僕が好きな46人の監督による55本の映画 第47回​​ ​デビッド・クローネンバーグ「イグジステンズ」

 この映画はクローネンバーグのオリジナル脚本なのですが、P・K・ディック原作の映画よりも、よりディックらしい世界観を描いている映画だと思います。もともとクローネンバーグはディックが大好きなようで、この映画の中で登場人物が「パーキーパッツ(Perky Pat's)」と書かれた、ファースト・フード店の紙袋に入った食物を食べるシーンがあるのですが、これは、ディックの「パーキー・パットの日々」という小説へのオマージュです。
  ちなみに「パーキー・パットの日々」という小説のあらすじは、こんな感じです。「核戦争後の地球。生き残った人々は放射能を避けて地下で暮らしている。そしてパーキー・パットと呼ばれるティーンエイジャーの人形を使った、一種の双六遊びに日々の慰安を見出している。だがある時、ここから離れた街ではもっと成熟した人形を使っているらしいという話が伝わってくる。彼らはそのコニー・コンパニオン人形と勝負するため荒地に踏み出すが…。」どうです?いかれてるでしょう?これが、ディック、そしてクローネンバーグの世界です。
  実は僕は、クローネンバーグって、ちょっと偏執的な感じがして、ずっと敬遠していたのですが、この映画はツボにはまりました。偏執的な世界観がうまくはまると、こんな良質のSFができるんですね。
 ちなみにこの映画より前にクローネンバーグが監督した「クラッシュ」も、この映画より後の「スパイダー」も見たのですが、これらの作品に関しては、あまりの偏執ぶりに辟易しただけでした・・・。
  SFというジャンルが人々に伝えようとしていることのひとつとして、「未知なるものと遭遇した時に、人間はどういう反応をするのか」というテーマがある、ということを松本人志の「しんぼる」の解説でも書いたのですが、その未知なる世界(例えば宇宙空間とか、未来とか)が、リアルであればあるほど、見る人は、そのSF作品が人間につきつけてくる問題を、自分のこととして深刻に考えてくれるので、偏執的世界観を持った人が作ったSF映画は、SFの目的をより効果的に果たせると言えるかもしれません。
  この映画はバーチャルリアリティーをテーマにした映画です。「イグジステンズ」というのはゲームソフトの名前で、このゲームをプレイする人は、あたかも自分がそのゲーム世界に存在しているかのような体験をします。
  ちなみに「イグジステンズ(Existenz)」というのはドイツ語で、簡単に訳せば「存在」というような意味です。しかし、ドイツ語の「ダーザイン(Dasein)」という単語も、簡単に訳せば「存在」という意味になります。この二つの違いを解説すると、たとえばこうなります・・・・・

ここで、以前は「イグジステンズ(Existenz)」と「ダーザイン(Dasein)」について、長々と書いていたのですが、今回改めて読み返してみたところ、なんか難しい「お勉強」みたいな内容だったので、ここでは割愛させていただきます。

・・・・・ 「イグジステンズ」という言葉の意味をちょっと説明しようとしただけで、こんなにややこしい話になってしまいましたが、そんな難解な言葉をさらりとタイトルに持ってくるクローネンバーグは、やはり一筋縄ではいかない人です。
 そんな、思考が迷宮に迷い込んでいる人が作った映画を見てると、こちらの脳までが侵食されそうになってしまいますが、気を確かに持って、その迷宮から帰って来ると、いつのまにか、ポケットの中に何かの種みたいなものが入っていて、それを植えると、思いがけない実がなったりするんだと思います。
  ちなみに、太宰治の太宰は「ダーザイン(Dasein)」からとっている、という説があります。太宰治のペンネームの由来についてはいくつかの説があって、その中のひとつです。

 「イグジステンズ」 1999 アメリカ
  新感覚の仮想現実ゲームをめぐる陰謀劇に巻き込まれた青年とゲームデザイナーの姿を描くSFスリラー。監督・脚本は鬼才デイヴィッド・クローネンバーグ。

 近未来。誰もが脊髄にバイオポートなる穴を開け、そこにゲームポッド(=コントローラー)を接続して仮想現実ゲームを楽しんでいた。新作ゲーム「イグジステンズ」の発表会場で、カリスマ的な天才ゲームデザイナー、アレグラが突然銃撃され、警備員のテッドは彼女を連れて逃亡。事件の背後には会社もからんだ陰謀があるらしい。
 真相を探るべく、アレグラの友人ビヌカーの助けを受けてゲームのなかに身を投じるふたり。いかがわしいゲームショップ、ニジマスの養殖場を利用したゲームポッド工場、突然変異した両生類が出される中華料理店等々、各所をめぐるたび、ふたりの前に「反イグジステンズ主義者」が現れる。
 誰が敵か味方か分からない混乱の果て、ゴールで思いがけない真相にふたりは直面するが、これら全てはゲームの中の世界で起こったこと。現実世界に戻っても、彼らの戦いはまだ終わらないのであった……。

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