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その意思決定。誰かに誘導されていませんか?-映画「PLAN75」を見て

 第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で特別賞を受賞し話題となった映画「PLAN75」を鑑賞した。早川千絵監督にとって初の長編作でもある。

映画『PLAN 75』オフィシャルサイト 2022年6/17公開 (happinet-phantom.com)

 舞台は少子高齢化がさらに進んだ日本。ある事件を契機として、満75歳から生死の選択権を与える制度「プラン75」(まるで生命保険の商品名のようだ)が国会で可決され、制度として導入される。物語は、この制度の当事者や関係者となった、老婦人、プラン75窓口係となる市役所の職員、制度を執行する施設で働くフィリピン人や申込者に対応するコールセンターのオペレーターたちの姿を描く。

「よくぞ、描いた」というのが見終わっての率直な感想だ。我われが直面している、しかし見たくない問題を描くが、大袈裟な展開のない抑制が効いた演出によって登場人物たちの心情を浮き彫りにする。サービスの説明の仕方や「申込者」をその日までサポートするオペレーターの対応も、嫌味がなく押しつけがましくなく「なるほど、日本だとこんな感じだろうな」と思わせるようなリアリティがある。国や行政は「制度はあくまで制度。決めるのはあなた」というスタンスをとるが、自然と背中を押されてしまう怖さも実感できる。

 私たちは、毎日3万回以上の意思決定をしていると言われる。だが、本当に自分で自分の人生の意思決定をしているのか?それは、社会やシステムによって巧みに誘導されているのではないか?ということに気づかせてくれる。

 登場人物たちは、しかし、それぞれに「自分の意思で」決定を下す。その引き金となるのは、制度やオンライン上のコミュニケーションではなく、ふとした違和感から生じた自分の内なる想いや衝動だ。

 また、この制度は現在の刑法上「自殺ほう助」にあたり犯罪とされる。しかし、国家が制度にした場合、それは犯罪ではなく救済のように扱われる皮肉も、ここでは描かれている。「ひとりを殺せば殺人者。大量に殺せば英雄」とナチスを強烈に皮肉ったチャップリンの言葉が思い出される。

 この映画を見て、1973年の映画「ソイレント・グリーン」を思い出しサイトでチェックして驚いた。時代設定が「2022年」だったのだ。だが、その読後感はまったく異なる。「ソイレント・グリーン」がディストピアを描き、今も忘れない後味の悪さを残したのに対し、「PLAN75」は、それでもこの世界は生きるに値する(かもしれない)と思わせてくれる。

 制度の申込者となった、倍賞千恵子演じる老女の住むアパートは薄暗い室内だが、出発の朝ベランダに出た時、背景に美しい山並みが見える。それは、私たちが普段見過ごしているものを思い起こさせてくれる。

 映画館は、受賞のニュースもあってか、ほぼ満員。多様な世代の観客が鑑賞していた。おそらくこの映画は、世代によって見え方が異なるだろう。現在63歳の私にとって、そう遠くない未来の話であり、生きることの「尊厳」を改めて考える機会となった。一方、現在40代半ばの監督は「自己責任」という言葉が幅を利かせ、「人の不寛容が加速する未来は見たくない」という制作意図を述べている。それを声高に語らない成熟した演出に、日本映画の未来も感じた。
 
 それぞれの世代が、それぞれに、自分の中の「おかしい」という想いに気づき、自分の意思で決定を行うことで未来が変わる(かもしれない)。そんな、かすかな希望を抱かせてもらった作品だ。

#PLAN75


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