R1予備試験 刑法

第1 甲が本件土地をAに売却したこと
 1 業務上横領罪(刑法(以下略)253条)の成否
 甲は不動産業者であり、不動産の管理を反復継続しておこなっている(「業務」)。本件土地は、V(「他人」)の「物」である。
 横領罪は財産罪であり、権利者として振舞う意思である不法領得意思の実現が処罰根拠である。そして、権利者として振舞うとは権限逸脱行為である。また、横領の対象が不動産である場合は、移転登記をもって権利移転が確実になるため、その時点で既遂といえる。
 甲はVから本件土地に抵当権を設定するよう委託を受けたがその趣旨を逸脱して本件土地の売買契約を締結し、移転登記に必要な書類を渡しているため、横領行為の着手はある。しかし、当該行為に表見代理の適用はなく、移転登記も済んでいない。
 したがって、横領は既遂とはいえない。
 よって、横領罪は成立しない。
 2 背任未遂罪(250条、247条)の成否
 甲は、V(「他人」)のために本件土地に抵当権を設定することを委託されている(「事務を処理する者」)。また、「任務に背く行為」とは、権限逸脱に及ばない権限濫用行為をいうが、上述のとおり、当該行為はVから与えられた権限を逸脱するものであるから、権限濫用も含まれる(「任務に背く行為」)。
 しかし、上述のとおり、Vが本件土地の所有権を失うことは確定的となっておらず「財産上の損害を加えた」とはいえないため既遂結果は生じていない。
 甲には当該行為の故意があり、売却代金の一部を自己の借金返済に充てる(「自己・・・の利益を図」る)「目的」もある。
 よって、背任未遂罪が成立する。
第2 甲が本件土地の売買契約書の売主欄に「V代理人甲」と署名したことにつき有印私文書偽造罪(159条1項)が成否
 まず、本件土地の売買契約書(以下「本件契約書」という。)は、本件土地の「権利、義務・・・に関する文書」である。
 1 偽造
 偽造とは、作成者と名義人の同一性を偽ることである。偽造罪は、文書の信頼を保護するものであり、文書への信頼とは、文書に表示された意思が名義人に帰属することであることからすると、名義人とは、文書から読み取れる意思の帰属主体であり、作成者とは、文書に意思を表示させた者であると考える。
 本件契約書には「V代理人甲」と署名がある。代理行為の意思は本人に帰属するため、名義人はVである。しかし、Vは甲に代理権を授与しておらず、意思を表示したのは甲である。
 したがって、名義人と作成者の同一性を偽っているため、五偽造といえる。
 2 他人の・・・署名
 甲は、「V代理人甲」と署名しているが、Vの代理人ではないため、「他人の・・・署名」を用いたといえる。
 3 主観的構成要件
 甲には、当該行為の故意および本件契約書を用いて本件土地を売却しようという「行使の目的」がある。
 4 結論
 よって、当該行為について甲に有印私文書偽造罪が成立する。
第3 本件契約書を甲に渡したこと
 甲は、本件契約書(「前二条の文書」)をAに渡すことにより、他人が認識しうる状態においた(「行使」)といえる。よって、同行使罪(161条1項)が成立する。
第4 甲がVの首を絞め海に落としVが死亡したことにつき殺人罪(199条)の成否
 1 客観的構成要件
 (1)実行の着手
 行為の危険性は客観面と主観面により構成されるから、時間的場所的近接性があり同一の目的を有する一連の行為に結果発生の危険性が認められる場合は、一つの実行行為と評価できる。
 甲がVの首を絞めた行為は午後10時、海に落とした行為は同時半頃に行われており30分しか離れておれず距離も1キロ程度しか離れていないため時間的場所的近接性がある。Vの首を絞めた行為はVを殺害する目的で行われており、海に落とす行為は死体を海中に捨てる目的で行われたものである。しかし、後者はVを殺害した証拠を隠滅するものであり、Vへの殺人をやり遂げようという同一目的を有している。よって、これらの行為は一つの行為と評価できる。
 Vの首を絞めてから午後10時半に港から海に落とした行為は、Vを弱らせた上、暗い港では容易に陸に上がれる箇所もなく、さらに周りに誰もいないために助けを求めることもできずに溺死させるおそれがある。
 よって、甲の一連の行為はVの死という結果を発生させる危険を有するため殺人罪の実行行為と認められる。
 (2)その他の要件
 当該行為によって、V(「人」)は死亡(「殺した」)した。
 2 主観的構成要件
 Vの死亡は、甲が想定していたものと異なる因果経過により発生しているが、同一構成要件内の錯誤であり反対動機形成可能であるため故意を阻却せず殺人罪の故意が認められる。
 3 結論
 よって、殺人罪が成立する。
第5 罪数
 以上により、甲には①横領罪、②私文書偽造罪、③同行使罪、④殺人罪が成立する。②と③は手段と結果の関係にあるため牽連犯(54条1項後段)となり、それとその余の犯罪が併合罪(45条)となる。  以上

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