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“休む”ことの難しさ

「ゆっくり休みましょう」

「今はお休みする時間です。焦らず行きましょうね」


仕事柄、私はこの言葉を数えきれないほど口にしてきました。

休むことの重要性は、臨床心理士養成大学院在学中から何度も教わっていましたし、自分でもたくさんの本を読み、学会や研修等に参加して、その重要性をしっかり理解しようとしていました。

精神医療の中では薬物療法が不可欠な疾患もありますが、まずは身体を休ませることが非常に大事であると言われています。

「症状を回復させるためには、休養が重要である」

私たちの世界では、基本中の基本です。


そんな中、私は7月に適応障害で倒れてしまい、この言葉をかけていただく立場になりました。

ゆっくり休むことが大切であることは、十分わかっていたつもりです。

でも、それがうまくできないのです。

わかっているのにできない。

うまく休めない自分がいることに、先日気が付いたのでした。

気づいたのは8月末。

月に1回の精神科受診時に主治医の先生と話しているときでした。


私は焦っていました。

現在は、適応障害での療養のため、「疾病」扱いで保育園を利用させてもらっています。

保育園の利用のためには、診断書の提出が義務付けられています。初診時に発行していただいた診断書の期限(療養を命じられている期限)は8月31日でした。
それ以降は療養が継続になるか、それとも療養が終了するのかのどちらかになります。
8月末の診察時に、先生と話し合い、今後の過ごし方について判断していただくことになっていました。

しかし、この8月末を迎えるまで、私の頭の中は「保育園はどうなるの?」「もし療養が終わって求職になったら3か月しか保育園に預けられない」「3か月の間に、何とか保育園を利用できるくらいの仕事をしないと。それまでに見つけないと」という思いでいっぱいでした。

受診をするまでの数週間、ずっとこのことで頭がいっぱいでした。
クラウドソーシングのサイトを見たり、何とか業務委託でできる仕事がないかを探す日々でした。

当時私がすべきことは「療養」だったのに。


8月末の精神科受診の際、主治医の先生にはこのようにお話した記憶があります。

「保育園のことが一番心配で、今はフルで仕事はできないんですが、少しずつお仕事探しています。自分としてはだいぶ回復してきた気がするんですけど、そこは自分ではきちんと判断ができないので、先生にご相談したいと思いました」

それを静かに聞いていた主治医の先生が口を開きました。
「今年度いっぱいは療養が必要だと思います。ゆっくりお休みしましょう。ひとまず11月末まで療養するように診断書を書きますから」

そのとき、はっと気づきました。

「あ…私、療養できていなかったのかもしれない」

私は元来、何かをしていないと落ち着かないタイプです。
そして、「何かをやりたい」と思うとすぐに行動を起こそうとする傾向があることは自覚しています。

わかっていたつもりでした。

倒れた直後は、無理しないように自分でも慎重に行動していた自覚があります。しかし、だんだんと体調が回復してくるにつれて、その慎重さは薄らいでいっていたのかもしれません。

頭や身体が動くようになってきて、ある程度の時間もあります。

「今の時間を有効に使わないともったいない!」

そのように思ってしまっていました。


「11月30日まで自宅療養を要する」
先生からいただいた診断書を手に、「ああ、私は本当に休むのが苦手なんだ」と改めて気づいたのでした。


それから、私は、休む時間を強制的にスケジュールの中に組み込むことにしました。


きちんと休むことをスケジュールに組み込んでおかないと休めない自分がいます。

“休む”って難しい。

今日もこのnoteを書いたら、ゆっくり横になることにします。


今回もお読みいただきありがとうございました。

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