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ラジオと私

※2019年4月にprivatterに上げた記事です

※所々修正してますが基本2019年4月に沿っているので色々矛盾してるところがあります


ラジオの時間さんのこの記事を読んで、唐突に自分のラジオ史を振り返ってみたいなあと思い書いてみます。

 (以下、無駄に長いただの自分語りになります)


1.FMラジオとの出会い(2006年頃)

自分の意志でラジオを聴くようになったのは中学1年か2年の頃に変えた携帯電話にFMラジオ機能が付いていたことが始まりだった気がします。
当時はパケ放題(死語?)を付けてもらえず、月3,000円過ぎると通信ができなくなってしまっていたので、ネットを使わずに聴けるラジオってすげえ!しかも面白い!タダで面白いのすごい!みたいな感覚でした。


その携帯ラジオで一番最初に聴いた番組は恐らく
SCHOOL OF LOCK!


でした。メール投稿は一切してませんでしたがSOLの掲示板には何か書き込みしていた覚えがあります。


この時代はTFM信者でSMAPファンだったのもあって
木村拓哉のWhat's Up SMAP! 通称:ワッツ https://www.tfm.co.jp/what-s/ (現:木村拓哉 Flow)


は毎週欠かさず聴くようになった初めての番組で、自分がリスナーをやってる番組の前後を流れで聴く習慣が出来たのもワッツきっかけでした。
(ワッツからの JET STREAM

からの 茂木淳一のバーチカル・ドロップ


が金曜の定石)
(バーチカル・ドロップはただただ深夜から明け方にやってるのが楽しくて聴いていたけれど1年で終わっていたとは知らなかった…)

※2021/2/8加筆 2020年4月〜福山雅治さんが機長になったことは私のラジオ史における一大事件でした。未だに夢のよう。。


2.AMラジオとの出会い(2006~2007年)

FMを聴くようになってからラジオにはAMとFMがある事を知り、家にあるカセットコンポでAMラジオも聴くようになりました。
友人の間でテスト勉強をしながら深夜ラジオを聴く事がブームになって、オールナイトニッポンにどハマりした時期(小栗旬さん・ナイナイさん・ポルノ昭仁さん・オリラジさんetc…)


前述の通りSMAPファンの私は
中居正広のSome girl'SMAP

通称:サムガ(現:中居正広 ON&ON AIR
で中居君の新たな一面も知ることになりました。(あのローテンション)
TFM信者からLF信者に徐々に移行し始めた時期だったと思います。


小倉智昭のラジオサーキット 

(LFの飯田アナ好きだったな・・・何かのコーナーでもらったキスマーク入りの色紙未だに持っている・・・(笑)この番組も知らぬ間に終わってしまってた)



3.受験期のラジオザッピング(2007年)

2007年に入り受験勉強が本格化してから手当たり次第にラジオを聴くようになりました。毎週聴いていたワッツとサムガ以外はTFM~bayfm~LF~QRを適当にザッピングしてました。


この時期に
神谷浩史・小野大輔のDear Girl~Stories~

を数ヶ月だけ聴いていた記憶があるんですが、当時声優に全く関心のなかった私は土曜25時という一番勉強が捗る時間にやってるラジオ番組、というだけでBGM代わりに流していただけで内容は全く刺さっていなかったです(笑)
(たしか番組表を見ていて番組名から NISSAN あ、安部礼司 ~ BEYOND THE AVERAGE ~ 

 的なラジオドラマなのかな?面白そう。と思ったことが聴くきっかけだったと思います。普通のトークラジオでびっくりした記憶(笑))

※2021/2/8加筆 まさか神谷さんが!!!安部礼司に!!!とこれまた私のラジオ史における一大事件。。ずっと好きだった番組に推しさんが出てくれるのが嬉しすぎるもの。。



4.魂ラジとの出会い~メール採用の喜び(2007年)

2007年9月、私の人生を変えたある出会いがありました。


当時サムガの後番組だった
福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ 通称:魂ラジ(たまらじ) 

です。
サムガ後、つけっぱなしにしてたラジオからタイトルコールが流れてきて
「福山雅治ラジオやってんだ!」
という位の軽い気持ちで聴いていたら
「ん?誰かと会話してる?パーソナリティ二人?」
という衝撃がありました。(その時ヘビーリスナーだったANNもワッツもサムガも一人喋り)
(ちなみにもう一人の正体は元ニッポン放送アナウンサーの荘口彰久さん 通称:荘ちゃん)
一人喋りに慣れ切っていた私は違和感がありまくって、その日はすぐに消して寝てました。

