「薬」ではない精神治療を実践せよ~精神科認定看護師 越智元篤インタビュー~


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『精神科看護師、謀反―極私的「革命」レポート』の著書、 越智元篤氏(39)に会ったのは2018年5月、 薬物療法に関するとある講習会だった。

越智氏は現在、精神科認定看護師として あちこちの病院や学校等で、より良い精神医療の実践について教えている。

その講習の中、 越智氏は、精神症状を呈する子どもに安易に薬物処方することの危険性について語っていた。

その正義感溢れる語り口がひじょうに印象的だったので、後日、私の方から取材を依頼。越智氏がそう言ったことの理由について 語ってもらった。

誤診誤処方を繰り返す精神医療者たち

2013年、フリーライター嶋田和子氏によって『精神医療に繋がれる子ども達』が出版された。

そこに紹介されているのは、不確かな診断から抗精神病薬を処方され、その副作用による症状が、医師の更なる誤診を招き、次々薬が足されていく子ども達の実体験である。

「僕が嶋田さんに言った話なんです。ほとんどが不眠から始まったとか不登校から始まったとかなんです。それが治療していく内に、診断名が『統合失調症』になっていく。そんなんばっかりなんです」

そう語るのは、精神科認定看護師の越智元篤氏(39)。

統合失調症は、幻覚、幻聴、妄想、異常思考、感情の平板化、意欲の低下、等の症状がみられ、思考や感情、行動のまとまりがなくなる精神障害。120人に一人の割合で罹るとされている。

「統合失調症…僕はこんな診断名があるとは思ってませんけど」

精神医療は「薬が主体」?

~なぜ精神医療者による多剤併用・大量処方がなくならないのか?~

2007年越智は、精神医療相談を主としたNPO法人「精神医療サポートセンター」を立ち上げた。

活動内容は、24時間対応の電話、メールでの相談。活動期間は10年あまりになる。始めた頃は、「月に一本電話が来れば十分」と思っていた越智だったが、精神科に通う多くの人々から相談が寄せられ、すぐに個人では対応できない程になっていったという。

「その活動を通して、精神医療のおかしな現状に確信を持ったんです。治療のため病院に行ってるのに、みんなおかしくなっていく」

そこで越智は、『自己責任』を前置きした上で、減薬をアドバイスすることにした。すると、多くの人が回復していったのだ。

だがその話を同じ医療者にすると、

『それは看護じゃない』『そこは医者の領域だ』という反応が返ってきた。

「もちろん薬で良くなる人もいてますよ。ただ、精神科の病院では、薬で良くならないケースも多いわけです。減薬したら、それまで良くならなかった人が退院していくとか、薬以外のアプローチで良くなったとか。そういうことを医者も目の当たりにしてるのに、『この薬でダメだったらこの薬でやってみようか』って、根拠のない多剤大量処方をしている」

精神医療での多剤大量処方。

現代では社会問題ともなっており、厚生労働省による規制や保険点数減点という対応がなされている。にも関わらず、現状は変わっていないという。

ここで、抗精神病薬の歴史を簡単に見てみよう。

1952年、外科麻酔のために使われていたクロルプロマジン を、統合失調症や双極性障害の患者に用いたところ、幻覚・妄想を鎮静化させる効果が見られた。その報告を端に、抗精神病薬は次々と開発されていく。

しかしこの時期の抗精神病薬は、口が渇く、便秘、身体が無意識に動く(アカシジア)などの錐体外路症状が副作用にあった。

その後、ハロペリドール等の、副作用が少ないとされる抗精神病薬が登場。神経伝達物質ドーパミンD2受容体を遮断する働きによって、幻覚・妄想を鎮静化する。 以降、『神経伝達物質を司るドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの過不足によって感情が失調をきたす』という仮説が広まっていった。

