紅組_日進ケミカル戦

「ピンチ」

件名にこの3文字が入ったメールは、当日の朝6時51分、監督の板井からその日出席予定の正規メンバー4名に(辻井・谷口・近藤・河村)送られた…

プレイボールまでの道のりは、まだまだ遠い。

…その日の試合は、R-47前期リーグ最終戦。
そう、和歌山リーグでの試合だ。

一度人数不足と雨の予報でリスケした日進ケミカルとの試合だったが、再度日程を調整。結果、和歌山の中でも大阪からいくつかの峠を超えた、相手チームの会社の近くにある会場で再度調整される運びとなった。
しかも真夏の12時試合開始…

当然、「和歌山」という響きは部員の足を遠ざける。
前回、智将安倉の「敢えて“和歌山”という表現を避ける」という必殺技により人数を確保できた例に習い、今回も「妙寺中学校」という表現に止め、参加を呼びかける。

しかし、多くのメンバーからいっこうに返事は来ない。どうやら最近、このHPからの一斉メールが届かない機種がいくつかあるようだ。和歌山どうのこうの問題ではない。
試合までの時間は限られている、先を見越してHP上で「助っ人探しをお願いします」と声がけをしたのは、1週間前の日曜日の事である。

プレイボールまでの道のりはまだまだ遠い。

試合開始の3日前、出席登録はまだ4名+辻井jrの5名。
既に10名程度に助っ人依頼のメールも送っていたが、ほとんど空振りか返事なし。
「また今回もやばそうだ…」と暗雲立ち込める中、紅組の不死鳥辻井より「和歌山の民、野球経験者の土建屋さんゲット!」というメール。顔が広すぎる。

これで、辻井・谷口・近藤・板井、そして辻井Jr.のしんのすけ、和歌山の民の6名、下は中3から、上は40代まで、北は京都・南は和歌山まで、かなりユニバーサルなユニットが形をなし始めた。

そして金曜、怒涛の勧誘テレクリを展開する中で、そのテレクリを横で聞いていた、欠席登録をしていた河村が
「今朝嫁に1万円渡してきたいから、今なら交渉できる」と、決死の交渉をかける。回答はYesだ。二人の間で「世の中なんだかんだで金だ」という空気が流れたことはもはや言うまでもない。

そしてテレクリもリストが尽きた金曜19時。リストが尽きたらもうやる事は決まってくる。飛び込みと紹介だ。
板井が勤務する会社のフロアにて、もはや野球経験があろうがなかろうが、男だろうが女だろうが、手当たりしだいに声をかける。

「バスケ?、野球と通じるとこあるよねー。」
「ほぅ、チアリーディング?セカンドやな」
もはや何を言っているのか良くわからない。

思えば自分の新人時代の押し売り飛び込みもこんな感じだったんだろうかと、そんなノスタルジーに浸りかけていた何件目かの飛び込みで、奇跡的に過去野球経験者にヒットする。

やはり飛び込みは数だ。同じフロアにこんな逸材がいたとは…

妻にソフトボール国体選手を持つ、高校まで野球をやっていたというメンバーの勧誘に奇跡的に成功。
これで、板井・近藤・辻井・谷口・しんのすけ・和歌山の民・河村・妻国体選手の8名が揃う。グローバルエイトとでも呼んでおこうか。

ゴールが見えれば人は強い。ここですかさず河村が言う。

「孫正義に声かけようか?」

さっきの飛び込みのトークの比ではない。孫正義に声をかける。否、声をかけれるだなんて…。確かに金曜の締切(会社で扱っている媒体の締切)が終わって、完全にオールアウトした状態とはいえ、さすがに行き過ぎている。と思ったが、どうやら「孫正義にそっくりの人物」らしい。電話一本、瞬殺で孫正義似の参加が決まる。

板井・近藤・辻井・谷口・しんのすけ・和歌山の民・河村・妻国体選手・孫正義似
人種のサラダボールがここに結成された。
金曜20時30分の出来事である。

プレイボールまでの道のりはまだまだ遠い。

土曜には、助っ人用のユニフォーム手配や道具の手配を済ませ、迎えた日曜朝6時51分。冒頭の「ピンチ」メールが送られた。

当日、車で和歌山に行くにあたり、板井カーと辻井シスター車で荷物を運ぶ予定にしていたため、家から自転車で30分。京都は上賀茂まで車を取りにいったところ、なんと車のバッテリーがあがりきっていた。触っても回しても叫んでも、愛車のキューブはうんともすんとも言わない。
とっさの状況判断で、メンバー各位にメールを送り、とりあえず電車で向かうことに。烏谷の家(十三)まで荷物を拾いに行く予定にしていたが、辻井カーに急遽お願いをし、現地集合の予定にしていた妻国体にも梅田集合を要請。なんとか体制を持ち直す。

