「私語と」刊行記念 ルナコの駄 特別寄稿

ルナコ

変な形のケースの蓋をペリッと剥がして、一緒に入っている汁みたいなのを少しこぼしながら嘘かと思うぐらいペラペラのプラスチックを人差し指にとる。
ぼやける視界のなかで獲物をとらえるかのごとく、ウラかオモテかを見極める作業。あっている事を確認して、一緒に入っていた汁みたいなのを垂らして湿らせる。
ぼやけて見えていた鏡に映る自分の顔。
ソレをいれた途端に視界がハッキリしてしまって肌荒れに気付く。あぁ。こんな荒れていたのか、洗面台には大量に落ちる髪の毛。 それを水で流す。
排水溝のところに溜まったものをティッシュでつまんでゴミ箱へ。視力が格段に落ちた頃、丁度尾崎と知り合った。
2006年の秋、初めて行ったクリープハイプのライブであの赤いCD を買った。
帰宅後、すぐに聴きはじめ、真っ赤な歌詞カードをめくった。
歩くよりももっと遅い速度、足取り重く始まるその歌の歌詞は、離れたくない物のそばにいたいけど、それにももう本当は飽きてしまっていて、新しい物を探さなきゃと思いながらも、また同じ場所に戻ってしまう様な感じで、歌詞が捻くれ過ぎている。
どうして捻くれてしまうのかと言うと、嘘をつきたくないからだと思う。全部本当の事を言った時の方が、どこか辻褄が合わなくなってしまう。 出会った頃の尾崎は、辻褄が合わない毎日の中にいたのかもしれない。

「パソコンがおかしい」
「一回電源抜いてみたら?」
「アレ?どれだ?これかな?」あたしの PC の電源が落ちる
「おい!消えたやんけ!どうするねん」
「いや、俺じゃない。東京電力が…」
「はぁ?東京電力そんな微調整するんけ!」辻褄が合ってないし、大嘘つきだ。
「あのチョコレートの歌可愛いね」
「あぁ。チョコレート好きなんですけど、どうにも歯が痛いときがあって」
「えっ。あぁ、その気持ちと恋愛の気持ちをうまい事アレした歌詞なんやろ?」
「いや、違います。アレした歌詞じゃなくって本当にただチョコレートの歌を書いたんです」
「え?そうなん?アレした歌詞ちゃうんや…そうやったとしても、あんまソレ言わんほうがええんちゃう?」

「な~ビジンキョクってどういう意味なん?」
「あぁぁぁぁぁ~うるさいっ。違います!シーっ!ビジンキョクじゃなくてツツモタセです」
「え?あれでツツモタセって読むの?どういう意味?女が男騙すの?」
「そんな感じのことです。知りませんか?小説とかでよくあるじゃないですか〜女が男に指示されて男を騙してお金分捕ったりする事です」
「歌詞読んで想像してた通りやったわ」
「もう二度とビジンキョクだなんて言わないで下さいね」

「関西では服の事をべべって言いますよね?」
「小さい頃とかはべべとか言われたりしたね」
「ですよね?言いますよね… 確認ですけど言いますよね?」
「言うっっって!!!!!」

「あの新曲ええな~べべってアレのことやったんやな」
「はい。花びら回転って意味わかりますか?」
「わからん。何?」
「風俗とかでそういう時間があって、その時間になると接客してくれる人がこう…入れ替わるんですよ」
「へぇ~」
「やっぱわからないか」
「うん。その時間になると尾崎は嬉しいの?」
「うーん。時と場合によりますけど…まぁどちらかというとそういう事になりますね~」

パジャマタクシーの CD。
咳払いの歌で始まるそのアルバムを出した頃、1 人ぼっちのクリープハイプだったのだが、新世界リチウムのサポートにより、インディーズ時代では珍しく、すごく楽しそうにライブをしていた様に思えた時期でもある。
1 人になったからこそ出来た歌や、新世界リチウムのおかげでかけた歌もあるのでは?と、勝手に思っている。

変な声のバンドの歌詞カードをペラっとめくって、一緒に入っている帯みたいなのを落としながら嘘かと思うぐらい毒々しい赤い CD を人差し指で入れる。
ぼやける視界のなかで獲物をとらえるかのごとく、ウソかホントかを見極める作業。歌詞を全て確認して、一緒に入っていた帯みたいなのを手に取り流し読む。
ぼやけて見えていた日常に生きる自分の顔。
歌詞を読みきった途端に視界がハッキリしてしまって心の荒れに気付く。あぁ。こんな荒れていたのか、モヤモヤしていた物が大量に落ちていく。それを水に流す。
心の隅っこに溜まった埃をティッシュでつまんでゴミ箱へ。

尾崎のかく歌詞は装着するだけで視力があがる。ぼやけていた物事が文字になってメロディーにのってハッキリ見えてくる。自分でも気付いていないうちに抱えてしまっていたモノに寄り添ってくれる。
最近では、もうレーシックです。

あんたがどこにおっても「私語と」ひそひそと寄り添ってくれる書籍になりますように。


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