主・才川家が郊外型ショッピングセンターの建設のため蛇神のほこらを取り壊そうとしていた矢先、交渉相手の不動産屋が惨殺されるという事件が起きる。才川家の人間にはアリバイがあり、犯行は不可能と見えた。
 才川家の先祖はかつて集落をおびやかす大蛇を倒した呪いのために、蛇人間になってしまったという。写楽炎と空手くんをあざ笑うかのように犯行を重ねる蛇人間の正体は?
 怪人の活躍が物語の駆動力となっている見事な構成と、斬新なトリックで読み応え抜群の一作。第一巻に収録されているが、執筆は二巻収録作「蠍の暗号」よりもあとだ。

◆ 作品紹介・『妖姫の国』

収録作品:
「妖姫の国」「クイズマスター」「蠍の暗号」「歪んだ顔」「骸絵」

「妖姫の国」
 発表 2010/5/4(同人誌)
 登場怪人:ハートの女王、トランプの兵士、時計ウサギ、アリス
 凝ったアリバイトリックに彩られた作品で、シリーズ中でも一、二を争う傑作だ。また、本編終了後に追補として犯人の過去が描かれるのも、物語に深みを与えている。ハートの女王は名犯人のひとりだろう。
 なお、本作で炎はハートの女王によって両手の骨にヒビが入るほどの怪我をしてしまう。空手くんは「GW(ゴールデンウィーク)の予定どうせ正拳突きしかなくてヒマだし」と、炎に食事を食べさせるという献身的態度を見せるが、作者はキャラクターの恋愛に興味がないらしく、ふたりの仲はその後もいっさい進展しない。

「クイズマスター」
 発表:2010/5/4(同人誌)
 登場怪人:クイズマスター
 写楽炎をさらった謎の怪人クイズマスターは、彼女に「死のクイズ」を出題する。三問正解すれば解放、三問不正解の場合は鎧が手にした槍が彼女を串刺しにするのだ。クイズのシーンが生み出すサスペンスが中心となる短編だが、随所に伏線が張られており、実は本格ミステリとしてしっかりとした骨格を持っている。

「蠍の暗号」
 発表:2010/8/29(同人誌)
 登場怪人:強盗団スコーピオン
 さそりの描かれた覆面姿で犯行を繰り返す強盗団スコーピオン。引退を考えたボスは強奪した六千万円の隠し場所を暗号に記し、解いたものに分け前を与えるとともに二代目ボスを襲名すると一味に告げた。
 だが部下が造反。拳銃で撃たれたスコーピオンのボスは、道ばたで出会った写楽炎に暗号を記した紙を手渡し、いずこかへ姿を消すのだった。暗号のヒントは読者の目の前にある。ぜひ謎ときに挑戦してみてほしい。

「歪んだ顔」
 発表:2011/10/30(同人誌)
 登場怪人:歪んだ顔
 被害者宅に忍び寄る復讐鬼という設定は定番のものだが、作者はこれをひとひねりもふたひねりもしている。結末部の無邪気に近い残酷さは特筆物で、ピカレスクとしても一級品だ。

「骸絵」
 発表:2012/9/2(同人誌)
 登場怪人:骸絵師
 墓場から少女の死体を盗み、朽ち果てていくさまを描いた画家がいた。
 写楽炎と空手くんは、その奇怪な絵を入手した男に声をかけられる。絵の盗難予告が届いたというのだ。果たして、額縁の中の腐乱した少女像はふたりの眼前で、いつの間にか白骨と化していた! 犯人はどのようにして絵のすり替えを成し遂げたのだろうか?
 マンガならではの伏線と〈怪奇探偵〉の面目躍如たるグロテスクな物語が光る一篇。

◆ 作品紹介・『蝋太郎』

収録作品:
「蝋太郎」「幽霊の刃」「死人塔」「冥婚鬼」「怪人X」

「蝋太郎」
 発表:2013/5/5(同人誌)
 登場怪人:蝋太郎
 写楽炎と空手くんは松茸狩りにおとずれた雑木林で、首に縄をかけてぶら下がっている蝋人形を発見する。
 その場にあらわれた復讐の魔神・蝋太郎! 怪人はこれから過去の事件の復讐のため、四人の男に恐怖を与えて殺すのだと宣言する!
「謎解きの手順」のフェアさが光る密室トリック、凝ったアリバイトリック、そして豊かでみずみずしい物語。本作は〈怪奇探偵〉シリーズ随一の傑作だ。
 本作品の犯人特定の伏線のひとつは、著者が少年チャンピオンで連載していた「現代怪奇絵巻」(あるあるネタの、一コマギャグマンガ)にもあったものだ。著者の独特の観察眼が見いだしたものは使い方ひとつでギャグにも、ミステリや怪奇にもなり得る。楳図かずおの例をひくまでもないだろうが、両者は近いところにある。

