2020.5/20の日記「情緒面ではアンハッピー」

 不快だったことは共有しやすくできているのかしら。

 毎日ハッピーに生きているのに、結構日常に「なんかちげえな~」とか「不快だな~」と思うことが多くて、ハッピーだったことはあんまり日記に書いてない気がする。

 割と毎日をのんびりと生活していること自体がハッピーだと思っていて、それをスタンダードとして、ああだったこうだったと考えると不快だったことが浮き彫りになるのかもしれない。あと割と、不快なことっておもしろいな~と思っていて、シュールギャグみたいな感じだと捉えている節がある。

 昨日なんかダンゴムシ(黒光りバージョン)がいたみたいな話を書いたが、玄関~台所ゾーンに居たのに、昼間見たら生活ゾーンに入り込んできていた。本当に虫が嫌いなので「い、いやすぎ~~~~」といいながら行き先を見守っていたが、うごうごとして光の方へと進むではないか。どうやら虫は光を求めて動いているらしく、窓の方へと動いていった。遅々としてはいるが、その勢い、できれば自力で出て行ってもらうために、窓を開けて応援した。しかし、アルミサッシには凹凸があり、その虫には到底上ることができなさそうだ。ましてや、サッシの谷に落ちてしまったら外に行きつけない。わたしは決死の覚悟をして紙で虫を拾い上げた。外に放逐してやろうと思ったのだ。救い上げるように虫に紙を差し出す。

 うごっとして、すっごいいや~~~~!!!!

 いやすぎてすごく遠くに支点があった紙はあっさりとぐんにゃり曲がって、アルミの谷底に落ちていったとさ。

 シュールギャグじゃない? そんなに面白くないけど。

 わたしは自分のことをちびまるこちゃんか何かだと思っているので、こういうとき隣に住んでいる人のことを考える。普段がやがやぺちゃくちゃと喋っている(ことだけわかるが、何をしゃべっているか不明の)隣人が今日はやたらはっきり声が聞こえる。どうやら窓を開けているらしい。うるさいなあ、とおもっていると、「う、うわ~~~~!!!いやすぎ~~~~!!!」「がんばれがんばれ!外にでるんだ!!わたしは君を応援しているぞ!!!」と声が聞こえてくる。

 面白いかと思って想像してみたけど、これは単純に腹が立つだけだな。ごめん、隣人。まだ会ったこともないけど。

 両方に人が住んでいるはずなのに、物音がほとんどしない。上とかはドアの開け閉めとか聞こえてくるけど、話し声が聞こえてきたことがない。廊下で喋っていると聞こえるが、廊下で喋る程度の人数でいても、あまり聞こえない。すごい。わたしは一人でもよくしゃべるので、聞こえていたらいやだな。

 という文章を昼間に書いたが、直後特に理由なく落ち込んでしまった。今日は割とアンハッピーだったかもしれない。悪いことが起きてないけど、情緒が最悪だった。

 つらいから日記おしまい。

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