千年後の望月
昨夜は満月(正確には22日の深夜)でした。
満月は別名「望(もち)」といいます。
21日の京都新聞に興味深い記事が載っていました。
藤原道長の有名な歌
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の
欠けたることも なしと思へば」
を詠んでから千年だというので。
この歌は「望月の歌」と呼ばれることもある
ように時の権勢(実質的に朝廷の最高権力者)を
詠んだ歌として知られています。
歌の意味するところは、
「この世の中は自分のためにあると思う。
今宵の満月が欠けているところがないように、
自分も不満がまったくないことを思えば」
なんという境地でしょうか。
栄華を極めるとはこういうものなのでしょうか。
見ようによっては傲慢にも映る道長ですが、
内心はどうだったのでしょう?
月は満月を過ぎれば欠けていきます。
それと同じように栄華は長続きしないということを
知っていて、それを内心憂いていたともいえます。
事実、これから後に、道長は病魔に侵され、
一族にも不幸が襲ってきたということです。
それはともかく、道長が「望月の歌」を詠んでから
千年後の満月が見えるということに身が震える
思いを感じます。
千年前は今よりも冴えた夜空に輝いていたでしょう。
それと変わらぬ月光が千年の時を経ても降り注ぐ。
その美しさとロマンを味わいたいと思ったのです。
今夜の月は十六夜です。
一日過ぎましたが、今夜も晴れれば同じような
月光を浴びることができると思います。
ほんの少しでも栄華の象徴たる望月の光で、
身を浸してみませんか?(清めての方がいいかな)
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