第1 甲が、A社社員総会を開催せず「社員総会議事録」を作成したことについて、有印私文書偽造罪(刑法(以下省略)159条1項)が成立しないか。
 1(1) 甲は、社員総会議事録を作成し、それを交付することによって、社員総会を経たと見せかけようとしているため、「行使の目的」が認められる。
  (2) 甲はA社の代表社員である。甲は「代表社員甲」と署名し印を捺印しているが、これは「他人の印章」といえるか。
   ア 私文書偽造は、文書に対する信頼を保護法益とする。そうであれば、誰の印であるかは、問題となる文書について、誰の印であると信頼するかによって判断する。
   イ A社において、社員総会で利益相反取引の承認が行われた場合には、社員の互選により選任された社員総会議事録作成者が、その旨記載した社員総会議事録を作成の上、これに署名押印することが必要である旨定められていた。甲(「社員」)は、自らの借金の担保に本件土地に抵当権を設定しようとしており、「持分会社」と「利益が相反」(会社法595条1項2号)する取引といえる。そうであれば、社員総会議事録には「社員の互選により選任された甲」が議事録を作成し(名義人)、署名押印をしたものと信頼する。「社員の互選により選任された甲」は、「選任されていない甲」にとって他人である。
   ウ したがって、「他人の印章」といえる。
  (3) 「社員総会議事録」は、総会決議を経たという「事実証明」に関する「文書」である。
  (4) 上述の通り、本件文書の名義人は「社員の互選により選任された甲」であり、作成者である「選任されていない甲」と同一性を偽っているため、「偽造」といえる。
 2 上記の行為について、甲に故意が認められる。
 3 したがって、有印私文書偽造罪が成立する。
第2 甲は、上記文書(「前3条の文書」)をDに交付し、Dは、承認手続が適正になされたと信じているので、真正な文書と信用させている(「行使」)。
 したがって、この行為に、有印偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
第3 甲が、偽造文書をDに交付し、1億円の融資を受けたことについて、詐欺罪(246条1項)が成立しないか。
 1(1) 甲は、社員総会を経ていないにもかかわらず、社員総会を経ているような議事録を作り、Dに交付しており、錯誤に陥れる行為であるといえる。また、Dは、抵当権設定契約が有効性について善意無過失で信頼しているため、本件土地についていずれにせよ抵当権を取得できるが、真実を知った場合、抵当権が無効になることもあり、Dが融資を行わないことも考えられる。そうであれば、上記の行為は、財産の処分に向けてなされたといえる。
 したがって、「欺」く行為が認められる。
  (2) 甲は、1億円(「財産」)の融資を受けている(「交付させ」)。Dは、担保として本件土地に抵当権の設定を受けているが、詐欺罪は個別財産に対する罪であり、融資を受けた時点で既遂になる。
 2 また、上記について、甲に故意及び不法領得の意思も認められる。
 3 したがって、詐欺罪が成立する。
第4 甲が、社員総会の承認を経ずに本件土地に抵当権を設定したことについて、業務上横領罪(253条)が成立しないか。
 1(1) 甲は、A社の代表社員であり、本件土地の管理は「業務上」の行為である。
  (2)ア 「自己の占有」とは、横領が、委託信任に基づいて自己が支配する物を領得する犯罪であることから、事実上の支配力を有することであると考える。
   イ 甲は、A社の代表社員であり、不動産の処分・管理権を有している。そうであれば、本件土地を自由に処分・管理できたといえるから、事実上の支配力を有しているといえる。
   ウ したがって、「自己の占有」する物である。
  (3) 本件土地は、A社が所有している(「他人の物」)
  (4)ア 「横領」とは、委託信任関係を破壊するものであるから、権限逸脱行為であると考える。
   イ A社では、利益相反取引をするには社員総会による承認が必要である。上述の通り、本件土地に抵当権を設定することは利益相反取引であり、総会の承認を経ずに抵当権を設定することは甲の権限外の行為である。
   ウ したがって、権限を逸脱しているから、「横領」といえる。
 2 甲には、上記行為についての故意及び不法領得の意思が認められる。
 3 したがって、業務上横領罪が成立する。
第5 甲は、Dに対し、本件土地の抵当権設定登記を抹消するよう申し入れ、Dは、甲の求めに応じ抹消手続をしている。
 これにより、登記が抹消されたという限度で「不法の利益」があるとも思えるが、甲は、本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなく、Dを錯誤に陥れる意図はないから、「欺」く行為とはいえない。
 したがって、2項詐欺罪(246条2項)は成立しない。
第6 甲が、Dに対して、本件土地を売却しないと約束していたにもかかわらず、Eに売却したことについて
 1 甲の罪責