「それまでは生活療法でリハビリとか薬以外のアプローチもあったのに、『薬で精神をコントロールできる』と思い込む医療者が出て来た。精神医療ってそんな風潮があってね。僕は真っ向から反対することを書いているんだけども」

精神疾患の背後にあるもの

越智は、相談活動を続ける内、相談者に発達障害やトラウマを持つ者が多いことに気づいた。発達障害がある人は不器用で、相手の気持ちを想像できない、場の空気を読めないなどの特性がある。それゆえ叱られたり、いじめられたり孤立するなど、対人関係で苦しんでいる者も多い。トラウマを抱えている者も数多くいる。同様に、虐待やネグレクト、不適切な養育環境で育った者も、適切な対人関係を構築できないなど、トラウマを抱えている。また、生命の危機に関わる体験や暴力被害だけではなく、小さな傷つき体験の積み重ねも、トラウマとなるのである。

「小さい時の、飲んだくれた親父の姿、頭をどつかれてほったらかしにされた、冷たくあしらわれた言葉、いつも家に一人で居てた、お母さんは知らない男の人を連れてきた、…これも問題なんです。複雑性PTSDって言うんですけど」

このようなトラウマの症状には、抑うつ気分、または気分の激しいアップダウン、被害妄想、パニック、睡眠障害、自傷、自殺企図、幻覚・幻聴(解離)、社会的ひきこもりなどがある。一見しただけでは、統合失調症やうつ病の症状との違いが分からない。

「トラウマが精神疾患に影響を与えているって言えるんじゃないですか、1つは。なのに(医者は)全然向き合わない」

アメリカの研究では、精神疾患者の実に八割が過去に何らかのトラウマを体験している、ということが分かっているという。しかし日本の精神医療現場では、発達障害やトラウマの存在を考えず、出ている症状だけを見て機械的に診断されている。

気分の落ち込みは「うつ病」、気分の激しいアップダウンは「双極性障害」あるいは「人格障害」、幻覚・幻聴は「統合失調症」、といったような。

診断が誤っている以上、処方薬が効かないことも多い。しかしそれに対しては、薬が少なかったからであろう、もっと合う薬が他にあるのであろうと、薬の足し算がなされていく。それが、多剤併用・大量処方となっていくのだ。

 「薬で良くなるんだったらいいですよ、良くならないんですから。でも医者は『薬を飲んでるからこれぐらいの状態で抑まっているんだ』って解釈する。『自分の処方のせいでこれだけ悪くなってる』って思わないんです。そんなレベルの精神医学ですよ」

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トラウマ・インフォームド・ケア

「薬を使って効果があったとしても、中・長期的に見た場合、絶対良くならないんです。ちゃんと見通しを立ててるんだったら話は別ですけど」

根本のトラウマがなくならない限り治らない、とする越智。精神病院の入院患者がなかなか治らない現状をこう分析する。

「精神症状を発症した人達が(暴れて)強制入院させられる時、拘束とか、押さえつけられ注射される。これ自体がトラウマになるんです。さらに、小さい頃のトラウマの記憶も蘇るんで、それも再びトラウマとして体験されるんです」

因みにトラウマを体験する時は、脳内では海馬が傷つき扁桃体が興奮する。交感神経の過覚醒状態となり、認知機能は減弱、思考機能は低下、物事の前後関係が考えられなくなる。興奮するか逃げるか、という正に『生命の緊急事態』となる。こうした体験をした患者に対し、病院はどのような対応を行うのか。

「院内では、ルールを守らせようとする、禁止物を預かる、薬を確実に飲ませる、従わせようとする。でもこの状況の一つ一つが、小さい時の複雑性PTSDと、同じような状況を作るんです。患者がどうなるかというと、病棟のルールを守れないとか、他人の物を盗るとか、些細なことで他の患者さんと喧嘩するとか、心理的退行(幼児返り)が起こるんです。」  

ではトラウマを持つ患者は、小さい頃の傷ついた時の状態のまま、病院から出られなくなるのでは?

