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【STAY HOME】折り目のない教科書を親子で開いてみる

始業式の翌日から学校は休校となり、新しい教科書は持って帰ったまま本棚に飾ってある。宿題は郵送で毎週学校から届く。緊急事態宣言から2週間過ぎ、すでに3通届いているが、まだプリントは白紙のままだ。

新しい教科書を見てみた。折り目もなく綺麗なままだ。

それを見て、大丈夫なのだろうかと不安に思った。
息子に対してだけでなく。
学校に通っていたら何時間くらい授業があったのだろうか。
通常のスケジュールならば、ゴールデンウィークの連休明けには中学校では中間テストがはずだ。
塾に通う子どもたちは学校の宿題よりも塾の宿題やオンライン講座で忙しかったりもする。塾に通わなくても、通信講座やドリルもある。
高学年になれば、習慣化されていれば、一人で勉強もできるだろう。けれど小学校の低学年の一年生や二年生は一人で勉強するのは結構厳しいと私の経験から思う。

3月から休校となり、お昼も子どもたちに用意をして、今までとは全く違う毎日に疲れている。疲れていることは子どもたちももうわかっている。

息子が小学1年生の頃、鬱が再発し休職していた時期があった。神様はこのタイミングで私を休ませてくれたのかと思うくらい、私にとっては貴重な時間だった。「小1の壁」と言われるように、働くお母さんたちが心が折れそうな時期があった。我が家のように保育園から小学1年生になると、延長保育で長い時間保育園で預かってもらったのに卒園の翌月から児童クラブに通っても保育園のようには延長がないし、最初の頃は給食も始まらないため、お弁当も作らなければならなかった。加えて保護者会やPTAに家庭訪問と普通に働いていたらどれだけ会社を休まなければならないのだと思うことがあった。そのような時に私は休職していたので、その間給与面では大変だったけれど、その代わりに息子と過ごす時間をいただいたようなものだ。

これに加えて毎日の宿題に取り組む時間が必要だった。子どもにとっても「小1の壁」のようなものだ。急に重いランドセルを背負って、宿題も毎日ある。最初はひらがなを書く練習からなので、毎日「あいうえおうさま」のプリントと音読がセットで宿題があった。まだ1年生。ひらがなをじっくりゆっくりと2Bの鉛筆で書いていくのを見守る。まだ「あ」の丸いところは角張っている。音読も引っかかりながらもゆっくり読むのを見守る。

もし私が休職していなければ子どもが寝る時間までには帰宅できていなかったので、角張った「あ」を書いているところをみることすらできなかった。私は治療を続け、会社復帰のための準備をしながらありがたく子どもの小さな成長を毎日に気づくことができた。

角張った「あ」を書いていた子はすっかり大きくなり、私が教えることはほとんどない。むしろ教わる方だ。帰国子女の私よりも英語は論理的に理解している。

今は息子から何を学んでいるかを聞いている。細かく数学の算式まで教えてくれるが、内容はさっぱりわからない。私がわからないということも伝えてある。彼は学んだことを私に伝えることで自分の頭の中へ整理しようとしている。聞いて欲しいということが子どもから感じる。だから私はその時間も創るようにしている。(私が時間がないときは、一緒に暮らす私の母に語っている。もちろんわかるわけないのは子ども本人もわかっている。)

折り目のなかった英語の教科書は今日二人で内容を確認した。
やっと今日折り目がついた。

自粛のため休業や時間短縮によるSTAY HOMEの時間が増えて、大変なことが多いけれど、子どもに今私ができること、それは空白の学校での時間を家族で過ごすこと。勉強を見守ること。毎日ちょっとの時間でも、土日の時間でも。今まで以上に子どもとの時間があるはずだから。

今の状況の中、今の私ができること。
まだある!この私だからできることが。

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ありがとう。


あるある!私も同じ経験!そのような経験からの気づきをお伝えしています。読んでくださり少しでも緩っとした感覚になってくださると嬉しいです。私も毎日お稽古中!