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揺れて歩く ある夫婦の一六六日|清水哲男 第2回

(第一回から続く)

――『揺れて歩く』の「父」に、私の父が重なるところが多くて。それで、この本を私の母に送ると、「濃密な時間やった」と返事がありました。いま思うと、看取りまでの時間はけっして不幸な時間ではなかったという気がします、すごく父のことを想う時間だったと思います。

『揺れて歩く』に書かれているのは、「父」が余命宣告を受けてから看取られるまでの166日間ですから、当然、死へ、悲しみへと向かう道のりです。この道のりは、誰もが通るものですよね、人間はみんな死ぬんですから。生きかたにも、死にかたにも、同じものはひとつとしてなく、ひとりの人間の一生には星の数ほど物語があります。でも、必ず死にます。人生のゴールは死であり、最重要イベントです。死ぬことは、誰にも代わってもらえない、委任できない。見送る側の立場からいえば、代わってあげられない、その重そうな荷物を半分持ってあげるなど手伝うことができないんです、死ぬという大きなイベントを前にして。死にゆく人には代理が利かない。わかりきったことですよね。でも、わかりきっているのに誰もこの最重要イベントの準備をしていないのです。
死は、仮にあらかじめ余命宣告を受けていたとしても、突然やってくる。やってくるとわかっていたのに何の準備もしないでいる本人と家族を嘲笑うように、突然やってきます。
それで、けっきょく残された者は死者に対して後ろめたさや後悔や自責の念を覚えます。ああしてあげたらよかった、こうしたかったのにできなかったって、注ぎきれなかったやり場のない愛情を持て余す。反面、逆の感情もありますよね、ひどい仕打ちを受けたとか、生前素行がよくなくて手に負えなかったとか。いよいよ本人が死にそうだという段になって、恨みや憎しみがこみ上げてもおかしくない。だけど、そうした諸々をみんな赦してしまう、水に流させてしまうパワーが、死というビッグイベント=看取りにはあります。愛憎いずれも、死の前には思い出という名前のアルバムかお道具箱みたいな、ぎゅっとコンパクトなものに転化してしまいます。

――岡本さんもお父さんをがんで亡くされたんですよね。

私の父はろくでなし男でしたからそれはもう、若い時からね、早くくたばれと思わない日はありませんでした(笑)。けれど、そんな父がある日突然倒れて、末期がんで余命数日と宣告されたんです。驚きましたが、じたばたしてもしょうがない、あまり苦しむことなく安らかに最期を、なんて主治医と相談する自分がとても滑稽でしたね。どうして人間は死にゆく者に対して優しくなってしまうんでしょうね。けっきょく父は救急搬送されてからひと月半ほど生きたんです。余命数日のわりに長いなあと思っていたら突然息を引き取りました。

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――『揺れて歩く』にも、著者と「父」のあいだには長らく確執のあったことが書かれていますね。

愛憎が何十年もかけて幾重にも層をなしていたように窺えます。それでもというか、だからこそというべきか、著者は「父」のためにできる限りの手を尽くしています。純粋に、親の回復に尽力しようという気持ちと、自分の仕事や立場、また両親を取り巻く環境からそうするしかないという心情の両方があったことと思います。矛盾する、あるいはとうてい両立不可能な気持ちを抱えながらの介護、看護だったかもしれない。変わりゆく事態やその時どきの動揺がそのまま書かれていて、私は身に覚えのある物語だと感じましたし、であるなら『揺れて歩く』は、ほかの多くの人にとってもわがことのように感じてもらえる本になると思いました。

――そうですね。『揺れて歩く』のなかで「父」が亡くなったあと「母」は寂しさを隠せないけれど、気丈に振る舞って、むしろ「お父ちゃんの分まで生きる」と元気になっていきますが、私の母もそうだったんです。父を看取ってガックリしないかな、大丈夫かなと心配したのですが、ひとりの人生もそれなりに生きてるようです。

私たちの親の世代というのは夫が大黒柱で妻は内助の功、という夫婦が圧倒的に多かったと思います。女は嫁ぎ先で夫だけでなく舅姑にも仕えて、家事も子育てもすべて担って、家業があればその専従者として労働もした、という世代ですから、夫を見送れば肩の荷が下りて生き生きと若返るケースはとても多いと思います。
「母」清水千鶴さんは『日々訥々』(風媒社、2014)という歌集も出している歌人です。『揺れて歩く』にも歌を2首、載せていますが、読者から寄せられた感想のなかにその歌を指した「言葉は老いないのだ」という一文がありました。まさにそのとおりで、「父」を主婦として支え続けた「母」は生涯、自分や家族、世の中を見つめ、言葉を紡ぎ続けて、歌に詠むことをやめなかった。そういう自分を律するものをもっている人は、長年連れ添った夫を亡くして「片翼をもがれた」思いをしても、活力を維持できるというお手本ですね。千鶴さんはいま、90代半ばを過ぎてなお歌を詠んでおられます。
『揺れて歩く』を読んでくださった読者の多くは、『揺れて歩く』の物語を自分と近しい人たちに素直に投影しているようです。現在の自分と親との関係に照らしたり、あるいは亡くした家族を思い出したり、また自分が息子や娘たちに担わせるだろうさまざまなことに思いを馳せたり。介護や看護の現場に従事する人からは、「正解」を模索するもジレンマに陥ってばかりという声を聞きました。『揺れて歩く』は清水家に起こったごくプライベートな生活のひと幕ながら、多様な立場の人びとが共感を覚え、来し方行く末を自問する、普遍的な内容の一冊だといえます。

(第二回終わり)


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