それから数週間後、ドラマ『ガリレオ』が始まる時期ともあって、ドラマオタクの私は「ドラマの話が聞けるかも!」という気持ちで再び魂ラジを聴きました。
ちょうどその日が放送開始直前の『ガリレオ』の書下ろしサントラ初披露の日で「曲の感想募集!」の呼びかけに「送ってみるか~!」位の軽い気持ちで初めて出したメール。
数十分後
「〇〇県の〇〇ちゃん(本名)〇歳 中学〇年生」(もはや伏字の意味)
荘口アナに名前を呼ばれた瞬間にドキッと鳴った心臓(正確には読まれて)
そして、さっき自分で入力した文章がラジオ越しに聴こえてきた衝撃は今でも忘れられません。
内容は「ドラマの風景が浮かんでくるようです!カッコいいです!」的な普通すぎる凡メールでしたが、
福山さんが一言「ありがとうございます~」と言ってくれて、
「うわ、今福山雅治にお礼言われた…私の言葉に対してお礼を言われた…」と異様に感動していました。

この2日後に放送が始まった『ガリレオ』のましゃ(※福山雅治の愛称)が激烈イケメンでラジオも面白いし読まれて嬉しかったし…というきっかけで人生イチ熱をかけた福山雅治のオタクになりました。
他で好きになるきっかけがあったかもしれないですが、魂ラジがサムガの後番組じゃなかったら魂ラジを聴く事もなかっただろうし、初めて送ったメールで読まれなかったらここまでハマる事はなかっただろうし、そうなるとましゃオタクになってなかったかもしれない…と色んな意味でラジオに運命を感じた出来事でした。



5.Talking FM、魂ラジ黄金期(2008~2015年)

魂ラジをきっかけに福山さんのもう一本のレギュラー番組だった 

福山雅治のSUZUKI Talking FM(現:福のラジオ) 

も聴くようになり。トーキングからの安部礼司は日曜黄昏時の最高に贅沢な時間だった・・・。

2007年10月からリスナーになった魂ラジは2015年3月の放送終了まで毎週欠かさず聴いた番組でした。(飽きっぽい私なので今考えても驚きです)
土曜23:30-25:00 のゴールデンタイムが私に合いすぎていたんだと思います。

・週末に番組が待っているワクワク感
・深夜でも次の日が日曜である安心感
・何よりも生放送

三拍子揃っていてこの番組の為に生きていました(思えばDGSは生放送以外条件揃っていますね)
テレビではあんなにちゃんとしてる福山さんがラジオでは国王と呼ばれていて、アホな話をしたり下ネタだったり(大童貞祭って本当になんだったのかwww)テレビでは出せない魅力を出せるところがラジオのいいところだなと知ったのがこの番組でした。

あとは、ラジオ投稿の楽しさを知ったのもこの番組でした。
初めてメール投稿したあの日以降からしばらく遠ざかっていましたが、2009年からコンスタントに投稿するようになって、年に5~6回ほど読んでもらってました。2009年の6月に魂リクのコーナー(エピソードと共に曲をリクエストしてなんと福山さんが生弾き語りをしてくれるという神コーナー)で採用してもらった時は嬉しすぎて泣きながら聴いていました。

魂ラジは放送前・放送中に届くメールが併せて4000~5000通?(BRUTUSの特集で数字出てましたが具体的な数忘れてしまった)だったらしく、月1で読まれてたらけっこうすごいみたいな番組でした。所謂常連リスナーと呼ばれる人もほとんどいなかったです。
ラジオネームを使って投稿する人も少なく、本名で送る人がほとんどな異色の深夜ラジオでした。きっとこれは福山さんに名前を呼ばれたいという女性ファンの心理(もちろん私も)
しかし前述の通り、福山さんと荘口アナの二人体制で特に後期はほとんどのメールが荘ちゃん読みだったのでましゃに読んでもらえたらめちゃくちゃラッキー!みたいな難しい番組でした(私も採用メールの三分の二は荘ちゃん読みな気がします)



6.インターネットラジオとの出会い~おしゃ5(2011年)

