寝癖
昨晩は早めに床へ入った。枕元にはカンテラと文庫本が置いてある。いつもの習慣で寝る前にすこし本を読んだ。今読んでいるのは内田百閒の小説だ。不気味な百閒の世界観は何度読み返しても引き込まれる。幽霊や殺人鬼など、恐れる対象が明確な物語よりも、現実世界の亀裂から目に見えない不穏な気配がひたひたと迫ってくるような不気味さにかえって戦慄を覚える。
早めに床に就いたためにいつになく多くの頁をめくった。そうしていつしか眠っていた。
未明にふと目が覚めた。なにか気味の悪い夢を見ていたようだ。百閒の小説を読みながら寝たためだろう。しかし夢の内容を思い出すことはできなかった。夢として形になる前の、不穏な胸騒ぎだけが脳梁の奥底で埋火のようにくすぶっている。
朝はまだ遠い。ふたたび寝ようとするけれども、目が冴えてなかなか寝つけない。ふだんはこのようなことがないから不思議におもった。しばらくの間、瞼をとじたり、目をあけたりしていた。薄闇のなかで自意識だけがどろどろと膨張していく。そうして取り留めのない気分の悪い想念、観念、妄想が頭の中を迷走する。ふと、このまま死んでしまうのではないかという根拠のない絶望感に怖れわれた。
遠くでいろいろな音がさざめきだした。夜明けの近いことが知れた。眠ろうとする努力をやめ、カンテラを灯して、百閒をひらいた。カンテラの光が眩しくてしばし文字が読めなかった。ようよう目が慣れると、続きを読んだ。読みはじめたら不思議とすぐに眠気がやって来て、そうしてまた眠った。
アラームが鳴って目を覚ますと、すっかり朝になっていた。カーテンの隙間から真っ青な冬晴が見えた。布団の中はぬくいが顔の表面は冷たかった。気だるく、身体が重く、起き上がるのに難儀をした。午前中は何もする気がしない。早寝をして早起きをして、午前中から活動をしようとおもっていたのが、まったくもって失敗に終わった。
布団から這い出して洗面所へ行く。ひどい寝ぐせだ。髪の毛を無暗にいじりながら歯を磨いた。ふと見ると、鏡の中で知らない男が歯ブラシをくわえていた。
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