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[短編小説] 生首女子会

冷蔵庫を開けると、生首が入っていた。

叫ぶとか気絶するとか、何らかのアクションを起こすよりも早く、あまりにも自然に、こう言われたためか、

私は無表情、無言のまま、
しばらくのち、受け入れてしまった。

「寒いんだけど。」


生首自己紹介


少し震えがあるのと、頭がぼーっとすること以外は平静なまま、私は生首をテーブルに置き、向かいに正座した。

何度も深呼吸を繰り返し、ようやく声が出た。

「あなたは、誰なんですか?」

生首はまっすぐ私を見ている。
瞳を貫かれるような、焼かれるような、凄まじい眼光。

冷蔵庫で冷えていたから、
髪も顔も白々と霜が降りていたので、タオルで拭いてあげた。

女優さんやモデルさんや、超一流の美人さんは、だいたい似たような顔をしているが、生首もその類の顔をしていた。

髪はショートボブ、美容室行きたてのように整っている。
真っ白な、マネキンのような、陶器のような、肌。

生首の自己紹介が始まった。
顔の可憐なる美しさとはギャップのある、低く錆びた声。

「まず。驚かせたことをごめんなさいね。
冷蔵庫開けたら生首とか、即気絶ものだと思うんだけど、
冷静過ぎてこっちがびっくりした。

あの、最初にこれを言っておきたいけども、私だって好きであなたの冷蔵庫に入ってたわけではなくてね、気がついたら入っていただけ。

何者なのかってことに関しては、私にもよくわからない。
断片的な記憶らしきものはうっすらあるけど、ほとんど何もわからないから。

ただ、名前だけは思い出した。八尋美咲、のはず。」

みさきさん。と、私は呼んでみた。

「あなたの名前は?」と、生首美咲。

私は、みゆきです。ひらがなでみゆき。

「よろしくね、みゆき。私も、こんな状態じゃ、あなたの世話になるしかないから、申し訳ないけど、しばらくは置いててちょうだい。」

美咲は私を冷静と言ったが、あまりにも凄まじいショックに混乱し、頭が機能停止していただけなのだ。

ふと思い出したように、

私は気絶した。

生首生活


奇妙というかシュールというか、そんなふうにして、
私と美咲(生首)との生活は始まった。

美咲本人に記憶がほとんど無いために、なぜ生首になって生きて?いるのか、なぜ生首になったのか、どうやってウチの冷蔵庫に行き着いたのか、何一つわからない。

2人して様々な推測は重ねてみたものの、どれもピンと来ない。

美咲の言う曖昧な記憶を書き出してみても、都内のOLらしき生活のようだというだけで、特に手がかりは無い。

同居生活が始まって、まず驚いたのは、美咲が食事をするということだった。

一緒にテレビを見ていた2日目の夜、美咲がふと思い出したように言ったのだ。

「おなかすいたよ、みゆき。」

思わず、えっ食べられるの?と訊いたが、
たぶん。との答え。

美咲に断りを入れてから、美咲の首、下側を、恐る恐る見てみた。

グロテスクな断面を覚悟していたが、ただの真っ黒、完全なる平面であり、触ってみると大理石のような硬質感。

試しに水を飲ませてみたが、漏れ出るわけでもなく、
水は美咲の口→喉から先、いずこかへ消えていく。

不思議なことに、生前?と同じような、体があるのと変わらないような感覚で、飲み込めるらしい。

それならば、と、私は料理をすることにした。

美咲はカレーが好きだと言う。
ちょうど良く食材もルーもあったので、作ってあげた。

美咲はニコニコしながら、美味しそうに食べる。
もちろん手は無いから、私が食べさせてあげる。

2日分のつもりで作ったけれど、美咲はあっという間に平らげてしまった。

「凄い。たくさん食べられるんだねえ」

私が心底驚いてそう言うと、美咲は照れ笑いした。

そのようにして、とても平和に、日々は過ぎていった。

とてもシュールに、と言う方が、良いか。


劣等感


美咲との生活は楽しかった。

趣味もリズムも合うし、あまり笑うタイプではない私を爆笑させるほど、美咲は話が上手く、しかも生首になった自分を悲観する様子も、ほとんど無いのだ。

なにがなんだかわからないけど、こうなってもまだ生きて?いられるんだから、感謝だよ。

とまで言うのだから、なんとも潔く、強い。

美咲との生活は楽しかった。

でも。

それとは別に、私には、重い劣等感があった。

