バランスサンデー
お母さん
お母さんが、おかしくなった。
私が朝ごはんを食べながら話しかけるが、
どうにもわけのわからない返事しかしない。
まったく通じない会話をもう、5分は続けている。
「ねえ。
朝から何?
ふざけるのやめてよ、怖いって。」
「ふざけるって何の話?味噌汁もちゃんと飲まないとダメよ、いつも残すんだから。」
お母さんはお茶を飲みながらテレビを見ている。
やっぱりふざけていたのか、と安心しかけたが、
「清瀬のおばさんがフラクタルビルディングの設計のために高架下でトランプがジョーカーが排水溝にマリオブラザーズよねそうよねあなたも知ってるでしょタンスグステン85グラムの笑っていいともははははははははは痛い金型輪廻転生ガガ」
テレビを見たまま、棒読みセリフのように、
こんなことを言うのだ。
やっぱり、明らかに、おかしい。
私はいい加減ゾッとして、思わず叫んでしまう。
「もうやめてよ!!!」
お母さんは眉をひそめて、私を見る。
目つきや表情はいつも通りで、何もおかしくはない。
「ちょっとどうしたの……?大丈夫?
あーあー、お茶碗ひっくり返ってるじゃないの。」
お母さんはソファから立ち上がって、近づいて来る。
私は後ずさりながら、リビングを出た。
何なのよ、こんな気持ちのいい朝に、何なの?
2階から弟が降りてきたところだった。
「ねえちょっと隆文、お母さんがおかしいよ。」
私は隆文の手を取り、訴える。
「どうしたの。おかしいって、何が?」
隆文はいつも落ち着いていて、
私は、普段から何かと頼りにしている。
まるでカップルのように隆文の腕にしがみつきながら、リビングに戻る。私は震えている。
お母さんは心配そうにこちらを見ている。
「ねえちょっと美佳ちゃん、本当に大丈夫?」
隆文
「お母さんが何かおかしいって、姉ちゃんが言うんだけど……。」
隆文が眠そうに言って、食卓の椅子に座る。
お母さんは首をかしげながら、
「おかしいのは美佳ちゃんなんだけどねえ……。」
隆文は私を振り返ると、苦笑いする。
姉ちゃん寝ぼけてるんじゃないの?という顔。
テレビのリモコンを手に取りながら、言った。
「お母さん、僕の分のご飯もちょうだいちょうだいもももももももももモスグリーン花花花花かかかかかかかか花」
私は一瞬、頭が真っ白になった後、
ゾワゾワと鳥肌を立てた。
隆文まで、バグったのか。
お母さんと隆文は、お互いにわけのわからないことを言いながら、普通にやり取りしている。
これは、夢か?悪夢を見ているのか?
私は逃げるようにバスルームへ行き、鏡を見た。
青ざめた顔ではあるが、いつもの私だ。
これほど確かな感覚の夢など、あるわけがない。
そうだ。
お父さんは、お父さんはまだ寝ているのか?
急いで父の部屋へ向かう。
ドアが開いていた。
中を覗くが、父はいない。
直後に、トイレから、流す音と、ドアを開ける音が聴こえた。
「おう、おはよう。」
父は私に気づいて、軽く手を上げる。
寝癖が凄まじく、古い漫画の博士みたいだが、
今はそれどころではない。
「ねえお父さんどうしよう………お母さんたちがおかしくなってる。」
私はもう、半泣きになっていた。
お父さん
お父さんは顔をしかめた。
「おかしい?おかしいって、何が?」
私は涙をこぼしながら、必死に訴えた。
「リビング行ってみて、わかるから。」
うーん、と唸りながら父はリビングへ向かう。
相変わらず、母と隆文がわけのわからない怪話をしているのが、うっすら聴こえてくる。
私は怖くて、父の部屋の近くから動けない。
父がリビングに入ってすぐ、ピタリと静かになった。
外は初夏の快晴、雀がちゅんちゅんと、心地良い声で鳴いているのが聴こえる。
自分の心音がわかるくらいに静かな時間が、
10分は続いただろうか。
私はまだ震えていたけど、このままではどうにもならない。
ゆっくりと、リビングへ向かう。
そっと、ドアを開ける。
母、隆文、父が、兵士のように整列し、
私を見て、敬礼、をした。
一斉に、叫ぶ。
「アップル!アップル!アップル!
新宿御苑から東北地方にハンニバル・レクターがコリアンダーでうぬぬぬぬぬ身嗜み身嗜み身嗜み唐揚げ豪快ストローはお付けしますかかかコストカットにはラーメン屋がハリボテで体脂肪40億コーラああああああああぁぁぁ喉喉インターネットインターネットインターネットインターネットバスバスバス厚生労働大臣伊藤に行くならハトヤ!いいいいいいいすたあああああ!」
私は悲鳴をあげながら、裸足のまま外に飛び出した。
自分がおかしいのかもしれない、狂ってしまったのかもしれない、思考が高速で回転するがまとまりはせず、自分でも驚くほど速く、近くの駅にまで走ってきた。
無意識だったが、駅前の交番を目指して来たのだろう。
私はぜえぜえと激しく呼吸しながら、
お巡りさんに助けを求めた。
「あの、家族が、家族が、変なんです、ちょっとウチまで来てもらえませんか。」
私の様子に、警戒、緊張しながら、お巡りさんは私を椅子に座らせ、落ち着いてください、と言う。
パジャマで裸足のまま全力疾走してきて、涙を流していて、髪もばっさばさになっている私を、薬物使用者と疑っているのかもしれない。
私と同じ目線になるようにしゃがんで、
お巡りさんは私の目を見る。
そして、大きな声を出した。
「卒塔婆コスタリカクアラルンプール同期ぬしぬしぬしやにおノノノノの河童河童ごおりごおりいいあいいいいいい田中」
そして、私はたぶん、気絶した。
朝
目覚ましが鳴る。
私は目が覚めた。
思わず笑ってしまった。
「今時、夢オチかよ……。」
すべての異変は夢だったのだと、確信した。
それにしても怖かったし、リアルだったな。
私はリビングに向かう。
ドアを開けて、おはよう、と言う。
両親と弟は、血塗れで倒れており、
死んでいることは一目で解った。
ああ、そうか、そうだったかな。
私はバスルームで鏡を見る。
ハロウィンみたい、と思った。
返り血と、傷と。
外は初夏の快晴で、雀たちがちゅんちゅんと、
可愛らしく鳴いている。
何日経ったんだろう。
どうしてまだ、警察とか、近所の誰かとか、
両親の会社の人とか、ウチに来ないんだろう。
まあいいや、とにかく眠いんだ。
また寝よう。
今日も、日曜日。
明日も、日曜日。
私は、日曜日。
私が、日曜日。
-了-
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