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私の好きなキャッチコピー


■ベスト5

 半分は仕事のために、半分は個人的な興味で、広告表現に
ついて勉強をしていた時期があります。短い言葉で人々の心
をつかもうとするコピーライターの仕事には、とくに興味を
惹かれました。そのときに出逢ったコピーの数々の中から、
心に残るコピーを紹介します。「ベスト5」としましたが、
優劣はつけがたいので、順位はありません。

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 ぼくが、
 一生の間に会える、
 ひとにぎりの人の中に、
 あなたがいました。

  (サントリー/ウイスキー/1986年)

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 ウイスキーのテレビCMです。CM原稿には「お歳暮 友情
編」とタイトルがあります。ごく単純な映像にこのコピーの
ナレーションが重なります。さいごに、

 あなたに会えたお礼です。
 サントリーウイスキーの贈り物。

 と締めくくられます。どちらかと言えばキャッチコピーは
「あなたに会えたお礼です」のほうですが、ナレーション部
分がことに心へ響きます。

 商品広告といえば、大きな声で大袈裟に商品特徴をがなり
たて、勢いで買わせるものが多いなか、これは何も“宣伝”を
せずに、贈り物の意義をまっすぐに伝えて、消費者の心を動
かす優れた広告です。思わず誰かに贈り物をしたくなります。

 コピーライターは岩崎俊一さん。既に故人ですが、岩崎さ
んの生み出すコピーはどれも、こころがじんわりと温かくな
るようなやさしさと体温をもっており、ファンの多いコピー
ライターです。私も、好きなコピーライターを聞かれれば、
まっさきに岩崎俊一と答えます。
 コピーはあくまで宣伝文句にすぎませんが、岩崎さんのコ
ピーには広告と切り離して読んでも成立するゆたかさがあり
ます。広告としても、一行の詩としても、私の好きな言葉で
す。

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 なにも足さない。
 なにも引かない。

  (サントリー/ピュアモルトウイスキー山崎/1992年~1994年)

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 これもウィスキーの広告です。コピーライターは西村佳也
さん。歯切れがあって哲学的で、かっこいい言葉です。ピュ
アモルトウィスキーという商品の本質をしっかり捉えて、そ
れを詩的で美しい言葉へ昇華したプロの技。お酒のコマーシャ
ルは雰囲気の演出に重きを置くので、他の分野とちがって詩
的なコピーが許されます。ただこれは、詩的ではあるけれど、
商品特性に立脚した上での詩であり、地に足の着いた強靭な
コピーなのです。誰にも作れそうなシンプルな佇まいですが
なかなか素人では真似ができません。

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 一瞬も
 一生も
 美しく

  (資生堂/企業広告/2006年)

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 誰もが聞いたことのあるコピーではないでしょうか。女性
の美しさへの希求に応える企業として様々な商品やサービス、
ブランドを展開している資生堂。その歴史の長い名門企業の
姿勢をひとことで表現するという高難度の課題を達成したコ
ピーです。コピーライターは国井美果さん。コピーのたたず
まいが、もう、美人です。そして百年使える凛々しさをも備
えています。名門企業にふさわしい、名コピーです。

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 世の中、バカが多くて疲れません?

  (エーザイ/チョコラBB/1991年)

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 時代は古いですが、昔、テレビコマーシャルで流れていま
した。女優の桃井かおりが登場して、あの倦怠感のある風体
からこのセリフを発しました。
 放映当時、私は子供でした。居間のテレビでこのセリフを
聞いたのを覚えています。その時はもちろん広告だとかキャ
ッチコピーなどという考えは知りませんので、ただテレビか
ら流れてくる音声として聞きました。しかし子供心にもその
直截さが印象的で、「テレビでこんなこと言っていいの?」
という違和感が湧いたのをおぼえています。
 その後味は妙にあとをひき、大人になっても鮮明に覚えて
いました。社会に出てからは、折々このコピーを思い出して
は、胸の内で大きく頷くことが増えました。

 このテレビCMは当時、クレームが入ったそうです。いつ
の時代も野暮なクレーマーは存在するのですね。そこで急遽、
コピーを差し替えて放送しなおしたのだとか。その修正コピ
ーは、