「僕が今やっているのが、トラウマインフォームドケア。すごく実践的なんです。」

越智が熱く答える。

「緊張状態を和らげるような関わりをするんです。言葉かけ一つ、環境一つ、全てをビクビクさせない状況にし、プラス、減薬していく。コミュニケーションスキルとか何かをもって、トラウマを和らげていってあげるんです」

越智は今、精神病院内を組織横断的に動き、患者に教育支援的な関わりをしている。現場での首尾を聞いてみた。

「退院していってます。それも減薬してですよ。」

ある時、境界性人格障害(ボーダー)と診断されている患者が、臨時の診察を訴えてきた。しかし越智が主治医に伝えたところ、『ボーダーの患者はとりつぐな』と断られた。

ボーダー患者は、人を振り回すような行動、それこそ自殺企図などの行動をとることも多く、そのため、難治療患者として受け入れを拒む精神病院も多い。

「その子に、『ちょっと、治す気ある?』って聞いたんです。『主治医とどう繋がったかで人生左右することがあるから、一緒に考えていってくれへんか』って話して。で、薬の勉強とかさせて信頼関係を作っていったら、普通の女の子になって退院したんですよ!」

トラウマを意識した関わりをしただけで退院できた人もいた。長い間保護室と閉鎖病棟の行き来を繰り返していた人が、開放病棟で過ごせるくらいにまで回復したこともあった。

「これが主となる筈なんです。薬は必要な時もあるけど、中心軸じゃなくて添えるものなんです」

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越智は、今話題になっているオープンダイアローグにも積極的である。

オープンダイアローグとは、フィンランド発祥の治療法。患者、医療スタッフが、患者の依頼を受けてから24時間以内に集まり、対話によって治療方針を決めていくというもの。入院、薬物は原則として使わない。

だがそれを話すと、『ここは日本だから』『24時間以内に集まるなんて』などの声が周囲からあがる。

越智は、それは方法論の表面だけを見ているからだという。

「トラウマを作らない病棟を作ってるってことなんですよ。物事を決定する時に患者さん抜きで決めない。医者が偉くて看護師が下、とかなく、みんなが同じ立場でやる。これ自体がトラウマを作らないわけです。安心を与える。僕が言っているのはそれなんです」

彼が実践するのは、患者を傷つけず、薬を軸としない、関わりによる治療的看護。

「抱えてる想いとかしんどさとか体験を聞くことで関係性が作れる。そこに応えるアプローチが看護だと思うんです。『イライラするから薬を下さい』『ハイ、どうぞ』って、違いますやん。話を聞いてあげて『有難う、落ち着きました』って。これやと思うんです」

十年間、干されてたというか

地道な実践活動によって成果を上げてきた越智だが、精神医療界で認められるまでには苦労もあった。

2006年、越智は精神医療現場の理不尽を突いた『精神科看護師、謀反―極私的「革命」レポート』を出版。ペンネームで出版したものの、当時勤めていた病院に知られ、自主退職を余儀なくされたのだ。

「精神科医の中で有名になってしまって、働けなくなって。NPOの活動もペンネームでやってたんです。本名では活動できない時代だったんで。」

仕事を失っても看護師のアイデンティティは失わず、それゆえのNPO活動でもあった。その傍ら、精神科認定看護師の勉強に励んだ。だが精神科看護協会内でも、越智のことは知られており、要注意人物として囁かれていたという。

「すごく陰口も言われたし。『また薬のこと言ってる』ぐらいのね。今は理論的なとこも押さえて実践的なとこも見せて、診療の補助と療養所の世話を実践に照らし合わせて、文句が言えないようにしてる。だから影で言う奴はおっても正面で邪魔してくる奴はおれへんので。協会にも認められてるし、もういいんですよ」

