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一体なにがそうさせた?交錯する「あのとき」

大雪|閉塞成冬
令和5年12月7日

思いがけない偶然に震えるほど感動することがある。 年の始まりの2023年1月7日12時25分。東京で見逃したゲルハルト・リヒターの巡回展を観るために,愛知県の豊田市美術館までわざわざ足を伸ばした。ふと巨大なホワイトキューブの中で視線が交わる。前々候のレターを届けたT.N.であった。チケットの予約日,交差点の赤信号。一体なにがそうさせたのか。地球上のとある一室で同じ作品を眺めている興奮。寸分も違わない偶然の歩幅に震えるほど感動した。

そして沢木耕太郎さんである。ラオスからの旅行記,それに続いて『深夜特急』にまつわるレターが届いたときは,沢木耕太郎さんの講演会に足を運んでいたばかりのことだった。本当はこの日はギリシャにいる予定だったらしい。しかし,山梨県の教育委員会から入試問題で沢木さんの作品を使用したというお礼の連絡があり,その数日後に講演のオファーが来た。絶妙なタイミングでのオファーによって普段は滅多に講演の依頼を受けないという旅人が,ギリシャを横目に山梨までやってきた。手に入るはずのなかった整理券,講演を受けない作家。一体なにがそうさせたのか。地球上のとある一室で僕の人生を変えた作家が目の前にいる興奮。寸分も違わない偶然の歩幅に震えるほど感動した。

人生のあるときから人生の面白さに気づいた。”あのとき”留学をしていれば,”あのとき”この人に出会っていれば,”あのとき”仕事を続けていれば。いろんな「あのとき」の決断のことを思い出すけれど,決断という名の枝葉は複雑さを極め,辿り得ない妄想に後悔する面倒はどうでもよくなってしまった。

人生には偶然の歩幅というものがある気がしてならない。コヨムにはコヨムの歩幅があるらしい。歩幅が交わる刹那の興奮に期待せず,今日も筆を取っている。

-S.F.

閉塞成冬

ソラサムクフユトナル
大雪・初候

『積み荷のない船』/ 井上陽水

ドラマ版『深夜特急』の主題歌です。講演会の開演前に流れていました。メロウな雰囲気のこの曲は,前々候のレターで触れられたような,深淵な,あまりに深淵な旅人のどうしようもなさが思い出されます。夕陽を前に聴いていると自分が溶け出してしまいそうになる。

約10年前の日記を取り出してみると,新たな歩みを踏み出す瞬間が刻まれていた。

飛光よ,飛光。今からラオスとベトナムに行ってきます。沢木耕太郎さんの「深夜特急」を読んでからずっと気になっていた東南アジア。もちろんこの書籍を持っていって,現地の空気をこの紙いっぱいに吸わせてこよう。

2014年8月20日21:24の日記

カバー写真:2023年1月7日 11:40 豊田市美術館に向かう坂道,歩幅が交錯するまであと45分。

コヨムは、暦で読むニュースレターです。
七十二候に合わせて、時候のレターを配信します。

一体なにがそうさせた?交錯する「あのとき」
https://coyomu-style.studio.site/letter/sorasamuku-fuyutonaru-2023


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