【アンカーの思い出】(18)有本香氏を分析する

「歯切れが良い」「ズバズバものを言う」―――。そのようなイメージを有本香氏に対して抱いている人は多いように思われる。たしかに有本氏の話は明快でわかりやすく、またところどころスパイスの効いた表現が織り交ぜられることもあって、そういう印象が生まれるのは自然なことだと思う。しかしわたしが1年あまりコメントの要約をしてきた感触で言うなら、有本氏はむしろ非常に慎重な人だと感じる。実際、口頭での説明というものは耳で聞いている分にはそれほど気にならなくても文字に直すと、まともな批判なのか、それともただの文句なのか、かなり露骨にわかってしまうのだが、有本氏のコメントは肝心なところではしっかり抑制が効いていると感じる。わたしの記憶する限り、余計なことを言いすぎて踏み外したりする有本氏を見たことはあまりない。

それどころか有本氏はそのイメージに反して、自身の意見や価値観をそれほど前面に出していないとすら感じる。有本氏の提示する意見は飛躍なども比較的少なく、わたしには妥当な帰結に見えることが多いので、そのように感じられるのかもしれない。ただ有本氏は意見の分かれるような問題に対しては、一方の立場に寄せすぎない慎重なコメントすることが多いのも確かであり、自身の立場をはっきりとは出さないのが個人的に気にかかることもあった。正直に告白するがわたしは最初の頃、有本氏が自分の立場を意図的に伏せてある種のポジショントークをしているということも、あくまでひとつの可能性として想定しなければならないと考えていた。と言ってもわたしは党派性を基本的には気にしないので、有本氏がどういう立ち位置であったとしても、そのこと自体は大した問題ではない。しかしいくら振る舞いが慎重に見えても、自分の立場を隠して「我田引水」をするようなケースは例外で、その場合は党派性に応じて大幅な割引が必要になってくる。もし仮に有本氏がそのような悪質なポジショントークをするような人物であることが判明すれば、わたしは要約を即座に中止するつもりだった。

そういうわけで、わたしの有本氏に対する評価は最初の時点では「あくまで仮のもの」という感覚だった。その疑いはひとまず無用であろうとの判断を下したのは2014年5月、有本氏の解説する「ニュースの熱点」を視聴した後のことだった。このとき取り上げられたテーマは「外国人労働者」だった。これは現政権内でも意見の分かれる話題なのだが、有本氏は問題を考える上で必要な基本情報を整理して解説するだけにとどまらず、推進派と反対派、双方の言い分を紹介した上で、自身の見解をかなり明確に述べた。この解説によって、わたしが有本氏に漠然と抱いていた疑念は払拭された。このときの要約が一番つらかったというようなことを、わたしはTwitterでも何度となく書いているが、その主な理由は大体ここに書いたような心情的な話に集約されている。

この回に限らず、有本氏が解説を担当するときの「熱点」はいつも品質が高かった。「熱点」で扱われるテーマは、他番組で詳しく解説されることは珍しいものの、その時々で取り上げる価値があると思われるようなものが選択されていた。そういう意味ではニッチを狙ったものだったと言えるが、各テーマについて基本的なところから情報や論点を整理、その上で有本氏が見通しや結論を明確に述べる、という流れは毎回完全に計算されたものだった。「熱点」の見どころは何と言っても有本氏の独自の視点にあったが、それと同時に独自情報には頼らず公になっている情報を用いて構成されているのも見逃せないポイントである。事実「熱点」については有本氏自身が

"必ず情報ソースのはっきりさせられる情報だけで構成する。「私だけが知り得た情報」はここでは敢えてなし"
"表に出ている情報だけでも、今までと違うこんな見方ができますよ、ということをやりたいと毎回思っている"

と語っていることには注目しておくべきであろう。

そしてこの点こそが水曜日の「ニュースDEズバリ!」とは本質的に異なる点だと言える。Twitterでも火曜日のアンカー、および「熱点」についての反響を見かけることは何度もあったが、「熱点」に「ズバリ」のようなものを求める人は少なくなかったように思われる。またそもそも、両者の違いを意識できていた人がどの程度存在したのかもよくわからない。しかしわたしには有本氏、あるいはアンカーのスタッフが、むしろ水曜日とは同じにしないという明確な意図を持って番組を制作していたように思えてならない。無論これは憶測にすぎないが、いずれにしても「熱点」は「ズバリ」という先行事例をよく研究した上で作られていたはずだとわたしは考えている。なお、ここで「熱点」と「ズバリ」を比較することはこのエントリの趣旨ではない。ただし以前のエントリにおける「ズバリ」への批判を踏まえるなら、「熱点」では「ズバリ」が抱えていたような問題点がすべて解消されているのは事実であり、したがって「熱点」は「ズバリ」よりもすぐれている、という帰結が得られることについては否定しない。

有本氏が解説を担当する「熱点」は、それほどの完成度だった。だから、わたしはテレビにおける有本氏の能力は潜在的には池上彰氏に匹敵するレベルではないかと見ている。これについては有本氏自身、

"池上さんはテレビ界のプロ中のプロ。とても足元にも及ばないだろうとわかっています"

と遜って述べているが、わたしは経験値の差でしかないと思う。有本氏のテレビでの経験は浅いかもしれないが、だからこそテレビ番組への出演を今後もどんどん増やすべきである。それによって面白いテレビ番組が増え、また僅かなことかもしれないがテレビの可能性も開かれると信じている。

最後に、有本氏と小川榮太郎氏の対談動画を紹介する。

この動画では有本氏のテレビに対する姿勢が、かなり深く語られている。すでに動画を見たことがあるという人も、以上に示したわたしの見立てが一体どの程度妥当なものか、確認するようなつもりで見てもらえればと思う。(第19回に続く)

(※この文章は筆者の個人的な回想であり、事実を正確に反映したものであるとは限りません。)