大学に入って、小さな頃からそれまで一切興味がなかったアニメ・声優に突然ハマり、置鮎龍太郎さんの沼底に突然落ちました。オタクの始まりはまずラジオから!がモットー(?)の私は置鮎さんのレギュラー番組だった


RADIOおったいナイト 


おしゃべりやってMAX第5放送 (現:おしゃ5)

https://www.kzstation.com/program/archive.html?id=13  

をきっかけにインターネットラジオに出会いました。
魂ラジが人生ナンバーワンラジオなのは変わりませんが、歴だけで言うと今年でおしゃ5が一番長く継続で聴いてるラジオになる・・・(休み期間あるけど)
パソコンでラジオを聴く(当時はスマホ対応していなかった)、しかも映像があるっていうのは最初違和感しかなかったけど、純粋に動画で見れるの嬉しい! しかも30分番組が多い声優ラジオで1時間はありがたい! と割とすぐに慣れた記憶があります。

ちなみにおしゃ5の初採用はM-1グランプリ(ままどおるわんグランプリ)で今でも見返せない怖い思い出・・・


通常メールはオナン君か置鮎さんの眠気防止策かどっちかだったと思います。(奇しくもどちらも神谷さん読み)
予告が出るラジオも初めてだったから予告文とかムービーを見て「あっ、今日採用されてるかも!」ってワクワクするのも初体験だった!
2013年のとある出来事 https://www.nikkansports.com/m/entertainment/news/p-et-tp0-20130128-1077559_m.html をきっかけに2年ほど遠ざかりましたが、まさか神谷さんのオタクとしてまたリスナーに戻るとは思いませんでした!(ここら辺の話は何度もしているので割愛)

神谷さんのレギュラーラジオで一番好きなのはやっぱりおしゃ5なんですが、その理由の一つが収録番組だけど1時間回しっぱなし編集なし=ほぼ生ラジオ だからだなあと。バチバチに編集されたラジオも好きなんですが、魂ラジで育った私はやっぱり生が好き!!!って感じ!!!!!
あとリアル以上にリアルなところもやっぱりすきですね\(^_^)/



7.魂ラジの終了、コミュニティFMの楽しみ(2014~2015年)

2014年12月、一生続くと思っていた魂ラジが2015年3月を持って終了することが発表されて人生一の喪失感を味わいました(本当に誰かが死んでしまったみたいな気持ちだった)

その後のご結婚やSMAP解散でも経験しましたが『世の中に絶対になんてない』ということを初めて知った経験でした。
番組が終わって丸4年経ちますが、今でもたまに切ない気持ちになります。

同じくらいの時期にとあるコミュニティFMの番組を聴くようになりました。リスナーのネームは全員 〇〇区の〇〇 〇〇市の〇〇 というローカルっぷり(笑)
パーソナリティの記憶力がすごくて、初めての人には「はじめまして」。一度読まれてる人は二回目の採用でも「初めてじゃないよね?」って言ってあげるのがすごいなあと思った。
長年サイレントリスナーだったけど今年初めて送って読んでもらえてとても感慨深かったです(笑)



8.おしゃ5の復活、DGSと再会、アザゼルラジオ(2015年~現在)

前述しましたが、神谷さんファンになったのをきっかけにおしゃ5に戻り、昔少しだけかじったDGSリスナーにもなり、おしゃ5きっかけに小野坂さんの一人喋りも聴きたいとなって


きいてますよ、アザゼルさん。 https://www.animatetimes.com/radio/details.php?id=grimoire
にも出会いました。この番組ほどリスナーの一人一人に向き合ってくれる番組はないと思う・・・つい最近終わってしまいましたが喪失感は魂ラジレベルでした(;_;)いつか復活して欲しい(;_;)


9割魂ラジ語りになってしまいました。
ここに書き忘れてる1回だけ聴いてタイトル覚えてない番組とかあるんだろうな・・・。
こうやって振り返るとラジオによってラジオに出会ってるし、人生一期一会だなと思います。

これからも今聴いている番組はできるだけ長く続いて欲しいし、新しい出会いもあるといいな!オススメの番組ありましたらどうぞプレゼン下さいませ。

総括すると、私は誰かと共有するよりもラジオと、パーソナリティと1対1で向き合いたいタイプ。実況楽しいけど疲れちゃうってとてもわかる・・・DGSの時間にツイッターにいるのが苦しくなっちゃうのはそういう事なのだろうなと。


総括の総括:ラジオが好きだ!!!!!


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