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木の葉化石2:アケボノイヌブナFagus palaeojaponica

ブナの仲間アケボノイヌブナFagus palaeojaponicaの木の葉化石を紹介します。


「ブナ」という名前は,植物のことをあまり知らない人でも聞いたことくらいはあると思います。ユネスコ世界自然遺産の「白神山地のブナ林」は有名ですし,中学校でも「ブナやカエデの葉の化石は,涼しい気候がわかる示相化石」と学習しますし,さらに高校の生物基礎でも「ブナやカエデは夏緑樹林の代表的樹種」と学習しますね。


現在の日本にはブナ属FagusとしてブナFagus crenataとイヌブナFagus japonicaの2種類のブナが生育していますが,今回ご紹介したアケボノイヌブナFagus palaeojaponicaは名前の通り,現在のイヌブナによく似た形の葉を持っています。古生物学の基本的な考えとして,化石種の生物と現生種の生物はあくまで「別種」としているのですが,アケボノイヌブナとイヌブナは別種ですが,形がよく似ているため,系統的に近いことが推定されます。すなわち,アケボノイヌブナからイヌブナに直接進化したか,アケボノイヌブナに近いブナの仲間からイヌブナに進化して現在に至ったことが,化石からもDNAの分子データからも間違いないものと考えられています。

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これら2枚の画像のアケボノイヌブナの化石は,前回紹介したイタヤカエデ化石種と同じ,1300万年前の士別市湖南から産出したものです。同時代の化石種にムカシブナFagus stuxbergiもいますが,本種はムカシブナよりも葉全体が細長く,2次脈のペア(真ん中の太い葉脈が1次脈または主脈と言い,1次脈から派生する葉脈が2次脈です)の数が多いことで容易に区別できます。

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アケボノイヌブナは1300万年前までに出現しました。1300万年前の北海道で初めて化石が確認され,少なくとも120万年前ころまでは北海道に生育していたことが知られています(Narita et al., 2020; 成田,未公表資料)。現代のイヌブナは主に日本海側でブナなどと混交林をつくるのが普通なのですが,アケボノイヌブナは1300万年前~120万年前の東北北部や北海道など日本列島の北部において優占種として当時の森林景観を構成していたことがわかっています。現代の「イヌブナ」に相当しそうなブナが優占種として森林を構成していたという事実は,現代の植物生態学を少しでも知っている人にとっては意外性があり,興味深い事実だろうと思います。化石を調べていくとこのような過去の意外な自然景観なども復元できるのですね。

現代の北海道にはイヌブナは生育しておらず,黒松内低地よりも南にのみブナが生育しています。120万年前から現代にかけての120万年間には氷期と間氷期による激しい気候変動のサイクルがありましたら,きっとアケボノイヌブナもその変動の中で北海道から姿を消していったのだろうと推定できます。とすると,もし氷期-間氷期の氷河期の気候変動がなければアケボノイヌブナあるいはイヌブナが今でも北海道の広い範囲で森林の優占種として君臨し続けていたのかもしれませんね。


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