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“実験”の先に“必然”は生まれる-「マティス 自由なフォルム」を鑑賞して

国立新美術館で開催中の「マティス 自由なフォルム」展を鑑賞した。昨年も東京都美術館でマティスの軌跡をたどる展覧会が開催されたが、今回はニース市(フランス)のマティス美術館の所蔵作品を中心に、晩年に到達した切り紙絵に焦点を当てた内容となっている。

私は、本展覧会の開催を心から楽しみにしていた。なぜ、「切り紙絵」という意外な手法に至ったのかの秘密を知りたかったからだ。

結論から言えば、切り紙絵はマティスがたどり着くべき場所であり、生涯が凝縮された形だった。

マティスの作家としての生涯を一言で言い表すとすれば「実験」だ。「色彩の魔術師」と言われて来たが、色彩や平面の絵画に留まることなく、線や彫像などの立体物(彫像)、舞台装置などの空間造形など、様々な様式や素材で休むことなく自分の作風をアップデートし続けて来た。

その作風の変化を誘発する触媒のような存在として、本展覧会では「アトリエ」というテーマを設けている。パリ・セーヌ川沿いの場所を皮切りに、南仏ニースへ。同地でアトリエを転々とさせ、その度に作風が変化していく。マティスにとってアトリエは新たな啓示を受ける神聖な「実験室」なのだ。

「デッサン」に着目しているのも本展覧会の特徴だ。作家がデッサンを描き、そこからバリエーションが生み出されるプロセスが紹介されている。アトリエが大きな実験の場だとすれば、デッサンは日々の実験ということになる。まずモデルと語らいながらの3時間程度のセッションを3回、そこでは対象物を徹底的に観察しアタマに叩きこむ。そこで生まれた木の幹のような基本形から、枝葉としてのバリエーションが広がって行く。デッサンを描く時の心境を、マティスはこう語っている。

紙葉の上に生まれる私の鉛筆の進行は、暗闇のなかを手探りで進む人の動作とどこか似たところがある。つまり、私の行路は全く予測されたものではない。私は導かれるのであって、私が導くのではない。

そして1947年、マティス78歳の時、切り紙絵の作品集「ジャズ」が生み出される。

実験を繰り返しながら、作家が悩み続けて来たのは「線と色の衝突」だった。晩年に体調を崩し体力を失っていた作家だが、その「不自由さ」を克服しようとする葛藤の中から、線と色の衝突を解決する切絵紙という「自由なフォルム」が生まれた。

≪切り紙絵のための習作(陶版)≫

切り絵紙の技法は以下の通りだ。まず大きなハサミを手に、マティスはあらかじめグアッシュで塗っておいた紙から多彩な形態を切り抜く。次いで切り抜かれたモチーフは支持体にピン留めされる。そして、適切な位置が見つかるまで、フォルムを自在に動かす。マティスが作品と見なすと切り抜きはトレースされ、カンヴァスで裏打ちした別の支持体に糊付けされる。

≪マティスの自宅に貼られた切り紙絵≫

切り絵紙の本質は、その可変性にあり、アトリエの壁面上でマティスの心のままに組み合わされ、ピン留めの後に糊付けされるが、あくまでも軽く、ほんのわずかな空気の動きにも反応して震えた。(展覧会図録より)

本展覧会のポスターのメインビジュアルにもなっている≪ブルー・ヌードⅣ≫は、マティスの代名詞とも言える青の切り絵紙作品だが、同じ青でも微妙に異なる色彩が組み合わされている。

≪ブルー・ヌードⅣ≫
≪ブルー・ヌードⅣ部分拡大≫

本展覧会の最大の目玉は、5枚のカンヴァスが繋げられた縦4メートル、幅9メートルの巨大な切り紙絵≪花と果実≫。4つの花びらと3つの果実がユニット状に組み合わされ、画面が構成されている。本展の出品のために大規模な修復が行われたという。

≪花と果実≫

展覧会の最後のコーナーには、マティスの人生と作風の集大成とも言える南仏ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂の室内が再現されている。
装飾物から司祭の服に至るまで、あらゆるものが切り紙絵のモチーフでデザインされている。

ロザリオ礼拝堂のためにつくられた≪紫色のカズラ(上祭服)のためのマケット(正面)≫

ステンドグラスを通して光が差し込む空間に身を置くと、それが陽光のように感じられ、なんとも言えない幸福な気分に包まれる。

再現されたロザリオ礼拝堂の室内

マティスの世話をし、モデルも務めた修道女は礼拝堂について「その人柄そのまま」と語っていたという。

作品として遺した場所で、この世を去った後も、誰もが童心に帰って自分や神と対話している。マティスの人生の到達点は幸福に満ちたものだったのだろう。

#マティス   #マティス 自由なフォルム #ロザリオ礼拝堂

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