専門化して見たらアカン

「僕の中で『答え』って見えてるんです。薬じゃない、トラウマ和らげるアプローチをどうするか。何で浸透しないかっていうと、社会心理学的な問題なんですよ」

こういった現象に向き合わないという、精神医療者の社会心理学的な問題。それは、医療者が目の前の『ここ』しか捉えていないからだと、越智は言う。

「『現象のスペクトラムにアプローチせよ』って僕はいつも言ってるんです。多くの精神医療者は、自らの分野にこだわって、他の現象を考えられない。統合失調症の専門家、発達障害の専門家、鬱病の専門家。疾患は全部、スペクトラムなんです。発達障害者も鬱状態になるし、鬱も橋本病とかが関係しているのもあるし。それを専門家は『こっちはウチの領域じゃないから』って、平然と言うんです。自分の分野しか勉強してなかったら、本当の診断、症状の背景を見落とすのに」

専門家は、自分の知っている分野以外のことを知らない、という事を踏まえて謙虚に診断にあたるべきなのだ。

「『越智さんはどの疾患の専門ですか』って看護師に聞かれるけど、どの疾患も全部わかります。何故かというと、全部いっしょやから。ラベルづけすると、矛盾が出て来るんです」

しかし、多くの医療者が、目の前だけを見て自分の物差しでラベルを貼り、全て分かった気になってしまっている。それが、『安易に薬で対処する』治療を生み出すこととなっていくのだ。

ここでとどまっているんだったら、やめた方がいい

「僕が精神医療の形を変えていくしかないかなって。実践として証明していくことも、学会で問題提起するのもそうだし。講義で喋って共感してくれる実践者をつくって知識を伝えていく。まず精神科医と精神科の看護士の認識を少しでも変える。『実践ってのはこうなんだ』って証明していかない限りは、いくらそこに素晴らしいドクターがおっても変わらない」

 ここまで来て、彼のその想いはどこから来ているのか聞いてみた。

「最初はね、人の苦しみって分かれへんかったから、プライドで看護をやってたんです。その中で自分の子どもが一人生まれ二人生まれ三人生まれ四人生まれ…『生きる』って何なんやって。それまで余所の子には全く興味なかった。なのに自分の子どもが生まれたらすごく愛情が湧いたんですよ。で、自分の成長とともに、患者さん達にも何とか元気になってもらえないかって。発狂しているような人達も、小っちゃい時はこんなことになろうとは想像してなかった、夢も希望も持ってた。幸せな時があった訳じゃないですか。そういうのを、医療者はみな、想像できていない。現在の『ここ』だけ見て、患者を厄介者扱いして、薬を与えたり、叱ったりしてる。患者が何でそういう行動をするか考えてあげたらいいだけなんですよ。そしたらそんな対立構造は生まれないですよ。統合失調症とかラベル貼ることで、人生を狂わされてる人がいっぱいおるのに。そこに真摯に向き合ってほしいんですよ。」

ここまでやってきたのだから行けるところまで行かないと、という越智。でないと人生の最後で不全感が残ると言う。

「生き様…じゃないけどね。『患者が軸』ではなく『自分が軸』の視点かも知れないけど。」

二〇一八年五月。越智は、公認心理士の講習会で、薬物療法について講義を行った。参考書を棒読みするだけの講師が多い中、越智は受講者をグループに分け、ディスカッションさせる形式をとった。職種は精神科医、看護師、特別支援校教諭、スクールカウンセラー、ソーシャルワーカー…と実に様々。夫々の立場から見立てを出し、患者像とアプローチ法を考えさせるという。

講義終了後、会場には「違う職種の人の見方が新鮮で、色々な角度から物事が見れて、とても参考になった」という声が溢れた。

越智のいう『現象のスペクトラムへのアプローチ』が、
また少し広まっていった。

越智元篤氏の著書:

精神科セカンドオピニオン2』『精神科看護師謀反

筆者、乙生弦吾のブログ『ことはの心理相談室』はこちら




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