(10)入院生活~Martial Law

手術は無事に終わった。ただN医師の話では、もうしばらくは出血に注意する必要があるそうで、胃が痛くなったり、血を吐いたり、便に血が混じっていたときはすぐ知らせるように指示を受けた。またトイレはポータブルを使うよう指示があり、ベッド脇に便器が設置された。開腹はしていないので、父が歩いてトイレまで行くのに体力的な問題はまったくなかった。ただ胃からの出血の危険を考えるとやはり安静が第一で、ベッドから立ち上がって歩くのも極力控えるように、そのような判断がされたのだろう。父は前日の夕食以降食事を摂っていないので胃はすでに空だが腸はまだ空になっておらず、便はふつうに出る状態だった。父によると、手術後最初の便はいつもと変わりない状態だった。

手術の翌日、切り取った場所が再び内視鏡で確認された。ひどい出血はなかったものの、まだ完全には止まりきっていなかったようで、傷口を焼いて止血する処置が施された。この処置は小一時間で終わった。ここまでの経過は良好な様子。2日連続の胃カメラに、父は「もう胃カメラはいい」とぼやく余裕を見せた。

手術から2日が経ち、点滴が外れた。そして食事の許可が出た。といっても、いきなり手術前と同様の食事をしていいわけではない。手術が済んだとはいえ、切り取られた場所は胃潰瘍の状態になっている。つまり食事の内容も胃潰瘍の患者と似たようなものになる。最初の食事は重湯からはじまった。おかゆを作ったときにできる汁が重湯なので、お椀の中に米粒の姿は皆無。これにスープ、豆腐などが添えられた典型的な流動食だった。父は3日ぶりの食事をゆっくりと味わいながらも、あまり満足ではなさそうな表情で食べ終えた。傷口への刺激をできるだけ少なくするためか、味は薄味で、温度もややぬるめらしい。しかし父の訴えでは食べ物自体が味気ないというよりも、むしろ食前に飲む水薬がよくないという。この水薬は胃の粘膜を保護するためのもので粘り気が強く、飲んだあとしばらくはのどの奥にもねっとりとした感触と味が残り続ける。すると食事のときにも口の中では水薬が主張してくる。たとえるなら、バラエティ番組でVTRへ行こうとするMCにからみ続けるひな壇芸人のような主張の強さだろうか。そうはいっても水を飲んで流しては水薬の意味がなくなってしまうので、我慢するしかないというジレンマ。わたしは手術さえ無事に乗りこえればもう大きな問題はないだろうと考えていたので、こういう苦労は予想外だった。

手術から3日、4日と経つにつれ、食事の内容も重湯から3分粥、5分粥と一歩ずつ前進していった。そして手術から1週間を待たず、順調に全粥までたどり着いた。付け合わせの汁物にも具が入ってきたり、魚の蒸し焼きや小鉢がつくなど、着実に進歩が見られる。それでも味の濃いものや脂っこいもの、硬い具材はまだまだ禁物。父は例の水薬に苦しめられつつも、毎食きちんと平らげた。食材の制約はまだまだ多いとはいえ、食欲がある父の姿を見るとわたしも安心できる。食事以外の時間でも少量なら水やお茶などを飲んでいいという許可もすでに出ていた。父はコーヒー党で、ふだんはコーヒーを1日2、3杯飲むが、コーヒーはまだ早いらしくお茶で我慢していた。

手術からちょうど1週間後、術後2度目の内視鏡検査が行われた。切り取った場所の傷は順調にふさがってきているか、血は止まりきっているか、などが確認された。検査はやはり小一時間ほどで終わった。追加の処置などはとくになく、経過は良好とのこと。検査が無事終わり、退院の時期も見えてきた。N医師から、予定通りあと1週間以内には退院できるだろうとの見通しが示された。ただ切り取った組織の病理検査の結果が出るまでに、最低でもあと4、5日はかかるらしく、この検査の結果が出てから退院するような段取りになるだろうという話だった。この病理検査は今回のがんのいわば最終確認で、問題が見つからなければがんの治療は終了と判断される。しかし、もし仮に内視鏡手術だけでは不十分とわかった場合は、追加の手術がすぐに検討されることになる。ついに最後の難関が見えてきた。といってもいまさらジタバタしたところで結果が変わるわけでもない。あとはいい結果を祈ってひたすら待つだけとなった。