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「世の中、おりこうが多くて疲れません?」

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 「バカ」を「おりこう」に変えました。反対語に差し替え
ながら、バカを表現しているのは誰の目にも明白で、尚且つ
クレーマーに対する皮肉も含ませるという、高度な切り返し
をしたのでした。
 実はこれ、コピーライターはクレームが来て差し替えると
ころまで計算済みで、「バカが多くて~」と同時に、「おり
こうが~」も最初から用意していたのだそうです。
 コピーライターは仲畑貴志さん。業界では「コピーの神様」
と呼ばれています。少年時代は地元でヤクザや不良と喧嘩に
明け暮れていたという、親分肌の豪傑です。世の中のおバカ
さんなどが太刀打ちできる相手ではありません。

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 10歳にして愛を知った。

  (福井商事/ライオン事務器/1974年)

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 キャッチコピーは文字通り、見た人の心をキャッチするこ
とを第一義とします。これはそのキャッチ力の強さに秀でた
コピーです。
 一瞥して、何のことだろう?と興味を抱いて見入ってしま
います。このキャッチコピーにはボディコピー(本文)が付
随しているので、思わず本文に目をうつして読みすすめてし
まいます。作り手の思うつぼです。

 この広告は、本文を読むと「小学校四年生で愛という漢字
をはじめて習う」という種明かしがあって、そういうことか
と、すっきりします。そうしてもう一度キャッチコピーに目
を戻して、うまいこと言うなぁと感心させられるのです。
 文房具をあつかう企業の広告として、勉強という切り口か
ら、商品に付かず離れずの間合いを保って、見事に耳目を集
めることに成功している、優れた広告だと思います。コピー
ライターは眞木準さんです。

■番外編

 好きなコピーを1つだけ、と言われたら潔く1つだけ挙げ
ることができますが、5つと言われて5つ挙げてみると、欲
が出てもっと共有したくなります。なので番外編として、引
きつづきいくつかのコピーを紹介させてください。

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 恋が着せ、愛が脱がせる。

  (伊勢丹/企業広告/ 1989年)

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 ロマンチックなコピーで、映像にすればいわゆる“濡れ場”
がモチーフなのですが、それをここまで詩的に上品に表現で
きるのはセンスの塊としか言いようがありません。
 コピーライターは眞木準さん。眞木さんはこういった洒脱
な表現が得意なかたです。同じ伊勢丹の広告シリーズに、

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 着やすい。つまり脱がせやすい。

  (伊勢丹/企業広告/1978年)

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 というものもあります。百貨店という、高級感と親しみを
兼ね備えた空間のイメージが、美しくウィットに富んだコピ
ーに象徴されています。
 眞木準は一方で「でっかいどう、北海道」などのダジャレ
コピーでも有名です。ただ本人は「ダジャレじゃなくてオシャ
レだ」と、ダジャレで反論していたそうです。

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 試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。

  (ルミネ/企業広告/2008年)

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 若者をターゲットとするファッション売り場にぴったりの、
ロマンティックなコピーです。想像の余地がゆたかで、余情
に富んだ一行は、繊細な若者の心を鷲づかみにしました。コ
ピーライターは尾形真理子さん。

 尾形真理子さんは、まだコピーライターになる前、広告会
社へ面接を受けに行きました。そこで面接官から「好きなコ
ピーをあげてください」という質問が出されました。
尾形さんは、たまたま思いついた「一億当たってもまだ二億」
という宝くじのコピー答えて、面接官の笑いを誘ったそうで
す。面接官もおそらく、これは逸材だと感じたに違いありま
せん。

 ルミネの広告は、尾形真理子さんのコピーと、写真家 蜷川
実花さんによるヴィジュアルの組み合わせによって、若者こ
とばでいう“エモい”世界観を演出しています。そのシリーズ
は長きにわたって若者たちの瞳と心を惹きつけています。

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 負けても楽しそうな人には、ずっと勝てない。

  (セゾン生命保険/医療保険/1995年)

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 “ぼくが、一生の間に合える~”の、岩崎俊一さんのコピー。
岩崎さんのコピーは、あたたかくふかい眼差しがあり、読ん
だひとの心をやわらかく包んでくれるような言葉が多いです。
その言葉には、商品をつうじて世の中に暮らす人々の人生を
応援したいという清潔ですこやかな精神がかよっています。
 このコピーも、広告ということを忘れて、いつまでも心に
残り、折に触れては思い出されるものです。

