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水星の魔女を思い出す

先日、水星の魔女をようやく見終えることが出来た。とてもハッピーな気分だ。

水星の魔女は大量の情報を詰め込み、重曹的に描かれている。しかし難解どころか大変分かりやすい。優れた脚本と構成がそれを成し遂げている。美術センスに優れ、キャラクターは可愛く、スレッタはモグモグ食べている。デミバーディングがポッドを運ぶシーンなどはシリーズ屈指の激萌えだ。

昭和生まれの自分にとって、不協和音こそがガンダムだった。心通わせれば爆死する作品だ。ムウやグラハムはあれとして、死んだ人は帰らず、ヴェイガンは殲滅しなければならない。バーサーカーがいて、サイコパスがいて、普通の人は人間らしさ故に狂い、大局を語るようで私情にこだわり続けるキャラクターに少なからず怒りを覚えるのがガンダムである。

そんな思い込みの呪いにかかった自分は、プロスペラはまず生き残れまいと思っていた。

しかし、スレッタが出した回答は優しすぎて涙の出るものだった。

スレッタは「一番いいやり方じゃなくても、ああするしかなかったから」と言ってくれた。これはベルメリアの過ちも、ラウダの暴走も、何もかもを巻き込んで許してしまえる言葉だった。

そして過去作の多くのキャラクターも、そうするしかなかったことに気づかせるのだった。ところどころ挟まれるファーストオマージュは今作がシリーズ全体を意識して作られた証である。

これから自分はガンダムの新作を見るたびに「一番じゃないやり方」を思い出すだろう。そして散っていくキャラクター達に目一杯の祝福を捧げるのである。

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