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VS暗黒サメ大名

 六十六版目の一八五三年七月、浦賀沖に現れたのは、黒船ではなくサメの群れだった。上陸した彼らは瞬く間に一帯を制圧、三浦半島はサメの支配域となった。

 港は暗澹としていた。漁師や荷役が活気なく働く横では、力尽きた者たちに小蠅がたかっている。否、小蠅に見えたものはトビウオだ。ここでは虫すら魚類に駆逐されている。
 これ程の生態系の変化は初めて見る。ユキは慄きつつ、隊長とロウに続き大通りへ向かった。

 大通りの端で平伏する人々にユキたちも加わる。
 やがて通りの彼方より、無数の足音と血のにおいが近付いてきた。
 現れたのは、悪夢のような一団であった。甲冑や裃を纏った三メートル程のサメたちが魚体を引きずり行進する。数は千を超すと思われた。
 サメの大名行列。
 人の営みを歪に模倣していると思しきサメたちの行動のうち、特に大規模なものだった。
 三人はいつ途切れるとも知れぬ百鬼夜行に平伏し続けた。顔を上げるのは、行列の中央、すなわち大名の座する輿が目の前を通る時。
 ユキたちのミッションは、サメ大名の殺害。歴史上最悪の殺戮者を消すことだ。

 時を遡り歴史を改変することが禁忌とされていた時代は、過去だ。今や、タイムパラドクスを発生させ時空に刺激を与えることは、どん詰まりの世界にむしろ有益とされている。

 ついに、輿が三人の前に差し掛かる。輿は、人、獣、鳥、魚、様々な骨で構成されている。
 ロウが立ち上がり、光銃を撃った。着弾の直前、輿とロウは水平に両断された。死神の鎌の如き尾鰭によって。
 半壊した輿上より、サメ大名が隊長を見下ろす。巨大。広がる肩衣は悪魔の翼の如し。隊長が光刃を跳ね上げるが、楯鱗に阻まれ大名は無傷。大名は地獄の門たる顎を開き、一口で隊長の上半身をかじり取った。
 次はお前の番。大名は生き残ったユキへ悪意に満ちた魚眼を向ける。その動きが止まった。
 平伏したままのユキの前には小判が並べられていた。人魚を刻印された小判が。

【続く】


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