無事人数と道具が揃い、いざ和歌山へ。
クラッシックなカーナビに翻弄されつつ、岸和田から峠を越えて妙寺中学校へ向かう。

道中「不法投棄者を見つけ、すみやかに通報し、抽選で沖縄旅行に行こう」という反則気味な看板に出会ったり、谷底とベンツを間3センチですり抜けるシチュエーションに出くわしたりと、様々なドラマを乗り越え、試合開始の20分前になんとか会場に到着した。

プレイボールまではあと少し。

奇跡的な照り返し、雲一つない快晴、そして会場に着くだけで疲れはてたメンバー。完全な逆風の中、過去の経験を忘れまいと「塩飴」を舐める谷口。夏を侮ってはいけない。
そんな中、短時間でアップを済まし、いよいよプレイボール。

両チーム共に暑さの中立ち上がりは悪くなく、2回までは0点で試合は運ぶ。
迎えた3回、内野安打で出塁した走者をワイルドピッチで帰還させ、先制を許す。
紅の攻撃も、いつにないほど安打は出るが、得点につながるまでに至らない。
続く4回。相手チームにつかまった板井が、四球・ヒット・失策などで一挙4点を許してしまう。

和歌山くんだりまで来て、こんな負け方はしてなるものか。4回裏、変わったばかりの相手投手に対し、先頭谷口の左中間へのシングルヒットでの出塁を皮切りに、続く和歌山の民も左中間に2塁打、辻井が四球で選んび満塁になった後、妻国体(村松)がきっちり定位置で守っているショートの手前に高いバウンドで転がる内野ゴロを放ち、1点を返す。続く孫・河村も四球を選び、押し出しで1点。更に、1番中3の期待の星・しんのすけもきっちりショート前に転がし、1点。

5対3までスコアを戻す。
味方の援護になんとか踏ん張りたい板井は続く5回を0点に抑えた。

5回裏、紅組メンバーは草野球中毒者の咆哮を目の当たりにする。

2死から四球で出塁した辻井。真夏日の6回、体力も奪われ、体温調節機能も怪しくなるこの回で、草野球中毒者が魅せた。

まず、出塁後の2球目、その日二回目の盗塁だ。なんとか追い上げているチームを勝利に持っていくために、果敢にダイヤモンドを疾走、いや、死走する辻井選手の姿に誰もが涙したことだろう。相手もフラフラの中、2盗を成功させる。

この魂に共鳴し、誰もが村松の1本を期待する中、またしても中毒者が魅せた。

なんと、3盗である。

苦悶の表情を浮かべながら、3塁に向かって走ってくる辻井。
汗で枯れ果てた水分を絞りきって、もはや相手チームすらも涙したことだろう。

涙で視界が狭まった相手チームの捕手の送球は高めにそれ、サードはボールを弾く、レフトに転々とするボール、「もうこれ以上走らせては…」ベンチからは「行くなー!(死ぬぞー!)」の声もある中、辻井はすかさず立ち上がり、ホームに向かう。

タイミング的にはかなり厳しい。

しかし涙で目がくぐもった相手チームの左翼手がなんとボールを後逸!全てがスローモーションになりながら、千鳥足のような足運びで、辻井はホームに帰ってきた。

紅組球史に残るであろう、40代、草野球中毒者の大往生走である。

この大往生走が、このあとあの事件を巻き起こすとはこのとき誰も思わなかった。

6回表、なんとかこの決死の攻撃に報いたい中だったが、投手板井はピヨピヨ、捕手近藤はフラフラ、四球で先頭打者を出すと、なんと地獄のセフティーバント攻撃にあい、セフティー、四球、安打で4点を許してしまう。

勝負はここでほぼ終わってしまう。

時間的にも、誰もが「6回で終了だ」と思っていたため、6回裏0点で終わって、まだ試合が続行すると決まった時には、気持ちの糸が切れてしまっていた。

7回、相手チームの先頭打者がファールで粘りに粘って、10球目くらいだろうか、打ち上げたフライは高くサード頭上へと舞い上がった。

見上げる辻井、ゆれる地面、時間は南中の14時過ぎ、血の気の引く顔、顔よりグラブを上げることができない、落下するボール、落下点にいる辻井、ふらりとよける。

「ちょっと待ってくれ」

と言って、両膝に手をつく。そして辻井は動かなくなった。

軽い熱中症だ。

塩タブレットも、試合途中で村松の奥さんとそのご家族が持ってきてくださった冷えたおしぼりとスポーツドリンクも、40代、草野球中毒者の体温調節機能を試合終了時まで維持させることはできなかった。
すかさず日陰に運び込まれ、相手チームの的確なアドバイスをいただきながら、脇の下と股間を氷で冷やしつつ、頭からホースで水を浴びせかけられる。

試合続行不能。ゲーム終了の時だった。

大往生走と熱中症。真夏の草野球には魔物が潜んでいる。
今年も大いなる夏の学習を胸に、R-47前期リーグ最終戦敗退。

帰りの車でも辻井が足をつったというエピソードは、また打ち上げのとき酒の肴にでもしながらしたいものだ。


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無性に野球がしたくなって、大昔に書いた試合のダイジェストを貼り付けました。

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