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一片の鱗の剥脱 【俳句鑑賞】


 白露や死んでゆく日も帯締めて  三橋鷹女


 季語は「白露」で言うまでもなく秋。凛とした女性の
生き様がストレートに表現された気高い句です。俳句は
基本的に作者を離れて独立した作品として鑑賞するもの
ですが、境涯句と言われるものは作者の人生を重ね見る
ことでより楽しむことができます。

 鷹女は女流俳人として名の知られた実力者でしたが、
伝統俳句とは距離を取り、前衛的で尖った作風を発表し
ました。家庭にも仕事にも恵まれましたが、俳句に関し
ては孤高を貫いています。「夏痩せて嫌ひなものは嫌ひ
なり」「初嵐して人の機嫌はとれませぬ」「秋の夜は剃
刀の刃がくすりと笑ふ」などの句を見てもその人格が偲
ばれます。掲句はその境涯をもっとも象徴しているよう
に感じます。

 白露はいにしえより和歌や俳句に多く詠みこまれてき
た定番の季語です。儚い命を露に重ねて憐れむ精神文化
は古来からの伝統です。その白露を掲句は取り合わせて
います。儚く短い人生に無常をみとめつつ、しかし我が
道を守った矜持にたしかな人生の手ごたえを感じていま
す。俳壇での出世や、他者の評価よりも、自分が納得で
きる生き方に価値を置き、それを貫く覚悟が感じられま
す。しかしその強い意志には、孤独の影が濃くさしてい
るのも見逃せません。陰影の濃い句です。

 奇をてらっただけの作品ならばひとは感動しません。
鷹女は奔放な作品を発表しながらも、厳しい自制心とた
ゆみない向上心をもって自らの境地を高めていく努力を
怠りませんでした。それが彼女を歴史に残る俳人にしま
した。晩年に語った言葉にその厳しさをうかがい知るこ
とができます。

 “一句を書くことは、一片の鱗の剥脱である。”

 血を流して生まれた言葉だから、人の心を打つことが
できるのですね。

 鷹女の才気煥発な一面に焦点をあてると近寄りがたい
芸術家の風貌が想像されますが、家庭ではおしどり夫婦
であり、子供への愛情もひとしおあふれていた、幸福な
女性であったことも言い添えておきたいと思います。お
まけに美人であったことも書き加えておきましょう。



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