見出し画像

あくまでも私が泣いたものだから君や万人に刺さるとは限らないかも。

事の発端は友達からきた突然のラインだった。

「この映画を見たら必ず泣くってのある?映画でなくても小説や漫画も可!」

鼻で笑ってしまった。
正直にいう。反射的に思い浮かんだのは、必ず? なんで君に答えなきゃいけないのかな? だった。
彼とは普通の友達だった。誘われて休みが合えば遊びに出かけ飲んだり喋ったりするくらいの仲。親友とは呼べない普通の友達。嫌いではない。嫌いではないのにそんなことを思ってしまった自分に対してちょっと反省した。そして何も返さぬわけにはいかないだろうと「必ず泣くものというよりは最近泣いたものは……」と当たり障りなく返したことを覚えている。
そしてその文面の最後に

「あくまでも私が泣いたものだから君や万人に刺さるとは限らないかも」

と付け加えた。なんとなく、そうしたかった。長いなと思って一度は消したものの、読み直して復活させてしまうくらいに自分の中でその言葉が大切だった。

なんとなく……。そんなことがあったからきっとこのタイトルが目に入ってきたんじゃないかと思う。
いつもは行かない棚の列。いつもは読まない共同著書。いつもは買わないハードカバー。
この本に出会ったのはいつもはしない行動の重なりによる偶然の産物だった。あと1冊でTポイントが10倍になる。その1冊として手に取ったのがこの本である。完全なるタイトル買いであり衝動買いだった。そして私がその本を開いたのは買ってから1週間くらい後。読みたい漫画や小説は読み終えたし、よし読むかという感じで手に取ったのだ。

開いてみてびっくりした。
これは対話形式の本だったのか。
いや、表紙を見て気づけよという方もいらっしゃるだろう。だが、何せあまり物語以外の文章を読み慣れていない……いやきちんと言おう。読んだことがない私である。あ、本ってこの形式もありなのねという驚きから始まった。なんとなくNHKのSWITCHみたい。そう思った瞬間に舞台は整ってしまった。

そこから私はなし崩しのように著者二人の思考の渦に飲み込まれていく。
脳科学的な知見から見た「涙」への考察を語る茂木健一郎さん。
そして、小説家として物語を通して「涙」を読者に提供する側の重松清さん。
フィールドの違う二人が同じ涙に対して考えている。
両分野の知見が入ることによってお二人の涙に対する認識がページをめくるごとに厚く密になっていく様を見せつけられる。
そして自然現象として受け止めていた涙の形が私自身の中でよりリアルに質感を持ってくる。
進めば進むほど、なんというか、脳が動いている感じがしてくるし、それ!それ!!! という納得感。もう深くうなづいてしまう。
個人的に好きなのはさんずいに戻るという漢字を使うことから考える涙だ。
でも、嘘っぽい涙と嘘っぽくない涙の違いも捨てがたい。また、脳科学知見から考えたら大人が涙を流す時は緊急事態! という考え方もすごく面白いし、甲乙付け難い。
そんな怒涛の涙に対する考察のシャワーを浴び続けた後に最後の最後にふとたどり着く結論。


人生というジグソーパズルがカチッとあった時に出る涙

言葉を読んだ瞬間に冷たいものが一筋スーッと伝うのを感じた。あぁ、そう。そうなのよ。だから私は、なんで君に答えなきゃいけないのかな? と思ったんだ。嫌いじゃないのにこんなことを思ってしまった自分に戸惑ったけれど、今なら戸惑わない。私は涙を無意識下で生理現象と受け止めていなかったのだ。自分が丸裸にされるに近いと感じたから恐怖が、裸を否定されることへの恐れが「あくまで私が泣いたもの」という一枚のバリアを生み出したのだ。ずっと心にあったモヤモヤがスーッと消えた。そして、今自分の頬を伝う一筋に対する意味もスーッと心に落ちていった。


「この映画を見たら必ず泣くっていうのある?小説でも漫画でも可」

今ならば、もう堂々と答えることができる。誰に聞かれても躊躇することはないし、鼻で笑うことも多分しない。私は泣けるランキングの常連のタイトルをそれとなくお伝えするだろう。
個人的には私はE・Tでも泣くし、おくりびとでも泣けるし、最近ならば鬼滅の刃・無限列車編でも号泣している。全米が泣いたシリーズは奇しくもどんどん生み出されているのでこれから先もきっと苦労はしないだろう。是非一緒に高い温度で熱い思いの丈をぶつけあいたいものである。万が一、それ泣けなかったわという場合も否定せずにそっかと流せるので安心して話してほしい。

でも、もしも。
そこで私が返したのが聞き慣れないタイトルであったのならそれは内緒の話にしていただきたい。
そして、私の人生に興味があったら続けてこっそり聞いてほしい。

「泣いたのはどうして?」と。

その時は、私なりの涙の理由をお答えしよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?