 甲に、Dに対する背任罪(247条)が成立しないか。
  (1)ア 本件土地のDの抵当権設定登記は抹消されているが、現実にはDは抵当権を有しており、甲は、他に売却しないとDに約している。そうであれば、甲は、Dのために本件土地の担保価値を維持することを委託されているといえるから、「他人のためにその事務を処理する者」といえる。
   イ 甲は、本件土地を売却した代金を自己の用途に充てる目的であるから、「自己・・・の利益を図」る目的がある。
   ウ 甲は、Dのために本件土地の担保価値を維持する任務を任されていたが、本件土地をEに売却しており、この委任の趣旨に反する「任務に背く行為」といえる。
   エ Eは、甲の意図を知らず、A社との正規の取引であると善意無過失で信頼しているため、本件土地の完全な所有権を取得し、抵当権設定登記を有しないDは、抵当権をEに対抗できない(民法177条)。
 したがって、甲は、Dの抵当権を失わせた(「財産上の損害を加えた」)といえる。
  (2) 上記の行為について、甲に故意が認められる。
  (3) 以上により、甲にDに対する背任罪が成立する。
 2 乙の罪責
 乙は、本件土地をEに売却するよう甲を説得しているが、Dに対する背任罪の共同正犯(60条、247条)が成立しないか。
  (1) 共同正犯は、互いに利用補充し合って犯罪実現の危険を高めることに処罰根拠がある。そうであれば、「共同」とは、①共同実行の意思、②結果発生に対する重大な寄与が認められることであると考える。
  (2)ア ①乙は、甲から、Dから本件土地の担保価値を維持する任務を任されているという事情を説明されている。したがって、本件土地の売却が委託信任関係に背く行為と認識しつつ、売却の説得をしており、背任を共同して実行する意思を有している。
   イ ②しかし、背任行為者である甲と、それによって利益を得る乙は、一種の必要的共犯ともいえるから、共同正犯の成立には、通常よりも積極的な関与が必要であると考える。
 たしかに、甲は、本件土地を売るわけにはいかないと言っていたのに、利益を示し積極的に売却を持ちかけたのは乙である。しかし、乙の関与はその説得にとどまり、本件土地の売却に必要な書類の交付や、Eへの所有権移転登記手続はすべて甲がやっており、乙は何ら具体的な指示・関与をしていない。そうであれば積極的な関与により結果発生に対する重大な寄与をなしたとはいえない。
  (3) したがって、「共同」したいえないため、乙に背任罪の共同正犯は成立しない。
第7 甲がA社の所有する本件土地を売却したことについて
 1 甲の罪責
 甲に、A社に対する業務上横領罪(253条)が成立しないか。
  (1) 甲は、A社の所有する(「他人の物」)本件土地を「業務上」「占有」しており、自己の利益を図るために本件土地をEに売却している(「横領」)。
 また、上記行為につき、故意及び不法領得の意思も認められる。
 したがって、業務上横領罪が成立する。
  (2) なお、本件土地については、上述したようにDに抵当権設定した時点で既に業務上横領罪が成立しているが、抵当権の設定だけで財産権侵害が全て評価されたとはいえないから、当該行為は不可罰的事後行為ではない。
 2 乙の罪責
 乙に、業務上横領罪の共同正犯(60条、253条)が成立しないか。
  (1) 横領は、背任と異なり、権限逸脱行為であり違法性が強いから、背任の場合のように通常よりも積極的な関与までは要求されない。
 ①乙は、本件土地がA社の物であると知りつつ、売却をもちかけており、横領行為を共同して実行する意思があるといえる。
 ②また、売却に否定的であった甲を翻意させ、自らも横領行為によって利益を得ており、犯罪実現に意欲的である。そうであれば、犯罪の実現に重大な寄与をしたといえる。
 したがって、「共同」関係がみとめられる。
  (2) 業務上横領罪は、「業務上」という加減的身分と、「占有」という構成的身分が複合した犯罪である。そこで、前者について65条2項を適用し、後者について同条1項を適用する。
  (3) 以上により、乙には業務上横領罪の共同正犯は成立しないが、単純横領罪の共同正犯(60条252条1項)が成立する。
第8 罪数
 1 甲について
 ①有印私文書偽造罪、②有印偽造私文書行使罪、③詐欺罪、④Dに抵当権を設定したことについてのA社に対する業務上横領罪、⑤Dに対する背任罪、⑥Eに本件土地を売却したことについてのA社に対する業務上横領罪が成立する。
 ①と②は、手段と結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。②、③、④は一つの行為から生じているから観念的競合(54条1項前段)となる。⑤と⑥は、一つの行為から生じているから観念的競合となる。それらは併合罪(45条前段)となる。
 2 乙について
 単純横領罪の共同正犯一罪が成立する。  以上

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