石巻から世界へ広がるストーリー

去る7月27日、武蔵野美術大学大学院造形構想研究科修士2年の授業「クリエイティブリーダシップ特論Ⅱ」のゲスト講師として、芦沢啓治建築設計事務所代表・芦沢啓治さんをお迎えした。横浜国立大学建築学科卒業後、1996年からarchitecture WORKSHOP。2002年に家具製作工房 super robot に参加され2005年に芦沢啓治建築設計事務所を設立。建築やインテリアだけに留まらず、家具やプロダクトのデザイン、工房運営、そしてプロトタイプ展01-04などの展示会デレクションまで行っていらっしゃる。

 講義は、まず現在の仕事についての紹介から始まった。その活動は住宅の設計、インテリアデザイン、IKEAやMUJIなどのプロダクトデザインに留まらずブランディングなど多岐に渡るが素晴らしいのは、事務所を構える地元に「DESIGN小石川」という、小石川の街と未来をデザインするショースペースをオープンされていること。

 そんな芦沢さんに転機が訪れたのは、2011年3月11日の東日本大震災の時だった。クライアントのある石巻を訪れ、ある店舗の主人が懸命に店を改装する姿を目にし、公共工房を設立することを思いつき、日本財団などから資金を調達。「石巻工房」が生まれた。野外映画館のためのベンチを造ったり家具づくりのワークショップを開催したりしながら、継続するためにはボランティアでは限界があると考え、ビジネス化へとシフト。現地の材料を使ったベンチやスツールといった家具のデザインと販売を始める。

 その活動が世界中に広がった。「Made in Local project」と称するその取り組みでは、デザインは統一しながら「現地で手に入る材料で現地でつくり現地で販売する」ことが基本ルール。イギリスの家具ブランドSCPとの協業を皮切りに、ドイツ、スカンジナビア、アメリカ、インド、フィリピンへと展開されている。

 芦沢さんはデザイン教育にも熱心に取り組まれている。立命館大学、東京理科大学といった国内の大学だけでなく、アメリカ・ミシガン大学と連携するなど、国内外の学生にワークショップを行い、「自分でつくること」を通じてモノづくりを理解してもらう活動をされている。

 芦沢さんの活動をお聞きし、改めて「ブランド」について考えさせられた。ブランドとなるものとそうでないものの差は、そこに「ストーリー」があるか否かだ。だが、石巻工房のブランドストーリーは、震災地の取り組みに共感して・・・といったレベルのものではない。何が真のブランドとそうでないものを分けているのか?改めて、講義の中でご紹介頂いた作品群を見直してみた。

 共通しているのは「シンプルな機能性が美しさそのもの」となっていること。私は「技術は磨かれるほど透明になる」という言葉を思い出した。画家・アーティストの山口晃さんが仰ったらしい。石巻工房のスツールに代表される芦沢さんの作品は、建築、インテリア、プロダクト・・とジャンルは異なっても透明感がある。そして、そこに至るち密な設計と工程が隠されている。

「継続性」という言葉を、芦沢さんがたびたび口にされた。計算されつくしたデザインと制作プロセス、どこかから調達するのではなく「身近に入手できる素材でつくり、売る」という地に足の着いた理念、共に自分の手を動かすことによって得られる共通感覚、それらが絶妙なアンサンブルを構成して初めて「石巻工房」ブランドは国や文化を越えて広がる腰の強さを持っているのだろう。自分の店を必死に蘇らそうとした石巻のお店の主人の思いがストーリーとなって、芦沢さんというメディアを通じ、国や世代を越えて伝わっていることに、私は言いつくせない感動を覚えた。


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