 コピーライターはこういう言葉がすっと出てくるのでしょ
うか。岩崎さんは生まれつきやさしい人だから、いつもやさ
しいコピーを書けるのでしょうか。

 岩崎俊一さんの娘さんは、父親と同じコピーライターにな
りました。娘さんは、うまくコピーが書けなくてお父さんに
一度だけ相談したことがあったそうです。そのときに返って
きた言葉が、私の問いへの答えでもありました。曰く、

 「考えるんだよ。
  頭から血が出るくらい考えるんだよ。
  それしかないんだよ。」

 
 私はこの言葉を見ると、いつも目頭が熱くなります。岩崎
さんのコピーは、血を流して生んだ言葉だからこそ、人の心
を打つのですね。

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 家は路上に放置されている。

  (セコム/セコム・ホームセキュリティ/2008年)

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 一般公募の広告賞でグランプリに選ばれた作品です。当時
このコピーを目の当たりにして、これぞコピーのお手本だ!
と、感銘を受けました。
 このコピーは、飾ったり、煽ったり、とぼけたりはしてい
ません。並んでいるのは普通の言葉です。それなのに、その
組み合わせが意表を突いていて、読んだ人をギョッとさせま
す。誰もが知っていながらまだ意識にのぼっていない事実を、
言葉ですくい上げ、「発見」をうながす。これだけの短い言
葉で、ここまでできるんだなと、言葉への興味が尽きません
でした。言葉の力は不思議で底が知れません。

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 「ずっと友達だよ」と言うかわりに、
   みんなで旅にでた。

  (JR/青春18きっぷ/2014年)

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「青春18きっぷ」の宣伝ポスターは毎年あらたに作られま
す。実際の路線に沿って、全国津々浦々の風光明媚な風景を
撮影したヴィジュアルが壮観です。そこには必ず小さな列車
が映り込んでいます。
 コピーもヴィジュアルにあわせて毎回新調されます。出来
上がった美しいポスターからはうかがい知ることができませ
んが、自然を相手の写真撮影は、ほんとうに過酷だそうです。

 このポスターを集めた『「青春18きっぷ」ポスター紀行』
という作品集があります。心が洗われるような風景の数々を
眺めていると、日本っていい所だなと、うっとりとします。
控え目に添えられたコピーが、その感慨をさらに深め、旅情
に誘います。

■あとがき。

 一見、飄々と書かれたような広告コピーですが、現実には
販売戦略・法的な規制・社内外のしがらみなど、がんじがら
めの現場から生まれます。
 莫大な予算を投じて展開される広告キャンペーンですから、
当然、数字としての成果を求められます。そこには無意味な
一行も、無駄な一文字も許されません。厳しいビジネス競争
の世界です。

 コピーライターは、与えられた課題に対して、多くの時間
を割いて調査・勉強をし、膨大なコピーを書き散らして、厳
選し、推敲し、一本のキャッチコピー・ボディコピー・CM
原稿等に仕上げていきます。
 その作業も、営業やマーケティングやデザイナーたちと有
機的に関わってチーム単位でプロジェクトが進められます。
クライアントに対するプレゼンテーション能力も大事な要素
です。ひとりでむずかしい顔をして机に向かっているばかり
でなく、競争を勝ち抜くビジネスマンとしての素質が欠かせ
ません。

 そうやって世に出たコピーは、しょせんは商品を売り込む
ための宣伝文句に過ぎません。ほとんどが一瞬で使い捨てら
れる消耗品としての言葉です。しかし、消費者を惹きつける
ための欠かせざる要素として、時代の空気、人生の真理、幸
福の追求といった、人間にとっての普遍的な価値を訴求する
ことになる言葉は、ときに広告の枠を越えて、詩や格言のよ
うに、人々の心に感動をもって刻まれることがあります。
 言葉をあやつって世の中の動きをコントロールするコピー
ライターは、言葉の職人とも言えるでしょう。

 最後に、私の尊敬する言葉の職人、岩崎俊一さんが、生前
に残したメッセージを紹介して終わります。いつかこんな境
地で、人のこころを動かす文章が書けたらと、憧れをもって
心に銘じている言葉です。

 書くってこと、言葉っていうのはね、
 それを聞いてくれる人のためにあるんだよ。
 文章っていうのはね、
 それを読んでくれる人のためにあるんだよ

 コピーライター 岩崎 俊一



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