第1問
第1 詐欺罪(刑法(以下省略)246条1項)の成否
 甲がAから本件キャッシュカード等の手渡しを受け、Aが印鑑を取りに行っている間にショルダーバックに入れた行為について詐欺罪が成立しないか。
 まず、本件キャッシュカードは、預金を引き出す手段として利用する価値のあるものでありこれ自体が「財物」といえる。
 1 「交付させた」
 Aが本件キャッシュカードを甲に手渡しているが、これは「交付させた」といえるか。
 (1)規範
 詐欺罪は、他人を錯誤に陥れて財物の占有を奪う犯罪である。そうであれば、「交付させた」とは、被欺罔者が欺罔者に対して財物の占有を移転させることであると考える。そして、占有は支配の事実およびその意思から判断されることから、占有を移転させたか否かも事実および意思から判断する。
 (2)あてはめ
 Aは、居間に印鑑を取りに行くという短時間にA宅の玄関にいる甲に本件キャッシュカードを手渡しただけであり、甲が本件キャッシュカードをショルダーバックに入れて持ち去ることまで許可したわけではない。この時点では本件キャッシュカードはAの支配領域内にあるといえるから、手渡しただけでは甲に占有が移転した事実はない。また、Aは、甲から「キャッシュカードを証拠品として保管しておいてもらう」と申し向けられており、一時的にAに本件キャッシュカードを預けたもののその後は自ら保管する意思があったといえる。そうであれば、本件キャッシュカードの占有を甲に移転させる意思も有していなかったといえる。
 (3)結論
 したがって「交付させた」とはいえない。
 2 結論
 よって、詐欺罪は成立しない。
第2 同行為につき詐欺未遂罪(250条、246条1項)の成否
 「欺」く行為とは、財物交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。
 しかし、上述のとおり甲の行為はAによる財物の交付に向けられたものではなく、単にAを玄関から遠ざけるものにすぎない。そのため「欺」く行為とはいえない。
 よって詐欺未遂罪は成立しない。
第3 同行為につき窃盗罪(235条)の成否
 本件キャッシュカードは、A(「他人」)の物であり、上述のとおり「財物」である。
 1 窃取
 (1)規範
 窃取とは、他人の占有を侵害する行為をいう。占有侵害があったか否かは、財物の形状等の外形事実および占有者の意思から判断する。
 (2)あてはめ
 キャッシュカードは小さく、鞄に入れてしまうと外から判断できないため、本件キャッシュカード等をショルダーバックに入れた時点でAの追及は困難になったといえる。また、Aはダミーの封筒を本件キャッシュカード等が入った封筒と誤信しており、甲が本件キャッシュカード等を持ち去ったことを認識していないため、追及する意思も有していない。以上によれば、本件キャッシャカード等の占有は甲に移転したといえるため、Aの占有は侵害されている。
 (3)結論
 よって、甲は本件キャッシュカード等を窃取したといえる。
 2 主観
 甲には故意および不法領得の意思が認められる。
 3 結論
 よって、当該行為に窃盗罪が成立する。
第2問
第1 ①の見解
 ①の見解は、事後強盗(238条)を窃盗の身分犯と考え65条1項を適用させるか、事後強盗を結合犯と考え承継的共同正犯を認める立場から乙の行為について承継的共同正犯の成立を認めることにより乙に事後強盗の共同正犯が成立すると説明するものである。
第2 ②の見解
 事後強盗を結合犯と考え、承継的共同正犯を認めないか、承継的共同正犯を認める立場を取りつつ乙の行為については承継的共同正犯が成立せず脅迫罪の限度で共同正犯が成立すると説明するものである。
第3 私見
 乙がCに対しナイフを示しながら「ぶっ殺すぞ」等と申し向けた行為について、事後強盗の共同正犯(60条、238条)が成立すると考える。
 1 構成要件
