“香り”だけを知る叶わなかった恋のこと

学生時代、とっても大きな会社でアルバイトをしていた。そこは日本人のほとんどが知っているような会社で、社長はTwitterでも有名な人。アグレッシブな発言から、時たま炎上していた。

そんな会社で、わたしが所属されたのは、わりかし端っこの部署。大きな会社の大きな利益を上げるような華やかな部署ではなく、よくできる人たちが頑張ってくれた恩恵を、これでもかと受けまくっていた部署だった。充実した福利厚生も、きれいすぎる設備も、わたしたちの仕事のおかげでは絶対ない。

とはいえ、広いフロアに何十もの部署が詰め込まれた会社のため、“よくできる人たち”を間近で見ることができた。炎上社長が、すぐそこで雑談しているなんてザラ。カフェテリアでは、多数の言語を使って話す秀才がいたし、名前で検索すれば一発でインタビューが出てくるような人を何度も見かけた。

そんな輝く“すれ違い”の中で、忘れられない人が1人だけいる。見た目は30代。こんな時代に、髪をきちっと固めて出社してくる人で、でもそれすらイケていて、吉沢亮にもっと色気をプラスし、リバー・フェニックスのようなアンニュイさを加え、でも韓国アイドルっぽいミステリアスささえ兼ね備えていた容姿だった。

名前はもちろん、どこの部署かもわからない。でも、よくスーツを着て外出していて、聞こえるのは売上のこと。どこかの部署に、どこかからの案件を持っていく人だったから、多分営業だろう。地元では見たこともないような、ドラマみたいな男性だった。

「叶わなかった恋」なんて書いたけど、結論から言うと始まってすらない恋だった。なんせ彼は、彼女もち。しかも、キャビンアテンダントだった(地獄耳情報)。敗北だ。いや、戦ってすらいない。わたしの知らないところで、美しい音楽が鳴り、勝手に愛が芽生え、額縁に飾るべき華美な恋愛が、もうすでに、とっくの昔に始まっていたのだ。

ここで、田舎から出てきた小娘だったわたしは、初めて、同じ世界に生きていながらも決して交わらぬ、上の世界の存在を身をもって実感する。

それでも、わたしと彼の間には、こちらの一方的な思い出があった。たった一度、たった一度だけ、至近距離ですれ違ったのだ。わたしはトイレに向かい、彼はトイレから出てくるところだった。視界に飛び込んだ瞬間、今いる高層ビルの床がなくなってしまったかのような緊張感が、全身に走った。

見ないふりをしながら、頭の左斜め上くらいに意識を集中させ、彼の気を存分に吸い取ろうとする。そして、すれ違った瞬間、ふわりと、南国? 高級なアジア? もうとにかく、オシャレな香りが脳を駆け巡った。ニューロンの働きを存分に感じた。これは忘れてはいけない。記憶に閉じ込めておかなければいけない記憶だと、命令が走る。

絶対に嗅いだことがないのに、人工的でなく、夕日のようなぬくもりを持ち、まわりの空気を優しさで包み込むような香りだった。

わたしと彼の素敵なすれ違いは、たった一回きりで終わった。会社全体の大きな席替えがあり、その部署の人達はどこかへ行ってしまったのだ。わたしも、その後、できる分だけ働いて、失った恋とは異なる理由でアルバイトをやめた。もう顔も、背丈も、声もなにもかも覚えていないのだけれど、あのとき受け取った“香り”の信号だけが、記憶の中にずっと留まっている。

っていう感じの香りの入浴剤を見つけました。もう全部妄想です。長いのに、ここまで読んでいただいてありがとうございました。テレワークになって働く環境とくつろぐ環境がおなじになってしまって、スイッチを切り替えられる香りがないか探していたところ「アーユルタイム」っていうバスクリンのフランキンセンス&サンダルウッドの香りに出会ったんです。

お風呂に入れて、溶かした瞬間、ぶわっとこのストーリーが思いつきまして、書き留めてみました。

でも、バスクリンのくせに、ちょっと高いんですよ、この入浴剤。大きいボトルで買うと1700円くらいするんです。だから、「特別な時に…」と150円くらいの個包装タイプを、ちょいちょい買ってたんですけどね、もう奮発しちゃえ!と思って、ついにボトルを買ったんですよ。

そうしたらね、なんか違うんです。毎日使うと、なんか重たくて、重たくて…。いい香りで、好きなのは変わらないんですけどね。落ち着くし。でも、時めきが失われて、普通のいい感じの入浴剤に成り下がっちゃったんですよ。残念です。

記憶に閉じ込めた恋のように、好きな香りって、重宝しないといけませんね、という話でした…笑

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