第1 信教の自由の侵害
 乙中学校が、代替措置を講じずXが水泳の授業に参加しなかったことを理由に保健体育の評定を「2」としたことは、Xの信教の自由(憲法(以下省略)19条)を侵害し、違憲ではないか。
 Xは、B教を信仰しており、戒律で水着の着用ができない。水着の着用ができない以上、水泳の授業に参加することはできないため、水泳の授業に参加しないことも戒律に含まれるといえる。そのため、Xが水泳の授業に参加しないことは信教の自由として保障される。Xは外国人であるが、信教は国籍を問わず世界的に普遍的なものであり、Xに対しても性質上当然に保障される。
 乙中学校は、Xが水泳の授業に参加しなかったことを理由に保健体育の評定を「2」としている。この評定とは、県立高校への入学試験における合格点の中で考慮されるものである。この評定の評価内容で入学の合否が決まることがあり、県立高校への進学を希望する者にとっては、必須の関心事項といえる。そうでれば、水泳の授業に参加しなかったことを理由に低評価とすることは、県立高校への進学を希望するXに対し、水泳の授業への参加を事実上強制する効果があり、Xの信教を侵害する。
第2 判断基準
 服装に関するB教の戒律は重要なものとされており、水泳の授業により水着を着用させることは、B教の核心部分に対する侵害といえる。
 一方、生徒にどのような評価をするかは、専門的に生徒を間近で観ている乙中学校の教育的裁量を尊重すべきといえる。また、水泳の実技は学習指導要領上、必修とされており、乙中学校としては一定水準の教育確保するためにこれを遵守する必要がある。さらに、水泳の授業への不参加により原級留置または退学処分になることはなく、評価に影響は与えるものの最低評価になるわけではないし、低評価であっても、入学試験の結果次第では県立高校への進学も可能であることからすれば、Bが受ける不利益が大きいとはいえない。
 そうであれば、Xの信教の自由に対する侵害は重大とまではいえず、乙中学の裁量は広く認められると考えられるため、乙中学の評価に全く事実の基礎を欠くかまたは社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超えまたは裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべきである。
第3 検討
 乙中学の主張は以下のとおりである。
 1 教育の中立性
 乙中学校は、教育の中立性を理由にXに代替措置を講じず低評価を与えている。
 しかし、宗教に対する教育の中立性とは、教育機関が特定の宗教を優遇すると他の宗教を否定するような偏った教育になりかねず、そのような弊害を防ぐために要求される制度的補償といえる。その真の目的は信教の自由、公正な教育を受ける権利(26条)を保護することにある。そうであれば、特定の宗教を優遇する効果がなければ教育の中立性を害しないといえる。
 乙中学校において、水泳実技が特に不人気だという事情もなければ、代替措置を講じたとしてもそのことにより成績評価に加点されることもない。
 一方、代替措置を講じず水泳実技を強制すればXの信教の自由を侵害する。
 また、教育を受ける権利は社会権の側面もあるが、教育を通じ、思想・良心を深めそれを発信したり政治的な意見形成能力を育んだりしたりという精神的自由の側面も有しており、それは性質上外国人であるXにも認められる。Xは、水泳実技がB教の戒律と反するため授業に参加することができず、代替措置が認められなければ、教育を受けることができない。
 以上によれば、代替措置を講じることは、Xの信教の自由・教育を受ける権利を保護するという好ましい効果を有する一方、B教を優遇する効果は有さない。
 よって、教育の中立性を害さないため、乙中学の主張は正当な理由とはいえない。
 2 信仰を理由とするものなのかどうかの判断が困難
 乙中学では、生徒の4分の1がA国民となっている。また、葛藤を抱えながら水泳実技に参加しているB教徒がいることを乙中学も把握している。
 そうであれば、信仰を理由とするものなのかどうかの判断が困難という事情はなく、正当な理由とはいえない。
 3 他のB教徒女子生徒との公平
 乙中学校には、葛藤を抱きつつ水泳授業に参加しているB教徒女子生徒もいるが、葛藤を抱かせつつ水泳実技を行っていること自体が正当とはいえず、そのような女子生徒との公平を理由に代替措置を講じないことには正当な理由はない。
 4 水泳授業の実施や成績評価への支障
 水泳授業の実施や成績評価は、生徒への教育を公平中立に行うための手段でありその目的は生徒の教育を受ける権利を保障することにある。そうであれば、Xの信教の自由・教育を受ける権利を侵害することに対して正当化の根拠にはならない。
 5 小括
 したがって、代替措置を講じないことは、Xの信教の自由の核心部分を侵害する一方、乙中学の主張は正当とはいえないため、乙中学の評価に全く事実の基礎を欠くかまたは社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超えまたは裁量権を濫用したと認められる
第4 結論
 よって、代替措置を講じずXが水泳の授業に参加しなかったことを理由に保健体育の評定を「2」としたことは違憲である。   以上

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