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自分を尊敬できなければ、他者を尊重することはできないー「人間主義的経営」を読んで

  ある経営者の哲学が詰まった素晴らしい本を読んだ。著者ブリネロ・クチネリは、イタリアの高級カシミア製品メーカーの創業者。書籍に掲載されているプロフィールは以下の通りだ。

人間主義的経営 | ブルネロ・クチネリ, 岩崎 春夫 |本 | 通販 | Amazon

 1953年農家に生まれる。1978年カシミヤを染める小さな会社を設立し「経済的倫理的な側面における人間の尊重」を守る労働という理想を掲げる。村の崩れかけた城を買い取り、そこに彼の会社を置く。本社のあるソレメオ村の振興に取り組み、文化と美と出会いに捧げる「学芸の広場」を建設する。2012年「職人工芸学校」を創設。その「人間主義的資本主義」によりイタリア国内外から数々の勲章や権威ある賞を受けている。

Investor Relations Brunello Cucinelli

 同著は、クチネリの「人間主義的資本主義」のエッセンスと珠玉の言葉が散りばめられた宝石のような一冊だ。幼児期や大学時代の思い出から、ビジネスを通じた日本を含む世界中の人との交流、未来を創る世代への想いが、平易な言葉ながら決して借り物ではないからこその説得力で語られる。その言葉のいくつかを通して、その信念の一端を紹介する。

 序盤には、その哲学の礎となった幼年時代に両親を含む3世代13人と暮らした、日々の生活や教えが、彼を育んだ風景が眼前に広がるようなイキイキした文章で語られる。

父は素朴な農民でしたが、どんな計画も自分で体を動かす努力を欠いてはならず、人間と人間の尊厳を最も重要な目標に掲げることを教えてくれました。企業家としての私の成功を支えた価値観は父から教えられたのです。

 自社の製品が、自国の歴史や文化に対する尊敬に拠って立つものだということを堂々と標榜し、グローバリゼーションへの疑問符を投げかける。と同時に、訪問した日本を含むあらゆる国の歴史や文化についても尊敬の念を持って語る。

製品の本物の価値は、よって立つ国の歴史、特徴、技術、モノづくりの伝統を表現することから生まれ、独自の個性を発揮することで普遍性を獲得すると思うからです。その方が均一的なグローバリゼーションよりもはるかに大きな価値を生み出すと私は確信しています。

 また、美の本質について以下のように語る。

美しいものは簡素である。これは美の本質です。部分を切り捨てるのではなく、英知によって選択を重ね、全体を統合することによって簡素な美は生み出されます。

グローバリゼーションに蝕まれた「働き方」についても警句を発している。

労働は人間の生活や心身のバランスを保つために必要な休息を蝕むものであってはなりません。適切な労働とは心に遊びのような刺激を与え、身体に健全な疲労をもたらすものだと思います。

 本書に一貫して通底する哲学は「尊敬と尊厳(Respect and Dignity)」だ。両親や家族への尊敬。自国を含むあらゆる国や文化への尊敬。美の尊厳。働くことの尊厳。人間の尊厳。そして、自分という人間を自分で尊敬できなければ、他者や異なるものへの尊敬は生まれないという「正しいプライド(自尊心)」が、そこから浮かび上がって来る。

 2019年、ソロメオ村にアマゾン、ツイッター、セールスフォース、リンクトイン、ドロップボックスなど、著者が「西暦3000年紀のレオナルド・ダ・ヴィンチたち」と呼ぶ名だたるIT企業の創業者やCEOが集まり3日間の対話集会が開かれたという。長らく取沙汰されて来た「資本主義の見直し」が、コロナという状況によっていよいよ待ったなしとなったいま、多くの人に手に取って欲しい一冊だ。

#ブリネロ・クチネリ #人間主義的経営  


 


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