「幽霊の刃」
 発表:2014/6/29(同人誌)
 登場怪人:幽霊男
 建設会社社長の自宅に、突然、男の割られた頭部の箱詰めが送られてくる。怪人・幽霊男の仕業だ。猟奇的な事件を扱った短編だが、本格ミステリ的にもひとひねりしたトリックが用いられている点にも注目したい。

「死人塔」
 発表:2014/8/31(同人誌)
 登場怪人:怪盗スパイダー
 仮面専門の怪盗スパイダーがあらわれ、写楽炎の通う学校からアフリカの仮面を奪っていく。スパイダーがいかに逃げ場のない塔から姿を消したかというトリックが物語の中核を占めるのだが、スパイダーの正体をめぐるサブトリックにこそ創意工夫が見られる。
 根本尚の短編の特徴は、物語の骨格部分で絵的に(漫画的に)魅力のあるトリックを据えつつ、周囲にこまやかな(ことによるとメイントリックよりもオリジナリティの高い)伏線を張り巡らせていることだ。実に「みっちり詰まった」感があり、短編ながら読了後の満足感は高い。
 本作はソコンデソバンテの歌が心に残る一作。唐突に眼鏡っ娘女子高生(しかも新妻)が登場するぞ。

「冥婚鬼」
 発表:2015/6/28(同人誌)
 登場怪人:冥婚鬼
 江戸川乱歩が昭和六年に雑誌連載した「恐怖王」は、偽の霊柩車を用意して葬儀場から美女の死体を盗み出して婚礼衣装を着せ、「ゴリラを連想させるような、実にひどい醜男」と写真を撮るシーンから始まる。
 本作「冥婚鬼」にもゴリラ男(ただし、こちらはおそらくいい人)が登場するのは、この「恐怖王」リスペクトのためだ。
 怪人冥婚鬼は、写楽炎を誘拐。花嫁衣装を着せ、ゴリラ男の死体と並べ、婚礼写真を撮影する。
 乱歩の「恐怖王」は魅力的な発端のわりには休載を繰り返し、まとまりを欠いたまま結末を迎えるのだが、根本尚はこの「冥婚」のモチーフに着目して、しっかりと本格ミステリに昇華している。果たして犯人の目的とは……?
『病院坂の首縊りの家』にも似たようなシーンがあったが、「冥婚」とは未婚のまま死んだものの霊に花嫁、あるいは花婿をめとらせることだ(吉川弘文館「日本民俗辞典」より)。山形県の天童市若松寺には支社のための千枚を越えるムカサリ(婚礼のこと)絵馬が飾られていることで有名。

「怪人X」
 発表:2015/11/15(同人誌)
 登場怪人:怪人X
 警察に、「死体を奉納した」との犯行声明が届く。その日、神社では祭りがおこなわれていた。居合わせた写楽炎と空手くんは果たして死体を発見するのだが、事件は意外な方向へ……
 ネタバレになるため詳細は書けないのだが、事件の構図そのものに工夫が凝らされており、比較的短いページ数の作品ながら本格ミステリとしての完成度は非常に高い。シンプルな短編だからこそ著者のテクニックが光る。

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◆ 作品紹介・電子書籍未収録作品

「影法師」
 発表:2018/8/19(同人誌)
 登場怪人:影法師
 盲目の老人が強盗のターゲットにされ、命を落とす。それからしばらくして、町に怪人・影法師が出没し、人々を襲う。影法師の意図とは。なんのために人々を襲うのか……? 写楽炎の推理は、襲われた人々の共通点を見つけ出す。ツイストのきいた短編だ。

「羽衣の鬼女」
 発表:2019/9/8(同人誌)
 登場怪人:羽衣の鬼女
 写楽炎と空手くんが雪の降る広場で見つけた刺殺死体。現場には被害者の足跡だけが残されていた。犯人はいかにして被害者を殺したのか?
「足跡のない殺人」の歴史に新たな一ページを刻んだ傑作。残念ながら現在は同人誌版のみにて販売のため入手は困難だが、その内容は自身の目で確かめてほしい。リクエストが集まれば電子書籍版が実現するかも……?

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