イラストレーター、田代卓氏。少年マンガのキャラクターの世界をイラストレーションに応用。ジャパニーズキッズと言われる独自の人気イラストを展開。しかし、田代氏は、今後、アートの世界へすすむことを決意。まさに、いい意味でイラストレーターから、はみだしちゃったのである。
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イラストレーター、田代卓氏。少年マンガのキャラクターの世界をイラストレーションに応用。ジャパニーズキッズと言われる独自の人気イラストを展開。しかし、田代氏は、今後、アートの世界へすすむことを決意。まさに、いい意味でイラストレーターから、はみだしちゃったのである。

小笠原聖佳(おがさわらせいか)

田代さん①

東京。東横線。自由が丘駅。グォーンとした灰色の雲が空一面に広がって、今にも雨が落ちてきそうな気配である。梅雨は、まだ明けていない。

自由が丘駅の改札を出て、イラストレーター、田代卓氏のオフィスに向かう。田代氏のイラストは、正円、楕円、直線を使い、シンプルでありながらも、マンガキャラクターの愛らしい雰囲気ももっている。

ミスタードーナツのグッズにも使われたこともあり、思わずニコッとしてしまう人気のイラストなのだ。

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「イラストレーションを意識したのは、桑沢デザイン研究所で勉強しているとき、故安西水丸氏の特別授業を受けてからですね。子どもの頃に描かれた絵や、マンガみたいな絵、いろんな作品を当時のスライドで見せてくれて。あー、こういう仕事もあるのかと興味をもちました。


学生時代は、故和田誠氏や横尾忠則氏の大スターの作品に刺激を受け、桑沢に通いながら公園通りで山口はるみ氏のパルコのイラストにドキッとしたり、池袋西武の故田中一光氏のポスターにワクワクしたり、モノ創りを目指すには、たまらなく充実した環境でしたね。」

1975~1985年ごろだろうか。僕も、パルコの山口はるみ氏、池袋西武の故田中一光氏などの作品からは、多くのクリエイティブパワーを受けた。


「私のイラストは、故安西水丸氏の影響もあるかもしれないけれど。やはり少年マンガの世代だから。鉄腕アトムとか鉄人28号。そうしたマンガのキャラクターの世界をイラストレーションにもってきたと言えると思うんです。


シンプルな描き方は、子どものころおぼえてしまったのですが。イラストレーションを勉強していくうちに、逆にシンプルな描き方って強いなと思えてきて。シンボルマークを創るようなスタイルで正円、楕円、直線で仕上げるようになりましたね。だから、イラストというよりも、マークをデザインしているという感じです。」

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しかし、田代氏は、今から5年ぐらい前に大きな転機を迎えていた。


「イラストというよりも、もっと大きなサイズのアートに向きはじめたんです。頼まれているイラストやグラフィックの仕事は続けますが。これからはアートとしての活動を国内外問わず、展開していきたいと思っています。
大きなアート作品を描きたいですね。すでにアトリエとして使う建物を、地元、静岡県の清水に建ててしまいました。名前はFORT  PORT  SHIMIZU。1階をアトリエにして、清水に移住しようと思っているんです。」


田代氏は、もう自分の先を見つめていた。


「あと5年か、10年経てば、今よりももっと大きなサイズの絵を描きたいと思うのか。もっと小さいものを描きたいと思うのか。版画にいこうと思うのか。いろんな選択肢が出てくると感じています。
結局、アートも、イラストもビジュアルコミュニケーションなんですよ。伝える方向がマスに向くのか、個人(自分自身)に向くのか、アートコレクターに向くのか、広告代理店のアートディレクターや編集者に向くのかの違いなんですよ。
ただ創る人のスタンスが、デザイン的な考えとアートの考えと、ちょっと違うんだなと思います。そのちょっとというのが、とてつもなく大きな感じがするんです。それは、これから自分でやってみて、回答が出るのか、出ないのか、今からワクワクしています。」

田代さん④

みんな、生きている答えを探している。

右へ行ったり、下へ行ったり、まっすぐ行ったり、迷ったり。

なんで生きているんだよ、

なんで生まれてくるんだよ、

なんで死ぬんだよ、と。

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小笠原聖佳(おがさわらせいか)
コピーライター/インタビュアー/吟遊詩人/キャッチコピーは、生きろというメッセ―ジも持っている。食の広告ではこれを食べて、衣服の広告ではこれを着て、採用の広告ではここで働いて、生きろと。今日も僕は「みんな、生きろ」とキャッチコピーを創り続ける。