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沙代歌の花遊び

“月明かりだけを頼りに向日葵畑を走って逃げる。他に何もできないから。でも、どんなに逃げても追いつかれて、必ず裂き散らされる。そんな夜が半年も続いて嫌になった。除霊も薬も役に立たない。だから、直接あいつを殴ることにした。”

「って話だけど。本当にここ?」
「完全一致」
「よく見つけるよね、夢の場所なんて」
「検索は得意」

 そう言って平たい胸を反らすのは蓮。私と同じ高二だけれど、よく姉妹に見られる。もちろん私が姉。

「桜ちゃん、武器持ってきた?」
「まあ、釘バットとか」
「上々。では、いざ出陣」

 無人駅から向かうのは、近くに見える向日葵畑。今は下見。本番は燦々と照る太陽の下ではなく、夜だ。

 蓮からこの計画を聞いた時、とても嬉しかった。蓮には言ってないけれど、私はここを知っている。
 小四の夏から一年を過ごした場所。そして、沙代歌がいなくなった場所。   
 一番の親友だった沙代歌は、あの夏に消えた。大人たちは死んだと言う。ずたずたの麦わら帽子とワンピースが見つかったから。でも、あれは違う。沙代歌のものじゃない。確かに似ていたけれど、沙代歌の帽子のリボンは緑ではなく青で、ワンピースの刺繍は向日葵ではなく蒲公英だ。なぜ誰も気付かないのだろう。なぜ沙代歌の両親はワンピースを抱いて泣くのだろう。あの刺繍はお父さんがしてくれたと沙代歌は自慢していたのに。
 ずっとここへ戻りたかった。戻って沙代歌を探したかった。会いたかった。また一緒にザリガニ釣りをしたかった。その機会を蓮がくれた。

「桜ちゃん、何これ」

 向日葵畑の前でザリガニが潰れていた。何匹も。川まで遠いのに。

「……うふふっ」
「え、何、蓮?」

 しゃがんでザリガニを見ていた蓮が突然笑い出した。嫌な笑いだった。
 蓮は、私が渾身のギャグを披露しても「上々」なんて言いつつ眉一つ動かさない。そんな蓮を爆笑させることが密かな目標だった。でも、こんなに嫌な声だなんて。

「何でもない。んふふ」

【続く】


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