人間の顔をしたイノベーション

    去る6月15日、武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科修士2年の授業「クリエイティブリーダシップ特論Ⅱ」のゲスト講師として、江渡浩一郎さん(国立研究開発法人産業技術総合研究所主任研究員)をお迎えした。江渡さんはSensorium(センソリウム)や未来科学館の「インターネット物理モデル」などの作品で数々の受賞歴があり、最近では、共創イノベーションの実践研究を手がけられており、ニコニコ学会βなどをプロデュースして来られた日本を代表するメディアアーティストだ。

 講義のタイトルは「創造性の基盤を探る」。これまで手掛けられて来たプロジェクトをご紹介頂きながら、どのように創造的な場を支える仕組みや共創的イノベーションを創出して来たかをわかりやすくお話し頂いた。いや、説明のされ方は丁寧で「わかりやすく」を心がけていらっしゃったが、内容は少なくとも私には「わかりやすい」ものではなかった。このレポートでは「知ったかぶり」を避け、自分が感じ取った等身大の感想を述べたい。

 江渡さんが長年、研究・実践されて来た共創型プラットフォームの源流となっているのは「パターン・ランゲージ(pattern language)」。Wikipediaによれば「建築家クリストファー・アレグザンダーが提唱した建築・都市計画にかかわる理論。単語が集まって文章となり、詩が生まれるように、パターンが集まってランゲージ(言語)となり、このパタン(註:Wikipediaではこう表現されている)・ランゲージを用いて生き生きとした建築やコミュニティを形成することできる、とされる」とある。江渡さんによる解説を付け加えると「利用者自身が建築を設計する方法論」ということになる。この概念がネット空間に応用され、Wikipediaに結実されたというストーリーに、私ははら落ちした。これまで、ネットの仕事と施設開発の仕事に携わる経験を通じて、その構造やプロセスに類似したものを感じて来たからだ。

 そのWikipediaを成功に導いた「7つのメタルール」も面白い。特に重要とされる「偏向を避ける」の原文は「Avoid bias」。いま、多くの組織や企業では「Unconscious bias(無意識の偏見)」が課題となっているが、ネット空間でありながら、いやネット空間だからこそ発生し極大化しがちな人間の“本性”に目を向けた点は先見の明を感じる。

 そうした先行事例を経て、江渡さんが実験的に手掛けられたのが「ニコニコ学会β」だ。「人々が科学に出会う場所」として、専門家や研究者に閉じず、誰でも参加できるユーザー参加型の研究プラットフォーム。そこでは“野生の研究者”たちが集う。そこ根底に流れる「科学(サイエンス)は専門家だけのものではない」という理念がチャーミングだ。

 この実験を踏まえて、江渡さんは共創型イノベーションを創出する法則として下記の2つを発見・提唱されている。
その1:ユーザーは、世界を変えるような発明・発見をする可能性がある。
                    (ユーザー・イノベーション)
その2:ユーザーが発明・開発しやすい環境を整える。

                     (インクルーシブデザイン)
 だが、それにも増して大切なこととして「共通善」を挙げ、それこそが「共創」と「協業」を分かつもの、だとされる。

 江渡さんが活動されて来たのは、主にメディアアートの世界だが、提唱される共創の在り方はこれからのリアルな組織・コミュニティ・社会にこそ大切な要素が多く含まれていると感じた。


 そのキーワードは「情熱」ではないだろうか。これも、江渡さんがご講演の中で、たびたび口にされた言葉だ。

 デザインやアートの世界の中で、たびたび登場する「ブリコラージュ」という概念がある。これは文化人類学者のレヴィ・ストロースが提唱した「理論や設計図に基づいて物を作る『設計』とは対照的に、その場で手に入るものを寄せ集め、それらを部品として何が作れるか試行錯誤しながら、新しいものを生み出す」とされるものだ。そこでは、その場の在り方や即興性そしてモノをつくろうとする情熱が何よりも必要だ。そして、これまでの近代的機械文明で失われがちなものに光を当てる。つまり「人間の顔をしたイノベーション」。それこそが、江渡さんが伝えようとされたのではないか、と私は理解した。


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