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浅香唯「Candid Girl」買いたくても買えなかったアルバム

今から32年前の夏の日。大学生の私は、行きつけの貸レコード店「友&愛」の店内で、最新ヒット曲のラックに置かれた1枚のCDを見つめていた。アイドル・浅香唯のアルバム「Candid Girl(キャンディッド・ガール)」である。浅香唯がサングラスをずらして上目づかいで見つめてくるジャケットは、店内に並ぶ多くのCDの中で、ひときわ目を引いた。

このアルバムの発売は1988年6月1日。その頃の浅香唯は「C-Girl」が大ヒットしていて、その勢いに乗じて出されたアルバムだった。タイトルの「Candid Girl」は、「C-Girl」の歌詞に出てくる言葉だ。ストレートで気さくな少女といった意味か。

当時の私は、年初に発売されたシングル「Believe Again」あたりから、浅香唯が気になり出した。この曲は本人主演の映画『スケバン刑事 風間三姉妹の逆襲』の主題歌で、テレビのCMで聴くうちに好きになった。次のシングル「C-Girl」も、アップテンポのメロディーに惹かれて何度も聴いた。この曲は化粧品のCMでガンガン流されたので、ヒットは約束されていたと思う。しかしオリコン1位はともかく、有線やハガキも含めて総合的に評価される「ザ・ベストテン」で1位を取るとは思わなかった。この時に私は、浅香唯の人気のすさまじさを知る。そして、次に出た「セシル」に至り、曲の良さと物憂げに歌う可愛い表情に、私も一気に惹き込まれた。

そうしたなかで出会ったのアルバムが、「Candid Girl」である。私はこれを聴きたくてしょうがなかったが、聴けない事情があった。CDプレーヤーを持っていなかったのだ。

その頃は、レコードとCDが併存していた時代。行きつけの貸レコード店では、新作はCDしか置いていなかった。もちろん、レコード店に行けばアナログのLPを買えたはずだが、そこまでの決断はできなかった。当時のお金に余裕がない若者は、レコードを借りてテープにダビングして音楽を聴いていた。なので私も、これぞと思うものしかレコードは買わなかったのだ。このアルバムは、当時の私には「これぞ」レベルまで達しなかったらしい。就職活動や卒論で頭が一杯だったのかもしれない。

話は変わるが、当時の歌謡界は、おニャン子クラブが解散して1年が経ち、男性アイドルでは光GENJI、少年隊、男闘呼組といったジャニーズ組、女性アイドルでは、中山美穂、南野陽子、工藤静香らが大人気だった。特に、「Candid Girl」が発売された1988年の夏から秋にかけては、中山美穂の「人魚姫 mermaid」、工藤静香が「MUGO・ん…色っぽい」、南野陽子が「秋からもそばにいて」といった代表曲を出し、覇権を競っていた。一方、80年代前半に活躍した田原俊彦が「抱きしめてTonight」で突然復活したり、結婚・出産から復帰した松田聖子も「旅立ちはフリージア」を出してヒットしていた。中森明菜や小泉今日子も、出す曲がベストテン上位にランクインする人気は保っていた。この時期の歌謡界は、まるで昭和の終わりを予見するかのように80年代を代表するアイドル達が揃って活躍していた。そんな中に飛び込んできたのが浅香唯で、そのインパクトは絶大だった。惜しまれるのは、年末の賞レースや紅白歌合戦への参加が叶わなかったこと。「C-Girl」と「セシル」の連続ヒットを考えると選ばれてもおかしくないので残念だ。紅白で歌う浅香唯の姿を見たかった。

翌年、就職して社会人になった私は、初めてのボーナスで念願のCDラジカセを手に入れた。初めて買ったCDは「Candid Girl」…ではなく、渡辺美里の「Flower Bed」であった。同じ寮にいた同期は、アイドルではなくBOOWYとか久保田利伸とかを聴いていた。そうした周囲にも影響され、私の音楽への興味も、年号が平成に変わったのに合わせて、アイドルからJ-POPへと変化していった。「Candid Girl」も、ついにCDは買わずにレンタルして、テープにダビングして聴いた。しかし、何回か聴くうちに飽きて聴かなくなった。

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あれから30年以上が経ち、時代も平成から令和に移った。今年、私は浅香唯の楽曲をまとめて聴く機会があって「Candid Girl」の中古CDを入手し、このアルバムを久々に聴いた。トップの「C-Girl」に続く2曲目の「Kiss of Fire」は、跳ねるようなサビのメロディーを覚えていた。4曲目の「Heartbreak Bay Blues」は、作曲者がAKB楽曲で知られる井上ヨシマサなのに驚いた。どれも良い曲で、浅香唯の歌唱も上手いと思った。そして急に、これを買わなかった当時の自分を悔いて、浅香唯に申し訳ないような切ない気持ちに襲われた。

こうした記憶の宝箱を見つけられるのも、昭和歌謡を改めて聴く楽しみである。32年前の貸レコード店で浅香唯が上目づかいで誘惑してきたことは、私にとって大切な思い出になった。


※80年代音楽エンタメコミュニティサイト「リマインダー」では、浅香唯の「セシル」についても語っています。


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