(13)酒は百薬の長にして百毒の長~Live over Again

退院から約2週間後、父はA病院で術後3度目となる内視鏡検査を受けた。検査は今回も小一時間ほどで終わった。経過は順調で、今後も食事を入院前の内容にすこしずつもどしていって問題ないとの診断。念のため父がN医師に確認する。
「手術してもらった場所は、もうこれで大丈夫ですか?」。
N医師によると、今回手術した場所にがんが再発してくる可能性はまずないらしい。ただ、そうだとしても今回の手術で胃のほかの場所に新しくがんができる可能性がゼロになるわけではない。今後も経過観察をかねて年に1回程度は内視鏡検査を受けるといい、というような話だった。また手術した部分の傷が治った段階でピロリ菌の検査をして、必要なら除菌するといいとのこと。

検査結果の説明と質疑応答が一段落し、今後の方針に話が移ったところでN医師が切り出した。どうやらN医師はこの3月でA病院を去るらしい。引き続きA病院で診察を受けられるよう、必要な引きつぎはきちんとしてもらえるとのことで、その点の心配はない。ただこの話を父から聞いたとき、わたしはことばを失った。A病院はそれなりに大きい病院なので、N医師以外にも内視鏡の専門医がもうひとりいる。しかし、この医師は父との相性が最悪なのだ。前に「父と明らかに相性のよくない医師」と書いたのは、まさにこの人物。父だけでなく母もこの医師にはいい印象がまったくないようで、ふたりが口をそろえて言うのだからよほどなのは想像にかたくない。

では仮に、健康診断の時期が数か月後ろにずれたらどうなっていただろうか。A病院で内視鏡検査を受けるところまでは変わりなくすすむと考えられる。検査の担当が相性最悪の医師でも、単発の検査だけなら父も我慢するかもしれない。しかし検査で胃がんが発見され、その医師から説明を受けるとなったら、そこからは父が拒否していた可能性は小さくない。なにしろこの医師と父の間に信頼関係など本当にかけらもない。いくら腕があっても、十分な信頼関係のない医師に胃がんのような命に関わる病気の治療など任せられるはずがない。だからといって父が手術自体を拒む可能性はあまりないだろう。ただそうだとしても、通い慣れたA病院ではなく他院で治療を受ける運びになり、手術はさらに後ろの時期になった可能性が高い。そうなっていたらもう助からなかったとまでは言わないにしても、もたもたしているうちに内視鏡では対応できない段階までがんが進行する可能性は十二分にある。

反対に健康診断の時期が数か月前ならどうだったか。N医師はまだA病院にいるので、前倒しに問題はなさそうに見える。ところが、今度は内視鏡検査でがんを発見できたかという問題が出てくる。父のがんは切除された時点で1センチに満たない大きさだった。その数か月前となるとさらに小さく、5ミリ以下の大きさだった可能性もある。さすがの専門医もがんが小さすぎては見落としたり、異常に気づいても経過観察の判断をするかもしれない。

そう考えると、健康診断の時期は前すぎても後ろすぎてもいけなかったのではないか。父が胃がんを患ったことは、わたしたち家族にとってまちがいなく大事件だった。しかしその大事件はすべての好条件が奇跡的にそろうタイミングで表面化した。まるで搭乗を予定していた飛行機に乗り遅れ後悔を噛みしめている最中に、その飛行機が墜落したというニュースを聞かされたような感覚に襲われ、わたしは背筋が寒くなった。

その日、父は退院後はじめての晩酌をした。入院前の日常がすこしずつもどりつつある。しかし許しが出たとしても油断はまだまだ禁物。ビールを飲みながら焼肉を食べられる日が来るまで、もうしばらくは節制していかなくてはならない。なにより、拾った命は粗末にするものではないのだから。