 甲が現金を引き出そうとした行為に「窃盗」未遂罪が成立し、乙はショルダーバック内の商品を「取り返されることを防」ぐ目的でCに対しナイフを示しながら「ぶっ殺すぞ」と言っている。当該ナイフは刃体の長さ約10センチメートルであり体に刺せば臓器に到達する程であるため殺傷能力がある。このような凶器を示しながら「殺すぞ」と言われれば、本当に殺されるのではないかと畏怖するのが一般的であるから、乙の行為は反抗抑圧に足りる害悪の告知である「脅迫」に該当する。そして、乙の脅迫行為は、甲から「こいつをなんとかしてくれ」と言われたことに対応して行われたものであるから意思を通じており、少なくとも脅迫の限度で「共同」したといえる。なお、乙は、甲が店内の商品を万引きしたものと誤信しているが、甲が窃盗犯であることについて構成要件的に重なっているため結論に影響は与えない。
 2 共同正犯の処理
 もっとも、乙は甲の「窃盗」行為以後に加担している。そこで、65条1項の適用により事後強盗にならないか。
 (1)事後強盗罪の性質
 事後強盗を窃盗と暴行脅迫の結合犯とする考えもあるが、この場合、窃盗の着手時点で事後強盗罪の未遂罪が成立する余地があり、成立が早すぎるという問題がある。
 事後強盗罪は「窃盗が」と規定されていることから、窃盗の身分犯と考える。
 (2)65条1項の適用
   ア 規範
 65条1項は「身分によって構成すべき」と規定されており身分のない者に共犯を認めるものであるから真正身分犯、2項は「身分によって・・・軽重があるとき」と規定されており身分の有無で適用される刑を区別するものであるから不真正身分犯を規定したものであると考える。
   イ あてはめ
 事後強盗罪は上述のとおり「窃盗」の身分犯であり、「窃盗」という身分がないと犯罪が成立しないため、真正身分犯である。
   ウ 結論
 よって、65条1項が適用される
 3 結論
 以上により、「窃盗」の身分を有する甲と「共同」した乙には事後強盗罪の共同正犯が成立する。
第3問
 丙は、ボトルワインを投げつけるという有形力の行使(「暴行」)によりD加療約3週間を要する頭部裂傷という「傷害」を負わせているため、傷害罪(204条)が成立する余地がある。
第1 故意がないとする説明
 丙は、甲に向かってボトルワインを投げたところ、結果としてDに当たってしまったことから、Dに対する傷害の故意がない、と主張することが考えられる。
 しかし、故意責任の本質を、規範に直面し反対動機が形成可能であるにもかかわらずあえて行為に及んだことに対する道義的非難であると考えると、意図した結果と生じた結果が構成要件的に重なり合う限度で反対動機が形成できるため故意が認められる。
 丙が意図した結果は、甲に対する傷害罪であるが、結果としてDに生じさせた結果も傷害罪であり構成要件が同一であるから、傷害罪に対する反対動機は形成可能であった。
 そうすると、丙の傷害罪の故意は阻却されないおそれがある。
第2 正当防衛が成立するという説明
 丙は、甲からナイフを突きつけられていたDを助けるために当該行為に及んでいることから、正当防衛(36条1項)が成立する、と主張することが考えられる。
 しかし、傷害の結果は、甲ではなくDに発生しており、「不正の侵害に対して」の行為とはいえないともいえる。
 そうすると、正当防衛は成立しないおそれがある。
第3 緊急避難が成立するという説明
 丙は、甲の現在の危難をさけるために当該行為を行ったことから、緊急避難が成立する、と主張することが考えられる。
 しかし、傷害の結果は危難にさらされているDに対し発生しており、「現在の危難をさけるため」の行為とはいえないともいえる。
 そうすると、緊急避難は成立しないおそれがある。
第4 誤想防衛により責任故意が阻却されるという説明
 丙は、甲からの不正の侵害に対してDの権利を防衛するために行った行為であると認識しており、その認識が正しければ違法性が阻却されるため、反対動機が形成されないから責任故意が阻却される、と主張することが考えられる。
 しかし、現実に甲による不正の侵害は発生していたのであり、丙の認識は誤信とはいえない。そうすると、発生した結果と丙の認識に不一致はなく、上述のとおり、丙の故意は否定されずかつ正当防衛が成立しないというのが客観的事実であれば反対動機は形成可能であるため、責任故意が阻却されないおそれがある。  以上

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