それこそ幼少期から31歳の現在に至るまで抱え続けている、どうにも捨てられない、劣等感。

美咲もよく褒めてくれるのだが、私はスタイルが良い。
はっきり言って、完璧に近い。
芸能人レベルと言って、差し支え無い。

ただ。顔は酷いのだ。

口の悪い、というか、はっきりと言ってくれる男友達曰く、
スタイル100点、顔はマイナス80点、らしい。

なまじスタイルが良いだけに、顔の悪さが目立ちまくる。

極力、マスクをしているが、それでも顔をまったく見せないで生活をするのは、難しい。

スタイルが完璧ゆえに、ナンパやスカウトが、街を歩けば山ほど寄って来る。

しかし、勇気を出して顔を見せる段になれば、相手はドン引きしてしまう。

中には、それでも体目当てに迫って来る男もいたが、
なるべく顔を見ないようにしているのが私にはわかり、
悲しくなって、いずれ私の方から縁切りをしてしまう。

整形も考えたが、決心できないまま現在に至る。

そして美咲との生活が3ヶ月を過ぎた頃、

私は、ある考えに取り憑かれた。


足してしまえば


先に述べたように、美咲(の 顔)は美形である。

毎日毎日、見とれてしまうし、女同士なのに、ときめいてしまう瞬間さえある。

そして美咲は、知れば知るほどに、素晴らしい人物だった。

生首でなぜか生きて?いるという、残酷で不可解な身の上にも関わらず、日々、あらゆることに興味を持ち、勉強し、
生首でも社会参加ができないものかと、熱く語る。

生首だけだがとても表情豊かで、ユーモアがあり、賢く、チャーミングで、独創的で……。

美咲の魅力を語るなら無限に語れる、というくらい。

それに比べ私は、スタイル完璧だが究極の醜女という、哀れな特徴はあるものの、頭も良くない、コミュ力も低い、
仕事もギリギリできている程度、男にも愛されず、友人もわずかばかり。

夢もなければ、勤勉さも、勇気も、知恵も、無い。

ある考えが、毎日、私の中に浮かぶようになった。

美咲に、私の体をあげられたら。

美咲の顔と人間性に、私の体を足したなら。

あっという間に、栄光を掴むのではないだろうか。

芸能人、有名人、何でもいいが、可能だと思う、現実に。

ある日私は、2人でお酒を飲みながら、ついに話した。

私の体を、美咲にあげたい、と。


絆と未来


美咲は、長い時間、黙っていた。

グラスの氷が溶けきった頃、ついに口を開く。

「ねえ、みゆき。

ごめんなさい。
私も、それは考えたことあるよ。
というか、ずっと考えてた。

考えてた、というか、そういう意識が勝手に湧き上がって来る、と言えば正しいのかな。

最初からそうなんだけど、みゆきの意識、思考はなんとなく私に伝わるんだ。テレパシーというのか、そういう感じで。

イメージがね、固まっていくのね。

私とみゆきが結合して、2人で、新しい人生を創る。

顔は、整形したことにすれば、周りも納得はさせられるだろうし。
まあ近しい人には当然怪しまれるから、どこか引越してさ。

みゆきがそれを願っていることが私に伝わっていたし、
毎日毎日、それが強くなっても来た。

今日、その話をすることも、わかってたよ。」

美咲の微笑みを見つめながら、私は泣いていた。

悲しいのではなくて、嬉しかったから。

美咲と私の魂はもう、ひとつなんだ。

積み重ねた友情を接着剤にして、
魂だけでなく、肉体も、ひとつになればいいんだ。

私と美咲は、出会う運命だったんだ。

私は美咲を胸に抱き、サラサラの髪を、ツルツルで冷たい頬を、優しく、優しく、撫でた。

「ずっと一緒だよ。」

美咲が言う。

私はうなずく。

私も美咲も、なぜか、方法はわかっていた。

美咲がその髪を刃先として、私の首を落とすのだ。

そして、結合する。

2人が1人になる。

キリキリキリ、と美咲の髪が集まって、尖っていく。

ああ、なんという幸せだろう。

誰かとひとつになることが、こんなにも温かい気持ちとは。

美咲と私は、すべてを理解し合いながら、見つめ合う。

長い静寂ののち。

首元に、鋭い痛みが駆け抜ける。

薄れ、美咲と混ざりゆく意識の中、私は笑っていた。

新しい人生の始まり。

新しい私の誕生に、歓喜して。

視界はブラックアウトしながらも、私の魂には、見えた。

誰よりも美しい、私/美咲の。

輝かしい、希望に満ち満ちた、未来が。

-了-

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