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境界と壁

10年近く前、松本に突然行った。
その数ヶ月前に友人がスピコンに出店すると聞いていたが、全く興味が湧かなかった。
結局、ある程度エネルギーを現実世界で巧みに使えても、人間性や品性が低いと、ロクなことをしない。目に見えないから気づかれないとタカをくくって、人を平気で傷つけていく。お互いさまの学びあいなんだとは思うけど…。
その頃、その人自身のもともとある力に敬意を払い、きちんと本人に返すことができる人は、少なかった。会場は遠いし、関わらないに越したことはない。
だがそのイベント当日の朝、突然行かなければならないと、突然お尻に火がついたようになった。疲れている旦那になんとかお願いして、小さい子連れで道もわからないのに、3人揃って車で飛び出した。

迷いながらもなんとか到着したが、なんでここに来なくちゃいけなかったのか全く分からない。
各ブースは想像通り、カラ元気で弱々しく胡散臭い。かつて懇意にしていたところも出店していたが、精彩のない空気。中心人物が亡くなって、壊れた羅針盤で航行しているような話を聞いていた。ここでもない。

館内に結構な音量で音楽が流れていた。
友人はのんびりと接客していた。
二階のイベントチラシを取ってきてと頼まれ、大きく音の流れる中へ入った。
10人近くの男女が木のフロアを歩いていた。
…動きたい。
参加を了承してもらった。
音と、いくつもの動く身体。
途中からだったが、自然に受け入れてもらえた。
向かい合わせになり、相手の目を見つめ続けながら、お互いのちょうど良い距離を探す。ふだんこんなに目を合わせ続けることなんてない。最初かなり恥ずかしかったが、慣れてきた。
触れて良ければ、手を繋ぐ。ハグもする。
離れて、1人になって音に合わせて動く。
ふたたび、2人になり、そして皆と輪になり、1つの動きを作る。
1人、2人、みんな。
歩く、止まる、ゆっくり、早く。
これを様々な曲でテーマに沿って繰り返す。クイーンやビートルズ、カーペンターズなど、知ってる曲が結構ある。
間にファシリテーターの簡単な各テーマの案内がある。
でも基本、まったく自由。
動きたくなければ、外れる。
踊りではない。経験もなくていい。知識も教養も、何の資格も要らない。
ただはじめから見学の人は、参加できない。第三者の目は不要だから。

…1時間足らず一緒に過ごしただろうか。気づけば、滂沱の涙を流していた。
まったく、目の前の青年、少年、少女、女性、年配の男性の来し方行く末なぞ、まったく知らない。何も目の前の人の情報がないにも関わらず、友だちより繋がっている感覚が、私の全体にある。
この人が何を幸せとし、何に悩んでいて、どんな経歴、家族構成なのかとか、人間性とか、まったく関係ない。私なんか3日頭を洗ってない。最初、臭うな、ヤダなと気にかけていたけれど、目の前の青年の穏やかな笑みと眼はハグし合いながら、揺るがないのだ。
言葉にすると陳腐だが、相手のあるままを受け止め、自分のあるままで、向かい合っていた。
肉体の感覚を超えて、意識が拡大していった。
…このために私はここに来たんだ。そう感じた。

数ヶ月後、地元にその時のファシリテーターを招いて、ワークショップを始めた。
1セッション2000円。東京と同じ低価格を申し出てくれた。受け入れ可能な30人で毎回、木造のフラットで柔らかな雰囲気の空間を選んで、セッティングした。
主に看護士、教職員に人気があった。やはり、言葉にならず、涙を流す人たちがあった。やって良かったと思った。そして、八方に感謝した。かつてお世話になったオーナーさんが、引き継いでくれるということで、3回目から抜けた。セッション料は一気に跳ね上がり、4、5倍になった。ギャラをしっかり手渡せるよう工夫した結果だ。気になっていたことをしっかりカバーして、続けてくれた。
何度目かのセッションで、笑いたくないのに笑っている初老の女性がいた。ただ静かに見つめ続けたら、あっという間に崩れていった。意地悪したわけではない。この場では、自分のままである自由を大事にしていたから。多分彼女は、向かい合ったら笑わなければという思い込みに縛られていた。
そして空気全体が重たくサロン化してる。
まったく自由な場を設けたはずだった。安心して自分の今を解放できるはずなのに、いろいろな気遣いや思い込みにほとんどが囚われている。
こういうことじゃなかったんだけどな…。
やれば、みんな同じことを経験できると勘違いしていた。
もしかしたら、まるっきり知らない人たちの中に飛び込んでいく方がいいのかもしれない。仕事絡み・友達と来て、それまでの関係を引っ張ったままやってる人が、1番キツそうだった。

松本から帰った翌日、いつもの日常を過ごしていた。あの時のことを思い出そうとした瞬間、目の前にあるものの美しさが立ち上がる。そしてわたしがわたしを超えて静かに拡大していく。ワンネスの感覚というのだろうか、とにかく、圧倒的な力でこの生に感嘆するほかない場が、現れるのだ。
ご飯の支度、掃除洗濯、1日の仕事の合間、そこにフォーカスするだけで、そうなる。それが3、4日続いた。
長く生きてれば、いろいろな体験、出会いはあるが、この時の感覚は格別だった。
ここに住んでる人たちとこの体験を共有したい。それだけで動いた。

最後、その年の秋に大好きだった森のキャンプ場を使って、五感を通して自然と自分を体験するイベントを仲間を募ってやってみた。
フォルクローレのバンドに、BIODANZA、地元の山の恵みを味わい、声を合わせたり、キャンプファイヤーで踊った。星は雨で見られなかったけれど、心地良い場になった。
でも、もう終わり。

非日常の特別な体験っていうのは、それで揺さぶられても日常になかなか降りてこない。そんなことよくわかってるつもりだった。でも、これが当たり前の日常になにか影響を与えられるんじゃないかと、過大な期待をかけすぎた。
いつもどこかで願う境界のない世界とままならない現実の壁。
それを一直線につなげてくれて、窮屈なこころが少し楽になるんじゃないかと期待した。

最後のイベントは準備と宣伝不足もあり、参加者はそれまでより少なく、興行的には失敗。自腹も切り、もう続ける気力は無なかった。未消化で娯楽化する匂いも感じた。それにわたしは時間をやりくりしたり頼みごとをするのが得手ではない。仕事もどんどん抜けられない忙しさになっていた頃だった。とても良かったと言われても信じられない。確かに楽しかったが、自分の思いが独りよがりになっていないか、それも気がかりだった。そして、その後イベントをすることを諦めた。
自分の足元をもっと丁寧にやろう。そう思った。

林 典子さんの『人間の尊厳』を読み始めながら、そんな昔を思い出した。30代半ばの女性のみている先に、打たれている。
思いと行動。
考えさせられた。あれこれ時間の経つに任せて、肝心のとこに手が届かない。
わたしはゴールを見誤っているのか。
そして、わたしは怖いから壁を作るのか。
それでも諦めないで、このわたしとずっと向き合い続けるしかない。

(好きだったファシリテーターさんは、BIODANZA公式サイトから消え、提唱者のロランド・トーロ氏も他界されていた。YouTubeの映像は、自分の感じた場とはまったく違っていた。カラーもガラッと変わっていた。10年…。時間は刻々と移り変わるんだな。とにかく、こつこつやっていこう。)

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